表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
探偵シリーズ ~ 大怪盗の夢 ~  作者: 土井淳
第六章 ~ 穢れた正義 ~
127/129

調査ファイル 109 [地獄から来た男 Part 18]

『おせーよバーカ』


腕を組み、ムスッとしている男。

一体どのくらい、待ちぼうけを喰らったのだろうか。


僕たちは札川署に着くなり、大蜘蛛警部に迎えられた。

それはそれは“ご機嫌”なようで。


『すみません、警部』


とりあえず、僕は謝った。

苦笑い気味で。

僕だって、遊びで動き回ったわけじゃない。

探偵課も足で稼ぐ部署・・・なんて言おうもんなら、この人に何言われるかわかったモンじゃない。


仄かなる炎を(くすぶ)らせながらも、警部に向き合うことにした。




『んで、お前ら───』


ハァ、と溜め息をつきながら、ダルそうにそう切り出す。


───取り調べは進んでいく。

大方、事件の内容を振り返ったり、怪しい人を見なかったか、など。

事件の裏付けを取るという、捜査の中では重要な仕事なのだが・・・如何せん大蜘蛛警部だ。

終始ダルそうに進めている。




『・・・なるほどな。

粗方、事情は理解したよ』


小指で耳をほじくりながら、ボソッと溢す。

ホントに理解しているのか、というのは、ヤボなので黙っておこう。


「しっかし、なんたって第一発見者がお前らなんだよ。

よりによって、黒川とその一味ときた・・・」


「私だって好きでこうなったわけじゃない。

それに、いつの世も犯罪は起こる。

訳あって起きた殺人に、たまたま私たちが関わってしまった・・・それだけだ」


静かなトーンで、種火を燃やし続けるレイ。

腕を組み、目を細めながら。


「それと、聴取はこれで終わりか?

ならば私たちは帰らせてもらうが―――」


すると、こちらに手で埃を払うように振り、


「おうおう、(けえ)(けえ)れ」


・・・呆れ顔でそう言った。

さすがの僕も内心ムスっとしたが、とりあえずは心の内に留め、署を後に・・・しようとした。




札川署の会議室に、ささやかな振動音が響く。

誰かのケータイに着信がきたようだ。

その場にいた全員が、己の身体中を掌でペタペタ触りだす。

よくある、『ケータイ、ケータイ・・・』の、“アレ”だ。

そしてその中の一人が、どうやらアタリだったようで。


「ん?俺か」


警部はケータイを取り出し、相変わらずダルそうに着信に出る。


「はい、大蜘蛛・・・」


シーン・・・と、静まり返る会議室。

わずかな時間ながら、その静寂さは僕たちを知らない次元に飛ばされそうなくらい、不思議な感覚で包み込まれそうな。

いや、それは大袈裟か。

とはいえ、その数秒は久々に感じた癒し、にも思えた。


しかしその“癒し”は、一瞬で掻き消されることになった。




「―――何? 死体!?」




警部の表情が、恐ろしく引き締まった。

僕は驚き、レイも眉間に軽くシワを寄せている。


電話を終え、携帯をしまう。

そして静かに、僕たちに視線を移した。


「・・・お前らは、帰れ」


レイは一瞬の沈黙を醸し出し、クールなままに言玉(ことだま)を投げ返す。


「ああ、そうさせてもらう」


ちょっと、意外だった。

いつもなら『私も行こう』、なんて便乗してくるところなのに。


「レイ・・・」


「津田君、行こう」


その言葉に“何か”を感じた。

一呼吸した(のち)、僕たちは署を後にした。




事務所に帰ってきた僕たち・・・だったが。


「レイ、ホントにどうしたの?」


改めて、先程の件について問う。


「いつもなら逆らってでも乗り込んでいくのに、なんで今回・・・?」


心配も混じった質問をぶつける僕をヨソに、レイは台所の冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

扉は開けたまま、ボトルのキャップを外し、そのまま流し込む。

ゴク・・・ゴク・・・その音、その姿、その時間がまるで、ゲームのデータロードのように、言葉を介さない不思議な時間を奏でている。


満足したのか、ボトルを唇から離す。

端から滴り落ちる余り水が、どことなく艶めかしい。

などと不埒なことを考えていると、レイは親指で唇を拭い、僕へと目線を移す。




「さて、行くか」




はて。

今、なんと。


「・・・行くって、どこへ?」


素っ頓狂な声を上げてしまった。

いやそりゃ上げるでしょう、帰るっていった矢先、行くって言われたら、ねえ。


「決まっているだろう、現場だよ」


ますますわからん。


「じゃあアレか、給水する為にワザと帰ってきたと?」


「それはオマケ。

本命は・・・コレ」


立派な探偵様のデスク。

その引き出しから、ある書類を取り出すレイ。

細かーな字でいっぱいの書類・・・なんだコレ。


「レイ、なにそれ」


「探偵課が設立された際に、渡されたものだ。

君も知ってて然るべし、とは思うが」


呆れ半分に、微笑みを僕に向ける。

その優しさにニヘラ~と笑いそうになるところを、グッとこらえました、はい。

で、結局それ何。


「事件資料の貸与許可証。

あの日、沢山処理した書類にも、記載されていただろう?」


ああ、そういえば―――


探偵課は他の課に比べて、力が弱い。

事件の捜査はおろか、その資料を得るのでさえ、かなり難しい。

一言でいえば、『余所者なんぞにそんな権利はねえ』、だ。

捜査したければ、資料見たければ、許可証を出せ・・・という厄介な仕組み。

まあ当然といえば当然なのだが、一課を始めとした他の課は、許可証の提出を必要としていない。

新人いびりめ。


「そういえば、そんなモノもあったなあ。

でも、何の資料を?」


今回の事件・・・は、ありえないか。

起きたばっかの話、資料もクソもない。

先の事件?

いや、それもない。

僕たちは当事者でもあるし、粗方情報は得たはず。


ではどの事件の資料か。

知りえていない情報。

僕たちに関わりある事件。

関わり・・・って、もしかして―――




「・・・“アレ”か?」


「・・・“アレ”だ」




ニヤっと笑うレイ。

どうやら、何かしらの共通点・・・関連性があるらしい。

僕にはサッパリだけど。


レイは書類にペンを走らせる。

踊るようなそのペン捌きは、目を(みは)るものがある。


鞄にしまったらとっとと出掛けようか・・・そう思っていた時だった。


インターホンの響きが、事務所内で控えめにこだまする。

誰だろう。

レイは玄関へとパタパタ走り、ドアを開けた。




「やあ、お疲れ様」




真城巡査部長が、そこにはいた。


彼は一課に在籍しながら、例の大男の件も抱えている。

なりゆきにしては、天下の一課が何故、という気持ちも決して捨てきれない。

んーや、今はいい、気にしないようにしよう。


「真城巡査部長!

どうしてこちらに?」


「いやね、探偵課の二人には、随分と扱いづらい案件を持ってきてしまった。

仕事とはいえ・・・

それが、ちょっと気掛かりでね」


どうやら、心配して様子を見に来てくれたらしい。

大蜘蛛警部の電話では、殺人事件があったというのに。

とうとうこの人は、大男の件を専任され、捜査を外されたのだろうか。


「それで、進展の方は?」


「それが・・・」


正直言って、何も進んでいない。

捜索対象が死亡、その上対象の“何を知りたいか”もわからない。

これ以上何を調べりゃいいんだって話。


「せめて、動機がわかればいいのですが・・・」


頭をポリポリと掻き、苦笑いを送った。


「ああ、そういえば言ってなかったな」


真城巡査部長は腕を組み、少し渋みを帯びた表情を浮かべる。

人探しだけなら、見つけた上で核心を突けばいい。

亡くなってしまった以上、その核心は依頼人にしか頼れる筋がない。

じゃあ何であの時問い詰めなかったのか、と言われればそれまでだけど。

まさか、殺人事件になろうとは思いまい。

こんな事態になろうと、誰が想像しようか。


「目的は知らんが、きっとかつての友人か何かだろう。

あいつ、身の回りの人間なんていなかったしな」


だろうな。

あの雰囲気で友達ハッピーの陽キャ人間だったら、もはや何を信じればいいのか。


「そうなんですか?」


とりあえず、僕はそう返した。


「まあ、可哀想な奴ではあるな。

でもな―――」


ふいに、ポケットから煙草を出す。

左手で煙草を庇いながら火を点ける姿が、少し愁いを帯びて見えたのは・・・僕の気のせいだろうか。

空に向かって煙を吹かした(のち)、真城巡査部長は、話の続きを始める。




「それ以上の素性がわからないんだよ」




意外だった。

10年経った今でも、彼の事を知るものは、誰一人といないそうだ。

取調室、裁判所、刑務所の面会・・・話す機会は如何程にもあった筈。

何一つ語らなかったのは、あまりにも不気味である。


「俺の先輩に、あいつの担当だった刑事がいるんだけど、その人でさえ口を割らなかったらしい。

ただただ、『俺がやった』の一点張り・・・それはそれで気持ち悪いよな」


彼の言葉は、口に含んだ煙と共に吐き出していく。

空へと向かった灰色のもやは、頭の上で立ち込め、どこかへと消えていった。

まるで―――




「お待たせ、津田君」


書類を書き終えたのか、封筒を抱えたレイが出てきた。


「おお、探偵。

元気だったか」


「まあな」


真城巡査部長は、レイに対しても、僕と同じ言葉を投げかけた。

レイは笑みを浮かべながら、小さく首を横に振った。


「仕事だからな、謝る必要はない」


「―――ありがとう。

ところで、これからどこかへお出掛けかい?」


僕たち2人を交互に見ている。

手にしている封筒からして、何かを察したのだろう。


「ああ。

これを提出したアシで、“現場”にな」


レイは封筒を右手で持ち、軽く振って見せる。


「それは?」


「事件資料の貸与許可書さ。

我々探偵課は、これがないと資料に目を通せなくてね」


驚く真城巡査部長。

無理もない、探偵課の事情を、他の課の人間は把握していない。

僕だって、覚えきるのは大変だったわけでありまして。


「ということは、署の方へ?」


「ああ」


彼はポケット灰皿に吸殻を入れ、何かを考え始めている。

その刹那、“よし!”と何か決心したかのように、一つ小さく頷いた。


「その書類、俺が持って行ってやるよ」


んーと・・・ドユコト?


大方(おおかた)目的はわかったよ。

“アレ”だろ?」


レイは『ほう』、と目を少し見開いた。

そして彼女も―――


「・・・“アレ”だ」


―――少し首を傾げ、ニヤっと笑う。

二人揃ってなーんか楽しそうなんだよなー。

僕だけちょいおいてけぼりな感じ。


「んじゃ、それ預かるぞ。

許可証が発行されたら、そっちに連絡しよう」


すると真城巡査部長は、自分の名刺を取り出し、裏に何かを書き始めた。


「ほらよ。

2人共、さっきの事件の現場に行くんだろう?」


名刺を受け取ると、裏面に住所が記載されていた。

ちょい殴り書きっぽいのは、敢えてスルーすることにしよう。


「ありがとうございます、真城巡査部長!」


「ハハッ、『巡査部長』は付けなくていいぞ」




僕たちは真城巡査部長・・・改め、真城さんに別れを告げ、事件現場へと向かった。






To Be Continued...








※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ