調査ファイル 019 [ケルベロス]
誘拐事件が解決して暫く、僕とレイによる探偵コンビは着々と仕事をこなしていた。
尾行、落とし物捜索を始め、レストランの調査(主に味見)、子供のお守り、果ては演劇の代役なんてまで依頼されることもあった。
忙しい日々が続いていたが、春香ちゃんが入社・・・基手伝いに来てくれていたおかげで、多少余裕は生まれていた。
その時間の合間を縫って、僕とレイは話し合いをしていた。
内容は、北上から僕らを助けた『レオ』についてだ。
「レイ、先日のレオについてなんだけど」
「あいつか。
一体何者なんだ・・・?」
やはり、レイは何も知らないようだ。
その上、こちらのことは薄々ではあるが知っている模様。
この一方的の情報保持は、正直如何ともしがたい。
「『味方』ではないけど『敵』でもないって言ってたけど、どっちなんだろう」
「少なからず、一方的に危害を加えるつもりはないらしいな」
危害を加えるも何も、レオは独りだけだった。
北上はバックにヤクザの軍勢があったものの、独り身の彼に何ができるものか。
しかし北上があっさりと引き上げるところを見ると、やはりただ者ではないことは伺える。
「警察内部の情報はどうだ?
レオについて、何か入ってないか?」
「残念ながら、何も引き出せなかったよ。
挙句、情報規制が掛かっていて、詳しくは何も・・・」
こちらは手詰まり状態。
圧倒的不利な状況・・・と、捉えて良いのだろうか。
しかし今一つ気になることがある。
「奴の目的は何なんだ―――?」
そう、目的だ。
味方でないのであれば、何故あの時銃弾を反らした?
須田一家と立華夫妻を保護したのも謎のままである。
反面、敵でないのであれば、前述の説明がつかない。
「んー・・・」
僕たちは黙り込んでしまった。
謎の上に積み重なる謎、それを更に覆い被せる布状の『謎』。
何か手掛かりは・・・
「―――番犬?」
そうだ、そういえば去り際にそんなこと言ってたっけ。
なんのこっちゃ?
「番犬?」
「あ、うん。
去り際に言ってたんだ、『番犬』って」
それに、番犬の前後に何か言ってたな。
えーっとたしか・・・
「地獄がどうとか―――」
「地獄・・・番犬・・・」
―――刹那、レイはハッとした表情を浮かべる。
瞬間、勢いよく立ち上がった。
どうやら、何かに気付いたらしい。
「何かわかったの!?」
「地獄の番犬―――ケルベロスだ」
ケルベロス・・・って何だ?
何かの絵本に出てくる魔物か何かか?
わからない僕を察してか、レイは語り出す。
「ケルベロスというのは、ギリシャ神話に出てくる冥府の番犬のことだ。
3つの頭を持つ獣の姿をしていて、冥府から逃げ出す者を喰らうとされている」
ギリシャ神話かー、全く興味もなかったし、読んだこともない。
・・・今度古本屋見に行ってみようかな。
「んで、そのケルベロスが何だっていうんだ?」
深い意味はなかったのだが、レイは思い詰めた顔をして答える。
「ケルベロスは世界三大勢力と呼ばれる犯罪組織の1つだ。
犯罪者を殺す犯罪者として恐れられ、依頼を受ければ必ずターゲットを仕留める凶悪な奴らだ」
―――そうか、だからあの時、『犯罪者を葬る』って言っていたのか。
聞く限りでは義賊っぽいけど、どうなんだろう。
「でもそれって、犯罪者だけど敵討ちが目的なんじゃないの?」
「傍から見ればな。
しかし手口は巧妙かつ残忍で、聞いた話によれば、ターゲットを捕まえては被害者に拳銃を握らせ、自らの手で殺させるらしい」
たしかに『敵討ち』だけど、被害者も溜まったものではないだろう。
下手してもしなくてもトラウマレベルだろ、それ。
「・・・ってことは、そんな連中の仲間と接触してたってこと?」
「恐らくな。
しかも北上の顔見知り、あの反応とすれば、奴はケルベロスのリーダーで間違いないだろう。
そして奴は北上を『マックス』と呼んでいた。
コードネームだろうけど、果たして同じ組織なのか、別組織なのか―――」
・・・あの場で聞かなくて、心底よかったと思う。
もしそうだったら、多分失禁していただろう。
凶悪犯罪者に助けられたのか、僕―――
「あ、そういえば北上の会社を突き止める際のメモ用紙、あれに何か書いてあったよね。
もしかしてあの文字って・・・」
「ああ、『ケルベロス』だろうな。
英語読みでもサーベラスと読む場合があるし」
僕も強ち間違っていなかったというわけか。
つまり、あのメモは須田夫妻が書いたものだったんだな。
レオと接触した際に書いたのだろう。
まさか、事件に繋がったとは・・・
今回の件で僕たちは、ケルベロスと関わってしまった。
更に現在日本にいるということは、今後再び交わる可能性があるということだ。
出来れば逢いませんように・・・
しかし、そんな願いも空しく散ってしまう。
今思えば、あれは誰が見てもわかるくらいのフラグだったのだろう。
僕たちは、そんな暗雲が迫っていたことを、知る由もなかった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。