調査ファイル 026 [交響曲第0番 - 沈黙 - Part 7]
空気が、一気に凍り付く。
当然だ、人を殺した人物がこの部屋にいる上、今からその名を挙げるのだから。
そして、ついにその名が明かされた。
「犯人は―――アナタです」
レイが指さしたのは―――田辺正一さんだった。
僕は、驚いた。
僕だけじゃない、2人も一緒だ。
「アナタが犯人です、田辺正一さん。
アナタが秋元昇さんを殺害した、犯人です」
無表情、という言葉以外に当てはまるものはないだろう。
怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、嘲笑って『どうして俺が犯人だ?』というわけでもなく、ただただ黙ってレイを見ていた。
「・・・待ちなさいよ、田辺さんが犯人?
ふざけないでよ!バカにしないでよ!!」
目の前にあった椅子が、宙に浮いて壁へとぶつかる。
折れ曲がった椅子の脚が、怒りの度合いを物語っている。
怒りに満ちた顔をしている、榊原真理さん。
それは、まるで憎悪によって操られた獣のように。
「なんで田辺さんが秋元さんを殺さなくちゃいけないの!?
証拠を出しなさいよ証拠を!え゛!?」
最後につけた「え」は、彼女の本心の中の本心を反映したものだろう。
ドス黒く淀んだ銃弾のように、実弾にも引け劣らない鋭い感じがした。
しかし、榊原さんの言うことにも一理あった。
それは、動機と証拠だ。
まだ解明されていない以上、彼女の沈静も僕たちの納得もしないだろう。
「・・・ダイイングメッセージですよ。
秋元さんは5本の線と4つの点を書き遺していたんです。。
線は平行に横へ5本、点は線上と線の間にそれぞれ。
こちらがそのダイイングメッセージを再現したものです。
―――おわかりですね?」
レイが出したのは、1枚の紙。
そこに書かれていたのは、紛れもなく楽譜であった。
山本さんとの会話で何か気付いていたようだけど、結局これは何なんだろうか。
「そ、その楽譜が何なのよ!」
「―――榊原さん、ここに記してある音を読んでいただけますか?」
そう言って、榊原さんに音読を促す。
少し『ハトマメ』だったようだが、言われた通り書いてある音符を読み上げる。
「ミ、レ、ソ、ミ・・・これが何なのよ」
「では山本さん、これらはクラシックではどう読みますか?」
次に振られた山本さんは、一瞬ビクッとしながらも問いに答える。
まさか自分が当てられると思ってなかったのだろう。
「えっと、エー、デー、ゲー、エー・・・です」
「そう、これらはそれぞれアルファベットでE、D、G、Eとなります。
そして浮かび上がる文字は―――Edge」
エッジ・・・刃?
凶器を指示しているのだろうか。
「この文字が示しているのは、田辺さん・・・貴方の苗字です」
「待ちなさい、田辺さんの苗字と関係ないじゃないの。
デタラメ言うようならタダじゃ置かないわよ」
そうだ、田辺さんの苗字は田んぼの『田』に辺りの『辺』の2文字だ。
刃とは関連性がない。
「デタラメではありません。
田辺さん、あなたは以前ピアニストの世界大会、つまりコンクールで優勝しましたね。
その功績を称えて、このホールにあなたの肖像画が掲載されています。
そしてそこに書かれている名前は、端正一・・・極端や両端などの『端』の字を用いた、珍しい苗字です」
端と書いてタナベ・・・そんな読み方をするのか。
確かに日本では表記通りに読まない珍しい苗字が存在する。
最近では『小鳥遊』、中には『八月一日』という変わった苗字の方もいる。
そして田辺さんもその1人だったというわけか。
「そしてダイイングメッセージの『Edge』は『刃』という意味の他に、『端』という意味を持っている。
これが一番の証拠です」
「ま・・・まだよ、凶器が見つかっていないじゃない!
調べたでしょう、このホール内や田辺さんの荷物の中には凶器はなかった。
凶器がなくては、犯人とは―――」
榊原さんの話を遮るように、レイは答える。
冷静に、着々と。
「ありますよ、凶器。
津田君―――」
僕は鑑識さんから預かっていた小さな鞄から、ジッパーの透明な袋を出す。
そしてその中には―――血に染まった悍ましくも真っ赤な刃物が入っていた。
「これが、凶器です。
あとで科捜研にて念入りに調べれば、この血液が一体『誰のもの』かもはっきりわかるでしょう。
そしてこの凶器が隠されていた場所・・・それは、ピアノの中です」
そう、あの時―――
『津田君、鑑識さんに頼んでここを調べてもらってくれ。
そこに、凶器はある』
そう言って教えられた場所、それはステージの上。
そこには、田辺さんが使用するグランドピアノが置いてある。
しかも田辺さんは調律師の方による調律を常に立ち会うと言っていた。
ということは―――
「恐らく、調律が終わったタイミングを見計らって、ピアノの中に隠したのでしょう。
何度も調律の工程を見てきたあなたなら、ピアノの開け方を始め、内部構造は一頻りわかっているでしょうし。
そして返り血を浴びた服・・・さすがにこれを隠すわけには行かないと思ったのでしょうね。
私の推測では、衣装の中に隠したか、その服自体がリバーシブルかのどちらかだと思いますよ。
ズボンは黒っぽいジーンズのせいか返り血が目立たず、そのままでしょうね」
僕は田辺さんに失礼しますと告げ、服のお腹部分をひっくり返す。
すると、生地の裏にはプリントされた文字が書いてあり、反転もされていない。
そしてレイの読み通り、服には返り血が付いていた。
服を元に戻して離れる際、田辺さんの顔をチラリと見た。
動揺する気配もなく、平然のままでいる。
「これが第2の証拠です。
ではそろそろ話していただけますか、秋元さんとの間に何があったのかを―――」
固く口を閉ざして、何も語らない。
それを目の当たりにする榊原さんは、目に一杯涙を溜め、先程までの怒りはどこかへ消えていた。
小さな声で田辺さんの名を呼ぶと、まるでそれがリモコンのスイッチのように、彼は静かに動き出す。
そして、冷静に事件の全貌を語り出した―――
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




