調査ファイル 020 [交響曲第0番 - 沈黙 - Part 1]
昼の一服をしながら、物思いにふける。
一服といってもタバコではなく、僕の場合は缶コーヒーである。
まだまだ寒い日は続くものの、相変わらず『冷たい』の方を押してしまうのが、ちょっと気が引けてしまう。
自己嫌悪にしては、非常にみみっちいと言ってしまってはアレだが。
署の屋上から見る景色も、相変わらずだ。
遠くに海が見え、まだ所々雪の山が残っている。
ここは札川市、穏やかな潮風香る港街。
市街地に警察署があり、僕がよく出向く探偵事務所は港の近くにある。
この地に来てからの日は浅い、まだ知らぬ場所や良いところも詳しくはわかっていない。
まあいいか、その内のんびり回れば。
その時は、彼女も一緒に行ければ―――
「おう、いつまで油売ってんだ?」
少し笑いながら注意を促すのは、僕の上司の前田さん。
どこか心の中を覗かれているように、前田さんも怒っているわけではないようだ。
のんびりし過ぎたかな―――そろそろ行かなくちゃ。
車を走らせて暫く、目的地に到着する。
『黒川探偵事務所』・・・ここが僕の務める第二の職場である。
ってか今気付いた、いつの間に看板なんて取り付けたんだ?
小さいけどまあご立派な看板・・・しかも自分の苗字勝手に付けてるし。
因みに僕の苗字は『津田』である、となると犯人は―――
「―――何やってんの、早く入ってきなさいな」
チャイムを鳴らす前に扉を開けて呆れている女の子。
そう、この子がここの探偵殿・・・黒川レイだ。
今日は依頼者が来ないのだろう、私服で登場してきた。
スーツをバシッと決め、髪をポニーテールにしたビジネススタイルとは逆に、可愛らしいワンピースを着て髪を解いている。
・・・うん、今日も可愛い。
「―――何してるの、ほら」
ハッと我に返り、事務所内へ入る。
レイは僕が入る手前で振り返り奥へ入る。
その瞬間、振り返り様に顔が少し赤かったのを、僕は見逃さなかった。
やっぱり年頃の女の子なんだな・・・
さて、今回事務所に来た経緯について。
実は、依頼を持ち込みに来たのではない。
というのも、レイからあるお誘いを受けたのだ。
「それで、今日はどこに行くって?」
「ああ。
今日は音楽鑑賞会に行こうと思っている」
そう、音楽鑑賞会。
いわゆるコンサートである。
オーケストラなのか、ピアノやヴァイオリンのソリストなのか、はたまた声楽なのか―――今のところ何も教えてはくれない。
「何のコンサートなの?
オーケストラ?」
そう聞くと、フフッと笑いながら答える。
「それは着いてからのお楽しみ」
―――お楽しみにされてしまった。
どうせわかるなら今の内に言ってくれ、というのはにべもない。
ロマンチストからバズーカ砲をぶち込まれそうだ、いかんいかん。
行先もイマイチわからないまま、車を出すこととなった。
さて果たして、どうなることやら。
暫く走ると、市街地の郊外にあるコンサートホールへと着いた。
札川ではかなり歴史のある会場の1つだ。
木造だけどしっかりした内観には、ほのかに木の香りがする。
チケットを提示してホール内に入ると、レイはやや小走りで席へと向かう。
表情こそ冷静を装って入るが、どことなくウキウキオーラを放っている。
相当来たかったのだろう。
「んで、今日出るのは何て人たち?」
「グリーンベックカルテットという4人組で、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノで構成されているんだ」
やや早口で話す姿は、やはり微笑ましい。
横で何やらうんちくじみた何かを話しているが、BGM代わりに聞きながらパンフレットを見る。
カルテット自体は結成してそんなに経ってはいないようだが、各々の経歴は凄まじいものだった。
ヨーロッパの有名オーケストラでコンマス・コンミスだったり、コンテストの世界大会で優勝したりしている。
そんな方々の演奏か・・・少し興味が出てきたな。
とはいえ開演までまだ時間があるな。
今のうちにトイレにでも行っておくか。
「レイ、少しお手洗い行ってくるよ」
ずっと鳴っていたBGMがストップし、少し寂し気な表情を浮かべている。
すまん、トイレぐらい行かせてくれまいか。
トイレに向かうと、来客の人数とは比例せず、意外にも空いていた。
というか、誰もいない。
僕は早々に用を足していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
それは個室から、恐らく電話しているのだろう。
しかしその内容は、聞き逃すことのできない内容だった。
「―――開演したら、奴を始末しろ、いいな?」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




