調査ファイル 018 [Little Cats - Epilogue -]
2016年3月14日、13時12分。
あれから2週間近く経った。
僕は署から事務所に来ており、依然とのんびりくつろいでいる。
事件が終わった後もドタバタしていたからな。
確認がてら、もう一度出来事を振り返ってみよう。
軽い騒動となった北上だが、あれ以来息を潜めている。
といっても会社は相変わらずそのままなので、潜めているというのも何か違うような気がしないでもない。
とにかく、事務所へ襲撃に来ることもなければ、拉致されるような荒っぽいことも今のところはない。
何か思うところがあるのだろうか。
須田冬弥君については、あの後無事保護された。
北上建設からかなり離れた場所にある家に小学1年生の子と一緒にいるところを、警察官が見つけたという。
そしてご両親は、冬弥君たちとはまた違う場所で倒れているのを、別の警察官が見つけ、保護された。
冬弥君の証言によると『お兄ちゃんが助けてくれた』、ご両親も『青年に助けられた』と話しているが、これはレオのことで間違いないだろう。
一体、何が目的なんだ・・・?
一方の春香ちゃんはというと、僕らが警察署へ戻ると泣きながら出迎えてくれた。
ご両親も無事らしく、後ろでやや苦笑いで僕らを迎えてくれていた。
すぐにでも事情聴取をしたかったのだが、春香ちゃんがあまりにも泣きじゃくっていたため、後日ということになった。
前田さんはレオが去った後、目が覚めた。
単純に気を失っていただけで、目が覚めるのが僕らよりやや遅れていただけだった。
僕とレイも目立った外傷もなかったが、念の為2日程入院をした。
・・・いや、させられたと言った方が正確だろう。
退院後、僕は車を走らせ、探偵事務所へと向かった。
色々話し合いたいとも思っていたが、何より気になるのは事務所の現状だ。
あちこちボロボロになっていたから、風も入って虫も飛び交ってさぞ大変だろう・・・
暫く走らせて到着した僕たちは、その光景にただただ立ち尽くしていた。
あれだけ派手に壊されていた事務所が、新品と見紛う程に綺麗になっていたのである。
壁も、扉も、皆元に戻っている―――
「な、何で直ってるの!?」
「―――まさか、レオが・・・?」
真相は未だ不明だが、まずは入ってみないことには何もわからない。
そしてレイは鍵を開け、中へと入る。
内装も元通りになっており、グチャグチャだった書類も棚に整頓されていた。
ソファも今までのものと同じものが置かれていた。
どこからか取り出した機械を弄り、レイはあちこちに翳している。
そしてそのままあちこちをうろつき歩いている。
そう、盗聴器だ。
もし盗聴器が仕掛けられていたら、機械音が鳴り響くはず。
30分後、機械音は鳴らなかった。
寝室、風呂、トイレ、テーブルの下、どこを翳しても反応はなかった。
隠しカメラの類もなく、異常はどこにもなかった。
返って不審に思うのだが、なかったものはなかったのである。
ホントに何が目的なんだあの人は・・・
ひとしきり終わった後、僕らは警察署へと向かった。
前田さんを交えて、2組の家族からの事情聴取だ。
事が事なだけに、もうプライバシーとか言ってられない。
洗い浚い吐いてもらうか。
最初は須田一家から行った。
「この度は、ご迷惑をかけて、本当に申し訳ございません・・・」
「いえ・・・。
それよりも、ご夫妻と冬弥君にお怪我がなくて幸いでした」
無事家に戻った彼らは、再び和気藹々とした生活を送っているとのこと。
今まで以上に家族の絆が強く結ばれた、というのは父親の弁。
「それで、あれから北上からの連絡などは?」
「いえ、何も―――」
北上からのちょっかいもないとのこと。
僕は冬弥君の頭を撫で、須田一家の事情聴取を終えた。
次に立華一家との事情聴取を始める。
「―――では、今はもう手を切ったと?」
「はい、もうあのヤクザたちとは縁を切りました。
もう一度人生をやり直そうと思っています」
立華夫妻はヤクザに関与したことを認め、刑に服する覚悟をしていたらしい。
春香ちゃんには残酷な話だが、冬弥君のこともあるから決して放ってはおけない。
当の本人である春香ちゃんも決心はしていたようで、目の周りが赤くなっている。
恐らく、一晩中泣き明かしたのだろう。
その気持ちを踏みにじるようで胸が痛むが、腰から取り出した手錠を取り出した。
僕は父親に、前田さんは母親に手錠を掛け、2人を送る。
春香ちゃんは2人が部屋を出ていくまでその背中を見つめていた。
目をそらすことなく、真っすぐに―――
ひとしきり終わったあと、僕たちは探偵事務所へ戻ってきた。
いつもと違うのは、そこに春香ちゃんがいるということだ。
ソファに座らせジュースを差し出し、レイと僕は春香ちゃんの今後について考えていた。
「どうする、やっぱり親戚に預けるのかな?」
「事件が公になった以上、引き取ってくれるとこは限りなく少ないだろうな」
「じゃあ春香ちゃんは―――」
「―――天涯孤独、ということか」
それは、小学生の女の子にとってはとても残酷な運命でしかなかった。
大人の身勝手な行動により引き起こされた人生の落とし穴。
春香ちゃんの両親が絡んでいたとはいえ、それを差し引いてもこれはあまりに凄惨なものだ。
事務所に来てから、浮かない顔のままだ。
どうにかしないと・・・
「春香ちゃん、あのね―――」
僕が言いかけたその時、遮るように彼女は言い放った。
「―――あの!私を雇ってください!」
・・・刹那、僕は目が点になった。
今何て言った?
『雇って』?
「ちょ、ちょっと、春香ちゃん!?」
ひょっとして意味わかってないのか?
慌てて説得しようとしたが、この彼女が黙っちゃいなかった。
ああダメだ、笑ってる、笑ってやがる。
はっきり言おう、楽しんでやがる―――
「なるほど、面白い―――」
いや面白いじゃないよ、何言っているのレイ。
相手は小学生だよ?
「よかろう、では今日からうちの探偵2号だ」
そんなロボットみたいにしなくても・・・じゃなくて、ちょっと!
それはいくら何でもマズいのでは―――
不敵に笑った後、レイは母親のような優しい顔になって彼女に話す。
しゃがんで目線を合わせて、微笑みながら。
「でも最初は、事務からのスタートだ。
頑張ってね」
―――斯くして、探偵事務所に新たな探偵が加わった。
それはそれは小さな探偵、その名は『立華 春香』。
この先どんな未来が待っているのか。
そして、労働基準法ガン無視のスタイルをどうするのか・・・
津田の苦悩は、留まることを知らなかったのである。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




