調査ファイル 022 [交響曲第0番 - 沈黙 - Part 3]
僕は扉を開けた。
そこにあったのは・・・遺体だ。
40代くらいの男性、床にうつ伏せのまま血塗れになっている。
部屋は荒らされた様子もない、ということは物取り目的ではないらしい。
やはり、誰かに憎まれて殺された・・・といったところか。
後ろで見ていたレイは、部屋に入り検証を始める。
僕は考えるのを一時的に止め、前田さんへ連絡をした。
スタッフの方々には、全員をホール内から出ないようにするのと、この部屋への侵入を禁止するよう指示をした。
鑑識さんが来るまでに、こちらでも多少は調べておきたい。
先に検証を始めていたレイに結果を聞こうとする僕。
が、どうやら様子がおかしい。
いつも冷静に行動するレイが、今だけ動揺を隠せないでいる。
「どうした、何かあったのか?」
・・・少し震えている。
もしかして知っている人だったのだろうか。
「この人・・・チェロ奏者の秋元 昇さんだ―――」
聞くとこの人は、今回のコンサートの主賓である『グリーンベックカルテット』のメンバーらしい。
ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノの4人編成で活動しているグループだ。
そのメンバーの1人、チェロ奏者の秋元昇さんが、今回の被害者となった。
ファンだったのだろうか、レイは酷く落ち込んでいる。
それもそうだ、今回のコンサートを楽しみにしていたのだから。
「レイ、辛いと思うけど、検証を続けよう。
この方の為にも、な?」
捉え方次第では冷めた男と思われるかもしれない。
そう思われても構わない、僕は刑事なんだ。
事件に私情を挟んではいけない、それが掟だから。
未だに悲し気な表情を浮かべているが、すぐに検証を再開した。
「死因は恐らく失血死、鋭利な刃物で刺されたような傷口があるな。
・・・ん?これは―――」
秋元さんは右手の甲を額に当て、頭を少し浮かせて倒れている。
そして右手の人差し指は血で染まっていた。
もしやこれは・・・
「レイ、ちょっと手伝ってくれ」
そういって、遺体を少し動かし、頭の下にあった空間を曝け出す。
そこにあったのは、秋元さんが書いたと思われる血文字が。
しかし、それは文字というにはあまりにも不可解なものであった。
「横線と・・・点?」
左から右へ10cmくらい伸ばした横線が5本あり、線と線の間や線の中に点が打たれている。
ダイイングメッセージ・・・なのだろうか?
だとしても、これは何の暗号だ?
「レイ、これ何だかわかるか?」
「―――あ、ごめんなさい、何?」
やや虚ろな目をしている。
相当ショックだったのだろう。
言いたくはなかったのだが、心を鬼にして僕は言う。
「―――レイ、これは殺人事件なんだ。
僕たちは事件を解決させなければならないんだ。
どんなに悲しくても、どんなに辛くても、死んだ人は生き返らない。
だからせめて、少しでも多く証拠を集めて、被害者の敵を討とう」
18歳の子供には、重たかっただろうか。
しかし、最初の事件の時は大人顔負けのクールさを決めていた。
やはり気の持ちようなのだろうか。
そう考えていたのだが、レイの顔色が段々変わっていった。
それはマイナスの方向ではなく、どことなーく僕に敵対心を抱くような、プラスの方向に。
それにしても、僕に説教されたのが癪だったのだろう、敵対心なんて抱いてやがる。
何だかなあ・・・
「―――ごめんなさい、もう大丈夫。
それじゃ、続けましょう」
儚げに喋る姿は、先程の悲壮感を帯びてはいなかった。
ようやく、元に戻ったか。
少し安心した僕はレイと共に検証を再開し、鑑識さんが到着するまで調べ上げた。
「とりあえずこんなものか」
「そうね、あまり目立ったものもなかったけど」
わかったことは、凶器が刃物ということと、ダイイングメッセージの2つだけだった。
財布の中身は抜かれておらず、特に怪しいところも見当たらなかった。
となると次は―――
「容疑者から証言を聞きましょうか」
「レイ、その・・・」
「―――大丈夫よ、もう落ち着いたわ。
行きましょう」
これから行う容疑者からの事情聴取が、非常に心苦しい。
その容疑者というのが、グリーンベックカルテットのメンバー3人である。
スタッフの話によると、秋元さんと最後に接触したのはグループメンバーだったという。
少なくとも殺害2時間前からはスタッフはここに近付きすらしていないとのこと。
「・・・準備はいいかい?」
「―――ええ、もちろん」
僕たちは、3人の待つ部屋へと向かった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。