調査ファイル 039 [ぎこちない晩餐会]
―――なんてなことを申し上げましたが、教会ってこの街にありましたっけ?
春香ちゃんに頼んで持ってきてもらった地図を、徐に広げる。
「・・・この街、教会ないよ?」
「教会でないとならば、あそこだろうな」
キリストの像とかステンドグラスがある場所って・・・あと何ある?
或いは、キリスト関連のものがある場所か。
「教会以外にキリスト関連のものがある場所ってどこ?」
すると優希が掌に拳をポンと叩く。
あ~、と言いながら、何か思いついたようで。
「もしかして美術館?
キリストが描かれている絵画なら札川美術館にあったよ。
ね、春香ちゃん」
「うん、一緒に見回ったらあったよ。
おっきい絵が」
大きい絵・・・そしてキリストが描かれた・・・?
無い知恵を絞り出して考えてはみるが、どうも絵画の知識はないものでして。
わかんねーよと言わんばかりの表情をレイに向けると、どうやら察してくれたようで―――
「そう、美術館だ。
あそこにあるキリストが描かれた絵画は、1枚しかない。
―――『最後の晩餐』だ」
最後の晩餐―――レオナルド・ダ・ヴィンチが1495年から製作を始め、約3年で完成させたといわれる、名画の中の名画。
キリストと12人の弟子がテーブルに並び食事をしているというシーンを表しており、様々な憶測を始め極端なまでの陰謀まで秘められているらしい。
構図や技法に至っても、一味・二味違ったもので、作者の作品の中でも少し特殊なものとして捉えることもしばしば。
故にそれまでの絵画の概念を取り払い、新しい芸術の領域を築いたとされている。
―――from 優希
そんな良い意味でとんでもない絵画が、ここ札川にあるというのだが―――
「でもさ、最後の晩餐はイタリアにあるよね?
こっちに持ってきたってニュースは聞いてないけどなー」
どこまで物知りなのか、スラスラ話す優希に少し怖さを覚えてしまう。
いつもは割かしヘラヘラしてるのに・・・本当に探偵になるつもりなのだろうか?
「本物はイタリアにある。
札川にあるのはレプリカ・・・つまり『偽物』だ。
しかし本物と見紛う程の精巧にできたもので、鑑定士を何人か騙したことのある、ある意味『曰く付き』の作品だな」
「なるほど。
ってことは、札川美術館に戻れば、その絵画があるかもしれない―――」
「そういうことだ」
優希にお願いして車を回してもらい、僕たちは美術館へと向かった。
神に仕える天使は、神のところに居続ける―――最後の晩餐の近くに例の絵画がある。
しかし、今一つ腑に落ちない。
美術館にあった女性の絵・・・あれは持ち主に呪いが掛かるとされているものだ。
前の持ち主の身の回りで不幸が続いてというなら、現在所持している三波さんが無事なのは何故だ?
それだけじゃない、三波さんは描かれた場所を訪れたことはないような口ぶりだった。
なのにその場所を知っていたというのも引っかかる。
「わからない・・・」
後部座席で、僕は腕を組んで考え込んでいた。
「どうした、津田君」
「三波さんが見せてくれた絵画あったでしょ?
彼は行ったことがないのに、あの絵の場所を何で知ってたのかなって」
そう言うと、右肘を左手で支え、右手を顎に当てて考えるポーズを組んだ。
一緒に考え込むレイ・・・その目はこないだのような冷たい弾丸のような恐怖を感じるものではなかった。
「そういえば、確認したことはないと言っていたな。
それに、あの限られた情報の中で的確な場所を『推測』だけで当てていた。
―――妙だな」
「まるで行ったことがあるみたいな・・・
或いは、その場所に何かしらの縁があるのか」
「わからない。
だが、調べてみる価値はありそうだな」
外は雨が降り続いている。
カーラジオの音を除けば、エンジン音とワイパーが水を除ける音だけが車内に響く。
疲れたのだろうか、春香ちゃんは助手席で静かに眠ってしまっている。
その顔を見た途端、僕は一警察の人間としてとても不謹慎なことを考えてしまった。
とっとと絵を見つけて、早くこの一件から手を引きたい―――と。
これ以上この子を巻き込んでしまっては可哀想だ。
・・・まあ、イギリスに連れて行った僕が言えることではないけどね。
わかってるよ、『おまいう』とか言わないでおくれ、自覚はしてるから、うん。
ともあれ、死体が絡んでしまったからに、今すぐどうにかなる案件ではない。
美術館の用が済んだら、あのイギリスの洋館について、もう少し調べてみようか。
そう思って、窓をの外を眺める。
雨は、止みそうにない。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。