調査ファイル 008 [ターゲット、ロックオン]
2016年2月27日、14時08分。
「・・・今、何と言った?」
「だから、小学3年生の須田冬弥っていう子供だ」
僕は前田さんの言っている意味が分からなかった。
その子は、現在進行形で僕たちが捜索している対象人物だぞ。
しかもその子のご両親が、直々に依頼をしてきたんだ。
それが何故警察の方に捜索依頼を出しているんだ・・・
「ちょっと待て、どういうことだ!」
「あ?どうもこうも、捜索依頼が着たから捜索してるんだよ」
珍しくレイが冷静さを欠いている。
僕も今頭の中がパニック状態だ。
あれだけ警察への関与を渋っていたのに、何故―――
「捜査依頼って・・・ご両親は何故警察に―――?」
「ご両親?何のことだ?」
状況が状況なだけに、僕は何もリアクションをしなかった。
普段の僕でさえ、この瞬間に『しまった!』という顔をして青ざめていたことだろう。
一方のレイは左眉をピクッと動かし、一瞬僕を睨んだ。
それに気付いて僕もレイの方を見たとき、初めて自分の失態に気付いた。
よりにもよって、誘拐を担当する捜査一課の刑事に情報を漏洩してしまったのだ。
「いえ、あの、これは何というか・・・」
慌てて取り繕うが、言い訳が浮かばない。
マズイ、色んな意味でマズい。
「そんな事はどうでもいい、何があったか話せ!」
既に冷静さというものを忘れてしまっていたレイは、年齢やキャリアなど関係なく怒鳴り散らす。
強い口調に思わず前田さんはたじろいでしまった。
少しムッとした表情をするが、グッと堪えたのか、そのまま話をつづけた。
「津田があの嬢ちゃんを預けて帰ったあと、警察に相談に来たんだよ。
深刻そうな顔をしててな、事情を聞けば誘拐だっつうもんよ」
レイが依頼される前日か。
今思えばあの日、署内の人がやけに少なかったような気がする。
ということは、探偵事務所で依頼を受けていた時に、前田さんたちは冬弥君の捜索に向かっていたということか。
もしあの時、前田さんにこの事を話していれば―――
なんとも支離滅裂な考えをした僕自身を2つの意味で責めながらも、更に追及を続ける。
「一体誰が・・・依頼を?」
「ああ、冬弥君の叔母と名乗る人だよ」
叔母・・・?
ご両親ではなかったのか?
それはそうだ、もし警察にいたとしたら、現実に同じ人物が2人、夫婦だから4人存在することになる。
SF映画じゃないんだから、そんなことはあり得ない。
となると、叔母が先に警察に依頼をし、後からご両親が探偵に依頼をしたということか。
それにしたっておかしい話だ。
警察へ話すのを渋ったご両親に対し、躊躇なく警察へ依頼した叔母。
1日遅れとはいえ、同じ内容の依頼を2つの場所へ出したこと。
これは何かありそうだ―――
「因みにその冬弥君の叔母は今どこに?」
「ああ、それなら今彼女の自宅にいるよ」
どうやら、別の刑事が冬弥君の叔母の自宅に待機しているらしい。
もしかしたら犯人からの電話があるかもしれないということで、逆探知を狙いながら。
それに、独りで無音の空間内をただただ待ち続けるというのも、居たたまれないしな。
「そうか、それなら―――」
何かを言いかけたレイは、まるで時が止まったようにピクリとも動かなくなっていた。
目はやや虚ろ気味で、口を少し開けながら明後日の方向を見ている。
事情を呑み込めない僕は、レイの右肩を掴んで軽く揺らした。
「おい、どうしたんだ、おいレイ!」
―――反応がない。
一体何がどうなってるんだ?
もう一度肩を揺らそうとした刹那、少し震えながら小さい声で呟いた。
「―――まさか」
何がまさかなんだ?
依頼者が2人いるという時点で色々とマズイし、誘拐事件は未だ未解決のまま現在進行形で続いている。
そりゃあマズイ状況だから焦るのも無理はないけど・・・
「何がマズいんだよ!」
「―――津田君、車を回してくれ」
「・・・え?」
「車だ、急いで回せ!早く!!」
人形のようにピタリとも動かなくなったと思えば、途端に激昂して車を回せと叫び出す始末。
僕もさながら、前田さんも相棒の刑事さんも置いてけぼりだ。
しかし何か考えがあるのだろ、それも悪い方向の。
嫌な予感で形成された日本刀を首元に当てられ、今にも絶命しそうな表情をしている。
ただごとではないというのは否が応にでも理解していた。
僕は前田さんたちに会釈した後、止めていた車を急いで回し、レイを助手席に乗せて走り出す。
「それで、どこに向かえばいい?」
「事務所だ、急げ!」
「了解!」
僕は探偵事務所へと向かった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。