調査ファイル 108 [地獄から来た男 Part 17]
「探偵か」
第一声からこれだ。
『もしもし』でもなければ、自身の名も名乗らない性分。
僕の身の回りには、そんな無粋な人はいない。
「―――誰だ、貴様」
おおっと、ここにいましたか。
女の子がそんな言葉使っちゃいけませんぜ。
・・・なんてツッコミを、心の中でしていた。
レイの携帯に耳を寄せ、会話の続きを待つ。
「バカ言ってんじゃねえよ。
ったく、なんでこの俺が・・・」
電話の向こうで悪態を突くこの男。
どっかで聞いたことのある声だな・・・
「いいか探偵、今すぐ札川署に来い。
聞きたいことがある」
「聞きたいのはお前の名前だ。
名乗りもせず、要求だけ取り付けようとする奴の言葉を、誰が信じる」
至極ご尤も。
電話のマナーがなっちゃいないよ、旦那。
・・・旦那?
そういや札川署って言ってたな。
警察関係者か?
携帯越しにムスーッっとしてる顔が浮かぶようなこのトーン。
少しずつ確信に触れつつある僕をよそに、通話は続けていた。
「だー!いいから来いってんだ!
こちとら聞き込みやら何やらで忙しいんだ。
お前らに構ってる暇ねえんだ、とっとと戻って来い!」
―――その言葉を最後に、携帯からは、一定間隔のシグナルが流れた。
「・・・切られた」
まるで子供のような言い方で呟くレイ。
ポケットに携帯をしまい、軽くため息を一つだけつく。
「・・・行くか?」
何故か僕に選択を委ねてきた。
己で決断したくない、というわけじゃないようだ。
どこか申し訳なさそうなようにも捉えられる表情を、僕に映す。
先程までの氷柱のような、冷淡に鈍く輝く瞳は、優し気な眼差しへと変わっていた。
「んー・・・じゃあ、『とりあえず』ってことで」
両肩を軽く上に挙げ、少しお茶らけた表情をレイへ返した。
どのみち署には一度戻るんだ、時間が早まる分には大したことない。
僕たちはクロスフォード・ビルを出て、札川署へと向かった。
車に乗ること数分、僕たちは窓を開けて、突き抜ける風を感じていた。
そして道中、僕は色々なことを考えていた。
まず一つ、あの男は何故『飯島紀洋』さんの捜索に出たのか。
彼は言った、“兼ねてからの知り合い”だと。
だが、飯島さんの自宅には、あの男と結ぶ接点は何一つ見つからなかった。
私物はおろか、一緒に写った写真すらない始末。
本当に知り合いだったのだろうか。
もう一つ、山下弁護士について。
彼は前者の逆パターン・・・接点があるにもかかわらず、飯島さんのことを『知らない』と突っぱねた。
たしかに、あれだけ膨大な案件を抱えていれば、一人くらい顔や名前を忘れてしまうのもわからないでもない。
けれど、彼の激情っぷり・・・何かが引っ掛かる。
依頼者の個人情報を見せてくれ、と言った途端の話だ。
よほどヤバイ“何か”、人に見られてはマズイ『何か』が記されていたのだろうか。
気になる・・・
気になるといえば、あの男と最後にあった時だ。
飯島さんが亡くなったと伝えた後、何も言わずに立ち去ったことだ。
依頼が完遂出来なかったとはいえ、中断も示唆しなければ、続行の意思も示さなかった。
無言=(イコール)続行、を・・・察しろとでも?
アホぬかせ、ムチャ言うな。
―――などと。
すると、助手席のレイが。
「なあ、津田君」
少しクールなトーンで、僕に問いかけた。
「津田君は、先の事件について・・・詳しく知っているのか?」
「先の事件・・・?」
小さな頭が、コクンと頷く。
僕はほんの僅か、脳内の辞書を開き、それが何かを突き止める。
「10年前のこと?」
再びコクンと頷く。
アクアマリンのような瞳は、フロントガラスの奥を向いていた。
「不思議でたまらないんだ。
30人以上の命を奪って、10年という懲役・・・」
レイだけじゃない、僕もそう、当時の世間みな同じ考えだった。
当時学生だった僕でさえ、法とは何なのかって、テレビを見ながら思ったもんさ。
「何か裏があったというのはわかる。
だが、どんな理由があったにせよ、裁きが違う方に傾くことってあるのだろうか?」
腕を組みながら、静かに言葉を吐き出す。
下手をしたら、風の音で掻き消されそうなくらい、寂し気な声。
僕は聞き逃しまいと、目と耳の両方に神経を集中させていた。
「津田君・・・」
まるで子犬のような儚い表情を浮かべる。
すると―――
「法とは・・・一体なんなんだ・・・?」
僕は―――答えられなかった。
“わからなかった”んだ。
確立した唯一無二の正解が何なのか、という意味ではない。
『どの言葉を“正解”として選び、挙げられれば良いのか』が、わからなかったのである。
少し困ったアクアマリンの瞳は、僕の方を向いている。
左頬が、どうしてか・・・温かいのに、少し肌寒い。
そこから署に到着するまで、僕たちは言葉を交わすことはなかった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




