調査ファイル 110 [地獄から来た男 Part 19]
事務所を後にした僕たちは、第二の殺害現場へ来ていた。
「ここか・・・」
飯島氏のマンションに比べ、こちらは普通のアパートだ。
駐車場が併設されているものの、気取った外車やゴツい車などはなく。
これだけでも、被害者は彼と真逆の人間・・・だったのかもしれない。
なんて考えながら、僕たちは野次馬の荒波を掻き分ける。
テープ前にいる警官に手帳を見せると、あっさりと通してくれた。
階段を上がると、玄関前でしかめっ面の大蜘蛛警部が仁王立ちしている。
鑑識さん待ちなのだろう。
今鉢合わせすると、これまためんどくさいなー。
が、僕たちが玄関に着く直前、鑑識さんからのOKサインが出た模様。
待ってましたと言わんばかりに、警部は中へズカズカと突き進んでいった。
習うように僕たちも中へ中へ。
部屋の中は、一件目同様、荒らされてはいなかった。
玄関の靴はキチンと整頓されており、リビングの方も綺麗に片付いている。
ベランダからは、溢れる日差し。
明るい暖かさが、暗く冷たいこの空気に混ざり込み、なんとも“不気味”に抱擁されている気分だ。
そして、警部の姿はそこにはない。
「あれ、警部は?」
「多分、ここだ」
レイは、ある一室の扉を開けようとしていた。
七つ道具なのだろうか、いつの間にか用意していた手袋で、ドアノブに手を掛ける。
少し立て付けの悪い扉は、つんざめく悲鳴を上げながら、僕たちを迎え入れる。
そんで、この人も―――
「・・・やーっぱ来たか」
扉の先は、どうやら寝室のようだ。
綺麗に整えられたベッドと、少し傷がついているクローゼットが置いてあった。
どデカイ溜め息を吐き、呆れを通り越し、鼻で一発フッと笑っていらっしゃる。
「お前、俺の話を聞かなかったんか?」
“俺の話”とは、先の署での一件のこと。
たしか警部はこう言っていた。
『お前らは、帰れ』・・・と。
「ああ、聞いたさ」
「だったら―――」
レイは警部の言葉を遮り、自分の言葉で空気を埋める。
「帰ったよ―――事務所には。
その足で来たんだ、何か文句でも?」
「トンチじゃねーか!!」
まるで漫才コンビのツッコミである。
「そうじゃねえ!
捜査の邪魔だからついてくんじゃねーって言ってんだよ!」
「心配するな、その手を煩わせるマネはしないさ。
―――探偵だからな」
そう言うと、警部を軽く押しのけて、ベッドの方へと向かう。
ベッドの上には、黒くて大きな物体が横たわっていた。
・・・それは、誰が見てもわかるくらい、最恐に不気味で、明らかなる代物だった。
「・・・“コレ”か」
ポケットに手を突っ込み、冷たいトーンで静かに零す。
目の前にあるそれは、今回の事件の“中心核”。
レイはその物体に掛かっていた布を、一気に引っぺがした。
「・・・死体―――」
つい最近まで、人間として行動していた筈の彼は、今現在、『生物』とは違う存在へと変貌していた。
仰向けになり、目と口を開け、まるでこちらに助けを求めるかのような、苦悶の表情を浮かべている。
そして何より気になるのは、妙に赤く染まる彼の首筋だった。
「レイ、これって・・・」
「ああ」
これまた、誰が見ても一目瞭然。
まるで首筋にも口が出来上がっていた―――といえば、皆も状況がわかるだろうか。
正直、手口が手口なだけに、あまり状況は語りたくない。
だが、刃物で切ったことによる失血死・・・といったところだろうか。
しかし、ここでも疑問が浮かび上がる。
「でもこの遺体、何か変だよ。
というより・・・」
「見覚えがある、だな」
レイも同じことを考えていた。
そう、何故か既視感が脳内を駆け巡っていた。
「お前ら、この仏さん知ってんのか?」
腕を組みながら、警部は言った。
10%くらい怒りを込めたようなトーンで。
「彼の事は知らない。
だが、この状況は、非常に憶えがある」
なんだそりゃ、とでも言いたげな表情の、しぶーい顔をしていらっしゃいますよ、警部殿。
ここでも溜め息を吐くと、警部は胸ポケットから手帳を取り出した。
「被害者は『新谷 昭』氏。
ごくごく普通のサラリーマンだそうだ」
警部が言うには、第一発見者は新谷氏の奥さん。
旦那が休みということで、留守番をしてもらい、好機として奥さんが買い物に出ていたそう。
1時間くらい買い物して帰ってきたら、既にこの状態だったらしい。
死因は見立て通り、首筋を刃物で切られたことによる失血死。
頸動脈をスパッといっていたらしい。
ただし、司法解剖を終えてみない限り、確実な死因はわからない。
現状での判断、ということだ。
「それで、その奥様は・・・?」
「うちのパトカーに乗ってもらってるよ。
女性警官も同伴でな」
パタッと閉じた手帳を、再び胸ポケットにしまう。
そして左手を腰に当て、相変わらず気怠そうな目で僕たちを見つめる。
「そんで?」
たった一言。
「・・・『そんで?』、とは?」
「だーかーらー・・・
オメエらの言う『既視感』ってのは、一体何なんだよ」
頭をカシャカシャ掻く警部は、イライラゲージ30%といったところか。
ああそのことですか、とレイは遺体を指差す。
「コレですよ」
警部もつられて遺体の方へ目線を移す。
「見覚え、ありませんか?」
敢えて言葉は敬語でジョーク気味なのだが、なーぜーか瞳だけは真面目なまま。
「ここ最近、これと同じ状況を、あなたは見た筈だ」
レイがそう言うと、警部は眉毛を段違いにズラし、『ハア?』と一言。
そしてアゴに親指と人差し指をあて、『ん~』と考え込む。
刹那、何かに思い出し、声を上げる。
「・・・あ゛っ!」
思いっきり目を見開いた警部は、レイに視線を集中させる。
答えるように、彼女はニヤリと笑っていた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




