調査ファイル 109 [地獄から来た男 Part 18]
『おせーよバーカ』
腕を組み、ムスッとしている男。
一体どのくらい、待ちぼうけを喰らったのだろうか。
僕たちは札川署に着くなり、大蜘蛛警部に迎えられた。
それはそれは“ご機嫌”なようで。
『すみません、警部』
とりあえず、僕は謝った。
苦笑い気味で。
僕だって、遊びで動き回ったわけじゃない。
探偵課も足で稼ぐ部署・・・なんて言おうもんなら、この人に何言われるかわかったモンじゃない。
仄かなる炎を燻らせながらも、警部に向き合うことにした。
『んで、お前ら───』
ハァ、と溜め息をつきながら、ダルそうにそう切り出す。
───取り調べは進んでいく。
大方、事件の内容を振り返ったり、怪しい人を見なかったか、など。
事件の裏付けを取るという、捜査の中では重要な仕事なのだが・・・如何せん大蜘蛛警部だ。
終始ダルそうに進めている。
『・・・なるほどな。
粗方、事情は理解したよ』
小指で耳をほじくりながら、ボソッと溢す。
ホントに理解しているのか、というのは、ヤボなので黙っておこう。
「しっかし、なんたって第一発見者がお前らなんだよ。
よりによって、黒川とその一味ときた・・・」
「私だって好きでこうなったわけじゃない。
それに、いつの世も犯罪は起こる。
訳あって起きた殺人に、たまたま私たちが関わってしまった・・・それだけだ」
静かなトーンで、種火を燃やし続けるレイ。
腕を組み、目を細めながら。
「それと、聴取はこれで終わりか?
ならば私たちは帰らせてもらうが―――」
すると、こちらに手で埃を払うように振り、
「おうおう、帰れ帰れ」
・・・呆れ顔でそう言った。
さすがの僕も内心ムスっとしたが、とりあえずは心の内に留め、署を後に・・・しようとした。
札川署の会議室に、ささやかな振動音が響く。
誰かのケータイに着信がきたようだ。
その場にいた全員が、己の身体中を掌でペタペタ触りだす。
よくある、『ケータイ、ケータイ・・・』の、“アレ”だ。
そしてその中の一人が、どうやらアタリだったようで。
「ん?俺か」
警部はケータイを取り出し、相変わらずダルそうに着信に出る。
「はい、大蜘蛛・・・」
シーン・・・と、静まり返る会議室。
わずかな時間ながら、その静寂さは僕たちを知らない次元に飛ばされそうなくらい、不思議な感覚で包み込まれそうな。
いや、それは大袈裟か。
とはいえ、その数秒は久々に感じた癒し、にも思えた。
しかしその“癒し”は、一瞬で掻き消されることになった。
「―――何? 死体!?」
警部の表情が、恐ろしく引き締まった。
僕は驚き、レイも眉間に軽くシワを寄せている。
電話を終え、携帯をしまう。
そして静かに、僕たちに視線を移した。
「・・・お前らは、帰れ」
レイは一瞬の沈黙を醸し出し、クールなままに言玉を投げ返す。
「ああ、そうさせてもらう」
ちょっと、意外だった。
いつもなら『私も行こう』、なんて便乗してくるところなのに。
「レイ・・・」
「津田君、行こう」
その言葉に“何か”を感じた。
一呼吸した後、僕たちは署を後にした。
事務所に帰ってきた僕たち・・・だったが。
「レイ、ホントにどうしたの?」
改めて、先程の件について問う。
「いつもなら逆らってでも乗り込んでいくのに、なんで今回・・・?」
心配も混じった質問をぶつける僕をヨソに、レイは台所の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
扉は開けたまま、ボトルのキャップを外し、そのまま流し込む。
ゴク・・・ゴク・・・その音、その姿、その時間がまるで、ゲームのデータロードのように、言葉を介さない不思議な時間を奏でている。
満足したのか、ボトルを唇から離す。
端から滴り落ちる余り水が、どことなく艶めかしい。
などと不埒なことを考えていると、レイは親指で唇を拭い、僕へと目線を移す。
「さて、行くか」
はて。
今、なんと。
「・・・行くって、どこへ?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
いやそりゃ上げるでしょう、帰るっていった矢先、行くって言われたら、ねえ。
「決まっているだろう、現場だよ」
ますますわからん。
「じゃあアレか、給水する為にワザと帰ってきたと?」
「それはオマケ。
本命は・・・コレ」
立派な探偵様のデスク。
その引き出しから、ある書類を取り出すレイ。
細かーな字でいっぱいの書類・・・なんだコレ。
「レイ、なにそれ」
「探偵課が設立された際に、渡されたものだ。
君も知ってて然るべし、とは思うが」
呆れ半分に、微笑みを僕に向ける。
その優しさにニヘラ~と笑いそうになるところを、グッとこらえました、はい。
で、結局それ何。
「事件資料の貸与許可証。
あの日、沢山処理した書類にも、記載されていただろう?」
ああ、そういえば―――
探偵課は他の課に比べて、力が弱い。
事件の捜査はおろか、その資料を得るのでさえ、かなり難しい。
一言でいえば、『余所者なんぞにそんな権利はねえ』、だ。
捜査したければ、資料見たければ、許可証を出せ・・・という厄介な仕組み。
まあ当然といえば当然なのだが、一課を始めとした他の課は、許可証の提出を必要としていない。
新人いびりめ。
「そういえば、そんなモノもあったなあ。
でも、何の資料を?」
今回の事件・・・は、ありえないか。
起きたばっかの話、資料もクソもない。
先の事件?
いや、それもない。
僕たちは当事者でもあるし、粗方情報は得たはず。
ではどの事件の資料か。
知りえていない情報。
僕たちに関わりある事件。
関わり・・・って、もしかして―――
「・・・“アレ”か?」
「・・・“アレ”だ」
ニヤっと笑うレイ。
どうやら、何かしらの共通点・・・関連性があるらしい。
僕にはサッパリだけど。
レイは書類にペンを走らせる。
踊るようなそのペン捌きは、目を瞠るものがある。
鞄にしまったらとっとと出掛けようか・・・そう思っていた時だった。
インターホンの響きが、事務所内で控えめにこだまする。
誰だろう。
レイは玄関へとパタパタ走り、ドアを開けた。
「やあ、お疲れ様」
真城巡査部長が、そこにはいた。
彼は一課に在籍しながら、例の大男の件も抱えている。
なりゆきにしては、天下の一課が何故、という気持ちも決して捨てきれない。
んーや、今はいい、気にしないようにしよう。
「真城巡査部長!
どうしてこちらに?」
「いやね、探偵課の二人には、随分と扱いづらい案件を持ってきてしまった。
仕事とはいえ・・・
それが、ちょっと気掛かりでね」
どうやら、心配して様子を見に来てくれたらしい。
大蜘蛛警部の電話では、殺人事件があったというのに。
とうとうこの人は、大男の件を専任され、捜査を外されたのだろうか。
「それで、進展の方は?」
「それが・・・」
正直言って、何も進んでいない。
捜索対象が死亡、その上対象の“何を知りたいか”もわからない。
これ以上何を調べりゃいいんだって話。
「せめて、動機がわかればいいのですが・・・」
頭をポリポリと掻き、苦笑いを送った。
「ああ、そういえば言ってなかったな」
真城巡査部長は腕を組み、少し渋みを帯びた表情を浮かべる。
人探しだけなら、見つけた上で核心を突けばいい。
亡くなってしまった以上、その核心は依頼人にしか頼れる筋がない。
じゃあ何であの時問い詰めなかったのか、と言われればそれまでだけど。
まさか、殺人事件になろうとは思いまい。
こんな事態になろうと、誰が想像しようか。
「目的は知らんが、きっとかつての友人か何かだろう。
あいつ、身の回りの人間なんていなかったしな」
だろうな。
あの雰囲気で友達ハッピーの陽キャ人間だったら、もはや何を信じればいいのか。
「そうなんですか?」
とりあえず、僕はそう返した。
「まあ、可哀想な奴ではあるな。
でもな―――」
ふいに、ポケットから煙草を出す。
左手で煙草を庇いながら火を点ける姿が、少し愁いを帯びて見えたのは・・・僕の気のせいだろうか。
空に向かって煙を吹かした後、真城巡査部長は、話の続きを始める。
「それ以上の素性がわからないんだよ」
意外だった。
10年経った今でも、彼の事を知るものは、誰一人といないそうだ。
取調室、裁判所、刑務所の面会・・・話す機会は如何程にもあった筈。
何一つ語らなかったのは、あまりにも不気味である。
「俺の先輩に、あいつの担当だった刑事がいるんだけど、その人でさえ口を割らなかったらしい。
ただただ、『俺がやった』の一点張り・・・それはそれで気持ち悪いよな」
彼の言葉は、口に含んだ煙と共に吐き出していく。
空へと向かった灰色のもやは、頭の上で立ち込め、どこかへと消えていった。
まるで―――
「お待たせ、津田君」
書類を書き終えたのか、封筒を抱えたレイが出てきた。
「おお、探偵。
元気だったか」
「まあな」
真城巡査部長は、レイに対しても、僕と同じ言葉を投げかけた。
レイは笑みを浮かべながら、小さく首を横に振った。
「仕事だからな、謝る必要はない」
「―――ありがとう。
ところで、これからどこかへお出掛けかい?」
僕たち2人を交互に見ている。
手にしている封筒からして、何かを察したのだろう。
「ああ。
これを提出したアシで、“現場”にな」
レイは封筒を右手で持ち、軽く振って見せる。
「それは?」
「事件資料の貸与許可書さ。
我々探偵課は、これがないと資料に目を通せなくてね」
驚く真城巡査部長。
無理もない、探偵課の事情を、他の課の人間は把握していない。
僕だって、覚えきるのは大変だったわけでありまして。
「ということは、署の方へ?」
「ああ」
彼はポケット灰皿に吸殻を入れ、何かを考え始めている。
その刹那、“よし!”と何か決心したかのように、一つ小さく頷いた。
「その書類、俺が持って行ってやるよ」
んーと・・・ドユコト?
「大方目的はわかったよ。
“アレ”だろ?」
レイは『ほう』、と目を少し見開いた。
そして彼女も―――
「・・・“アレ”だ」
―――少し首を傾げ、ニヤっと笑う。
二人揃ってなーんか楽しそうなんだよなー。
僕だけちょいおいてけぼりな感じ。
「んじゃ、それ預かるぞ。
許可証が発行されたら、そっちに連絡しよう」
すると真城巡査部長は、自分の名刺を取り出し、裏に何かを書き始めた。
「ほらよ。
2人共、さっきの事件の現場に行くんだろう?」
名刺を受け取ると、裏面に住所が記載されていた。
ちょい殴り書きっぽいのは、敢えてスルーすることにしよう。
「ありがとうございます、真城巡査部長!」
「ハハッ、『巡査部長』は付けなくていいぞ」
僕たちは真城巡査部長・・・改め、真城さんに別れを告げ、事件現場へと向かった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




