調査ファイル 023 [交響曲第0番 - 沈黙 - Part 4]
扉の横には『グリーンベックカルテット控室』と書かれていた。
いわゆる楽屋というやつだ、ここに3人はいるのだろう。
本当なら、レイは喜々としていただろうに、そう思えない様子がこちらからも伺える。
レイの為にも、早く犯人を見つけなければ。
ノックをし、返事が聞こえた後、扉を開ける。
鏡台の前に女性が1人、テーブルの椅子に座っている男性が1人、部屋の隅の椅子に座っている女性が1人、そこにいた。
ただならぬ空気を醸し出していたのは、言うまでもない。
「失礼します、警察です。
事情聴取を行いますので、お話を聞かせていただけませんでしょうか」
そういうと、鏡台の前にいた女性が睨みを効かせてこちらを見る。
あからさまに嫌そうな表情だ、これは。
それでも怯まず、まずはこの人から聞こう・・・そう思った。
「では、貴女からお願いします」
仕方ない、と言わんばかりの態度を取り、身体ごとこちらを向いた。
脚を組み、肘を突く腕の組み方をし、目は相変わらずギラッと。
・・・やりづらいことこの上なし。
「榊原 真理、ヴァイオリニストよ」
ゴミを放り投げるように吐き捨てたのは、自分の名前と職種だった。
ヴァイオリニストは、オーケストラの中でも多くのリードパートを取ることがある。
かなり目立つパートだけに責任感も大きく、その分プライドも高いと言われている。
故の事だろうか、ヒジョーに態度がデカい。
「最後に秋元さんと会われた際、どのような感じでしたか?」
「どうもこうもないわ、至って普通よ。
それまでずっと衣装合わせしてたし、チューニングの間は別室だったし。
・・・何アンタ、アタシを疑ってんの?」
―――That's right、それが職務ですから。
このムスッとした態度、彼に対する恨みも含まれているのだろうか。
続いて僕はテーブルの前の男性へ。
「では次に貴方、お願いします」
「僕は田辺 正一、ピアニストです」
「最後に秋元さんと会われた際、どのような感じでしたか?」
「特に変わった様子もなかったかな。
そんなに会話もしなかったし、誰かが来たということもありませんでしたよ。
僕はスタッフに呼ばれるまでタバコ吸って時間潰してました。
榊原さんも仰っていたように僕もチューニングは別室で行ってました、ピアノですし」
ピアノのチューニングというのは、ギターやヴァイオリンのように個人で行えるようなものではない。
というのも、ピアノのチューニングは『調律師』と呼ばれるチューニング専門の職人によって行われる。
ピアニスト直々に行う人も稀にいるが、大多数は調律師に任せっきりだ。
しかし田辺さんは調律に立ち会ったようだ。
となると、あとで調律師の方にも話を聞かねば―――
最後に、部屋の隅に座っていた女性へと問う。
「では次に貴女、お願いします」
「私は山本 恵美子といいます。
クラリネット奏者をやっています」
彼女は、優しそうな声で話し出した。
それはどこか、儚げな雰囲気を纏いながら―――
「最後に秋元さんと会われた際、どのような感じでしたか?」
「お2人同様、変わった様子はありませんでした。
榊原さんと田辺さんが別室へ向かわれた後、暫くして私が部屋を出たので、最後に見たのは多分私です。
待ち時間は本を読んでました、別室でのチューニングが終わった際もこちらに戻ってきましたけど、その時には秋元さんはいらっしゃいませんでしたよ」
一通り事情聴取を行った僕は、別の部屋でレイと話し合いをしていた。
あの後もう少し詳しく聞きたかったのだが、榊原さんの逆鱗に触れたらしく、部屋を追い出されてしまった。
容疑者扱いされたのが気に食わなかったのだろう、多分。
「それで、どう思う?」
「あの人の発言が少し気になるな。
けど、凶器は見つかってない上に動機もわからない。
それに―――」
懐から携帯電話を出し、紙に同じものを書き始めたレイ。
画面には秋元さんが書いたと思われるダイイングメッセージが表示されていた。
先程写真を撮ったのだろう。
「これ、何だかわかるか?」
「んー・・・線が5本だから、楽譜じゃないのかな?」
見てくれは正しくそうだ。
ではこの点が意味するものとは?
「となるとこの点は音符ということか。
符尾や符幹がないところを見ると、音符の長さや種類には関係ないみたいだな」
秋元さんは何でこの楽譜を残したんだろう?
しかもこんな短い曲を―――
まさか死に際の作曲・・・ではないよな。
「それにしても、何の曲だろうね。
ミ、レ、ソ、ミ―――何だろうコレ」
僕たちは携帯の画面を凝視していた。
すると、誰かがこちらへ向かってくる。
あれはたしか―――
「―――山本さん!」
そこにいたのは、山本恵理子さんだった。
聞くと、あの楽屋の雰囲気に耐え切れず、飛び出してきたらしい。
一応、警官の許可を得ているそうだ。
「何見ているの?」
そう言って彼女は紙を覗き込む。
―――ひょっとしてこれは好機なのではないだろうか。
音楽のプロなら、何かわかるかもしれない。
「山本さん、これ何だかわかりますか」
「これは楽譜かしら。
エー、デー、ゲー、デー・・・」
―――僕は一瞬、何を言ったのかわからなかった。
どこかの国の古い呪文を聞いたような気分だった、というか呪文そのものだ。
ゲー・・・何だって?
「あ、あの・・・」
「あ、やだ、ごめんなさい。
クラシックでは、音符の音を和音名で読むことがあるのよ。
『ミ』ならE、『ソ』ならGといった風にね」
やや恥ずかしそうに、彼女はそう答えた。
刹那、向かい側に座っていたレイの表情が変わった。
目を見開いている・・・どうやら何かわかったようだ。
「そうか、そういうことだったのか―――」
To Be Continued...
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