調査ファイル 029 [交響曲第0番 - 沈黙 - Epilogue]
こうして、事件は幕を閉じた。
とんでもない動機を聞いてしまった僕は、現実の残酷さを改めて知った。
そう、人は誰しも『犯罪者になる』ということだ。
まさかこんな些細なことが殺人の引き金になるとは・・・
呆れるだろうけど、起きてしまったのもまた事実、この事件を僕は一生忘れないだろう。
楽屋を出て、会場の出口へと歩いていた。
やはりと言うべきか、レイは落胆していたわけで。
そりゃそうだよな、僕だって落ち込むよ、今回ばかりは。
「つ、疲れたね、レイは大丈夫?」
『元気出して』とはとても言えなかった。
だって出るはずないし、好きなアーティストが亡くなってるんだし。
「ああ、大丈夫だ・・・」
「そ、そうだレイ、あの時殺害現場に行って何確認してたの?
写真とキーホルダー探してたなら僕も手伝ったのに」
「いや、それはオマケだ。
本命は、あの部屋が防音かどうか調べてたんだ。
津田君に退室してもらった後、私は思いっ切り叫んだ。
しかし君の反応を見ると声は聞こえていなかった・・・ということは、あの部屋はチューニングルームだったというわけだ。
何故あの部屋で殺害されたか、わかるか?」
あれは田辺さんが殺害するタイミングを見計らって、個室に籠ったのを好機として犯行に及んだ・・・ってことでしょう?
「これも私の推測だが、田辺さんは榊原さんに心配させない為に、『無意識』にあの部屋を利用したんじゃないかな。
もし防音室以外のところで殺害した場合、第1発見者が彼女になってしまう。
そうなると彼女を大きく悲しませるだけでなく、心に大きな傷を負わせてしまうと思ったのだろう」
叫び声を聞いて駆けつけたら人が死んでいた、となれば、結構トラウマものだしな。
死体に慣れていないと、悪い意味でグッとくるものもあるだろうし。
・・・というか、死体に慣れるって何だよ、不謹慎だな僕。
「ところで津田君、客席にいた時、私に何か言おうとしていなかったか?」
不意打ちを喰らってしまった。
よく憶えていたな。
「僕がトイレに行った時、個室に不審人物がいたんだよ。
電話で『開演したら始末しろ』とか何とか言っててさ。
それで出てきたところを職質したら逃げられちゃって・・・」
「ふむ・・・。
結果的に狙撃や射殺されたという報告がない以上、不発に終わったか、止む無く中止になったのだろう。
しかし、いずれその人は再び動き出すでしょう。
いずれ、ね―――」
レイは何かを臭わす様な言い方をした。
それはまるで、これから何かが起きるような・・・そんな気がする。
北上か、ケルベロスか、それとも―――
僕たちは警察署へ向かった。
今回の事件についての書類を提出する為だ。
結構量のある内容を目にして、骨が折れるねえこれは。
冷静に書類を書き始めるレイを見て、僕は更に落胆していた。
この時、僕たちはまだ知らなかった。
彼が動き始めたことを。
そして、新たな脅威がすぐそこまで迫っていることを―――
「―――余計なことをされたら困るんだよね」
暗く電気も点かない、倉庫と思しき建物。
背筋良くスラッとして立ち尽くすのは、1人の青年。
その手には・・・銃が握られている。
見下ろすように掲げた銃口は、地べたに腰を抜かして座り込んでいる男性へと向けられていた。
「お、俺はただ指示されただけで―――」
「言い訳は結構。
誰の指示か知らないけど、邪魔する以上許してはおけない」
青年は怒っていた。
声は至って冷静だったが、その表面に隠されて表には見えない芯の部分は、真っ黒な炎を滾らせている。
触れた瞬間、全てのものを塵と化すような、異常な程の憎悪。
それは銃弾にも宿っていた、故に銃口は動くこともなく、震える男を睨みつけたままだ。
「た、頼む、撃たないでくれ!
何が目的だ、金か?情報か!?」
どちらにも反応しない青年は、引き金へと人差し指を掛ける。
カウントダウンはすぐそこまで迫っていた。
「俺の望みは1つ。
障害を排除する―――それだけさ」
覚悟は、いいか。
―――サイレンサーは非常に優秀だった。
外まで響く程の悲鳴は、赤子をあやす母親の如く、意図も簡単に宥めてしまっていた。
跳ね返った雨粒は、青年のジャケットを紅く染める。
「最後の抵抗、というわけか。
まあいい、許してあげるよ、おじさん」
青年はジャケットに銃を仕舞い、そのまま脱いだ。
腕に持ち倉庫を出る、外は月明りが映える港の傍。
軽く深呼吸するその顔は、どこか晴れやかなものに。
「次に逢えるのを楽しみにしているよ、シュヴァルツ―――」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




