調査ファイル 038 [遠回りの答え合わせ]
―――帰ってきました。
か、帰ってきたって思っちゃダメですよ、これも仕事ですから。
参ったな、日本にある絵を捜すのに海外くんだりとは、これ如何に。
くったくたの身体にムチ打って、一度事務所へ戻ってきた4人。
これからどうするかをレイから聞く他、状況整理もしなければ。
「それで、絵画の在処は?」
そう、一番気になるのはそれだ。
当初の目的だからな。
「さっきも言ったが、確証はない。
だが、あの手紙にはヒントが書かれていたんだ」
「あの古ぼけた手紙か。
所々掠れてたけど、ただの文通でしょ?」
これといって目立ったことは書いてなかった。
何かの暗号にしても、僕にはさっぱりなわけで。
「いや、あれはれっきとした暗号文だ。
津田君は言ったよな、『何かの言葉に置き換えてる』って」
そういえばそんなことを言ったようなそうでないような。
そりゃあまあ暗号だもの、置き換えるわな、普通は。
レイは相変わらずの冷たい刃のような目をし、手紙について話し出す。
「まず最初に気になったのは、『贈り物』という言葉だった。
フランス語で『贈り物』はcadeau、またはキャドーと読む。
そしてこれを英語で言うと、何て呼ぶかわかるか?」
贈り物か、その英単語ならわかる。
そう思った矢先、ここぞとばかりに春香ちゃんが手を挙げて声を上げた。
「わたしわかる!Giftでしょ!」
「正解だ。
さすがは探偵2号、素晴らしいぞ」
エヘヘと可愛らしく笑う彼女を見て、微笑ましい表情を浮かべるレイ。
そしてすぐに元の目つきへと戻る。
「そう、『贈り物』は英語でGiftと読む。
しかし、Giftには『贈り物』という意味の他にもう1つ、別の意味を持っている」
「別の意味・・・?」
すると今度は優希が声を上げる。
「あ、それってもしかして―――」
「優希、わかるのか?」
「うん、前に大学の講義で聞いたことがある。
Giftという単語はドイツ語にもあるんだよ。
英語では『贈り物』という意味だけど、ドイツ語では―――『毒』」
毒―――!?
所謂『Poison』ってヤツですか?
ってことは何か、差出人は受取人に毒を送って、殺そうとしてたってことか?
ならあの一文は、皮肉って書いたわけか・・・
だとしたらあの手紙、相当恐ろしいものだぞ。
ふと左を向くと、どこから取り出したのか、優希は辞書を引いていた。
ペラ、ペラ、と捲った後、開いた項目を僕に見せる。
『Gift』と書かれたそこには、『毒』という訳が乗っていた。
本当だったのか―――
「じゃああの遺体は―――」
「手紙の差出人が殺したのだろう、毒殺で。
手紙と同時に送った飲食物を食べたのか。
或いは、毒が塗られた『何か』を触り、それを何らかの理由で体内へ摂取してしまったのか」
なんという―――
古くからの友人に殺められるとは、如何ともしがたい。
しかし、動機がない。
何が理由で彼へ手を掛けたのか。
そしてこの殺人と絵画に何の関連性があるのだろうか。
「でもさ、レイ。
この殺人、捜している絵画と何の関連性があるんだ?
それに、手紙の暗号がそれだけだったら、とんだ時間の無駄になりかねないぞ?」
冷たい目のまま、フッと笑う。
まだ何かあるのか、あの手紙に。
「―――まだ続きがある。
手紙には、差出人自身を『教師』と称していた。
しかしそれは差出人のことではなく、ある人物を指しているんだ」
自分の事ではないと?
手の掛かる生徒を持っているとか、まるで軽い教員の愚痴のような感じに捉えたんだけどな。
だったら誰の事を言ってるんだ?
「恐らくこの『教師』というのは、キリストを暗示していると思われる」
「キリスト?
なんでキリストがここに出るの?」
突然の答えに、僕はビックリした。
絵関係ないじゃん、と思いながらも、レイのことだからきっと何か考えがあるのだろう。
「正確には『神』といった方がいいだろう。
そして神に仕える者を、一般的に何という?」
「神に仕えると言ったら・・・あ!」
ここでピーンときた。
そうか、それで―――
「わかったようだな。
そう、『天使』だ」
天使は神に仕える従者で、主に人々に教えを説き、死後の魂を正しく案内すると言われている。
宗教によっては解釈の違いがあるものの、キリスト教ではだいたいそんな感じに書かれている。
因みにこの知識は先輩の受け売りです。
変なとこで役に立つな、先輩の知識。
「教師が『神』とするならば、生徒は『天使』。
そして天使といえば―――」
「そうか、北上が言っていた―――」
「ああ、どんな絵かは知らねーけど、名前なら聞いたことあるぜ。
たしか・・・『天使の歌声』だったかな」
『天使の歌声』・・・奴はそう言っていた。
でもこれだけだは、在処はわからず仕舞いだ。
クロワッサンの1層に過ぎない、内面もすっかすかのところを見ると、現状がどれだけ雲の中か。
「これも私の推測だが、『教師』という言葉は、三波さんが見せてくれた絵の作者も示しているのだろう。
となれば、『生徒』という言葉は彼が描いてきた作品と捉えることができる。
そして『未だに私を好かず』という部分は、彼の作品の中でも曰く付きか何かの『訳あり』のものを暗示している。
『天使』、『訳あり』・・・これらの言葉から導き出されるものは、1つしかない」
「―――例の絵画。
でも待って、だったら在処は?
札川にあるんでしょ?」
「・・・神に仕える天使は、神のところに居続ける。
こう言えばわかるか?」
神のいるところと言えば、神社・・・いや、それはない。
神は神でも、あっちは天照様やゴーダマ様などの方々だ。
ではキリストのいらっしゃる場所か。
キリストのいらっしゃる場所・・・キリスト・・・キリスト・・・
僕が考えていると、右側からひょこっと顔を出す優希。
ふわっと香るシトラスの匂いが、煩悩を呼び起こしそうだ。
「それって、もしかして教会?」
「―――そうか、教会!
あそこならキリストのステンドグラスや銅像がある」
僕たちは、要約手掛かりを掴んだ。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。