調査ファイル 046 [もうひとつの絵画]
どうやら今夜は長いらしい。
時間はかなり経ったものの、空は相変わらずの黒だ。
まだ目を覚ますつもりがないのだろう。
おしとやかな看護師とは思えない、荒々しい運転の甲斐もあり、早い時間で美術館に着いた。
どうしてみんなはケロッとしているのだろう。
僕はドアから降りてすぐ、えづくスタイルになっていた。
スラリとした顔で降りるレオ、ごめんなさいと苦笑いする宮川さん、そして・・・無言で背中をさするレイ。
すみませんねえ、お手数をお掛けして―――
美術館の前には黄色いテープが張られ、人だかりとパトカーが押し寄せている。
それもそうか、あの派手な逃げ方は・・・
「お、津田!お前!!」
心の中で『ゲッ!』って思ってしまったのは、言うまでもない。
札川の鬼が、こちらに向かって早歩きしている。
あー、これは展開が読める。
刹那、鬼は金棒のような腕の先端で、僕の脳天を垂直からハレー彗星を落とす。
物凄い激痛が頭から徐々に身体全体まで行き渡っていく。
正直、不快です。
何故前田さんはこんなに怒っているのか。
それはまあ、当然と言えば当然なわけで―――
「津田!何で俺に連絡よこさねえんだ!」
「い、いや、これは探偵の仕事で・・・」
「そんなモン知ったこっちゃねえんだよ!
お前に何かあったらどうする!
お前は警察だが俺も警察だ、こういう時は素直に頼れ。
今更他人行儀するんじゃねえバカモン」
その怒りは、一警察としてのものより、親のそれにどこか似ている。
そういえば、前田さんもご結婚なさって、子供も何人かいらっしゃったっけ。
なるほど、それで僕は―――
「すまなかった、警部補。
私も探偵の仕事だからと言って、ずっと秘匿を通そうと意地になっていた。
責任は私にもある、だから・・・」
レイは申し訳なさそうに、顔に影を落としている。
年下に言われてしまっては、僕の面子もない。
何だか非常に情けなくなってしまうな。
でも、それでも前田さんは優しい口調で話す。
「シュヴァルツ・・・いや、黒川。
とりあえず、こう大事になった時は俺に連絡よこせ、いいな。
俺の言いたいことは、それだけだ」
頭の痛みも、少し和らいできた。
さすりながら、また一つ人として教訓を得た・・・といえば綺麗な話になってしまうが。
ともあれ、前田さんの協力の元、美術館は封鎖してもらえた。
あとは、レイの考えに従って動くしかない。
「レイ、中へ―――」
「ああ」
扉の奥には、ガラスが散乱していた。
入口にまで破片があるということは、あの時の衝撃がどれだけ凄まじいものだったかを物語っている。
2階に上がり、最後の晩餐のあった場所へと向かった。
絵画は降ろされ、当時のまま現存されていた。
「それで、何をするの?」
宮川さんは問いかける。
乗り掛かった舟というべきか、ここまで来たらとことん付き合う・・・そういう性格なのだろう。
だが、レイは返答することなく、辺りを見回し、額縁を調べている。
「すみません、一度スイッチ入ると周りが見えないもので・・・」
代わりに謝る僕は、彼女の保護者ではない。
でもまあ、社会人の常識として謝っておかねば。
宮川さんも苦笑いして許してくれているみたいでよかった。
一頻り調べた後、僕の方を見るレイ。
そして彼女は僕に一つお願いを言い出した。
「津田君、携帯電話持っているか?」
「え?あ、ああ・・・」
素っ頓狂な声を上げてしまったが、素直にレイに携帯電話を渡す。
すると何やらピポパポ押して、どこかへと電話し始める。
さすがに聞き耳を立てるわけにもいかず、僕も額縁を調べることにした。
大きな額の中は、引き裂かれた台紙と最後の晩餐が入っている。
しっかし、よくもまあこの中に絵を入れようと思いついたもんだ。
「・・・あれ?」
台紙にサインが書かれている。
右端の方に小さく書かれているが、英語と思しき字が筆記体で綴られていて読めない。
そして台紙を捲って中を見ると、同じく筆記体でサインが書かれていた。
しかし、どこか違和感を感じる。
何だろう、この感じ・・・ひょっとしてレイもこれに―――?
すると、レイが僕に声を掛ける。
ふと視線を上げると、既に電話を終えて僕の方へ手を伸ばしている。
その手には、携帯電話が折りたたんで乗っかっていた。
ありがとう、と言って僕に渡したのだが、誰に電話していたのだろうか。
プライベート?・・・いやまさか。
「よし、行こうか」
「行こうか・・・ってどこに?」
「三波さんが所持していた、もう一枚の絵だ。
たしか地下にあったな、そこに行こう」
前田さんを加え、僕たちは地下へと向かった。
鍵は外にいた受付嬢から預かった。
暗い階段を下り、地下にあるあの処刑部屋へと辿り着く。
いや、あれはどう見ても処刑部屋だよな、武器いっぱいあったし。
「しかし、三波さんはどこに行ったんだろうね。
カールって人が変装してたのはわかったけど・・・」
「どこかに監禁か、或いは始末したか―――」
「し、始末って・・・」
ぬるりと僕の後ろから出てきた宮川さんが、さも幽霊のように言い出す。
「い~や、もしかしたらどこかで殺されて、その怨念が今も彷徨って―――」
乾いた呆れ笑いをかまし、ドアを開ける。
部屋の内部は、相変わらずだ。
中心にあるテーブルには、以前同様絵画が置かれていた。
「あ、ちょっと、レイ!」
レイは額縁から絵画を取り出そうとする。
最後の晩餐と違い、こちらは広げた新聞紙1枚分の大きさ、さすがに中に絵を隠せない大きさだ。
止めようとしたのだが、彼女の目を見て、僕はやめた。
冷たい弾丸のような目ではなく、暖かくて芯のあるくっきりとした目を。
「いいんだ、これで―――」
レイは、額縁から絵画を取り出した。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。