調査ファイル 107 [地獄から来た男 Part 16]
「・・・で、その探偵さんが、私に何の用で?」
男は、ソファにふんぞり返り、不機嫌そうな顔を見せる。
レイの名刺をペラペラと振りながら。
「飯島紀洋・・・という方をご存じで?」
キリッとした目で、彼を睨み付けるかのように見つめる。
男も、それに応じるように、眼光を鋭く尖らせていく。
「飯島?
・・・さて、どんな人だったかねえ。
いかんせん、クライアントが多いもので」
未だにふんぞり返るこの男。
それは、被害者の部屋にあった名刺の持ち主。
そう、彼は―――
「さすがは、敏腕弁護士。
噂通り、といったところか」
彼の名は山下 国雅―――職業、弁護士。
被害者の部屋にあった名刺の人物本人である。
小さく息をつき、レイは辺りを軽く見渡す。
棚には無数のファイル、さらにはデスクの上にまで積み重なっている。
はえー、しっかし、有名人を抱えている弁護士というだけあって、量が尋常じゃないな。
「ご覧のとおり、抱えている案件が多すぎてね。
個々の名前なんて、いちいち覚えていられないのだよ」
片眉を下げ、不敵に笑みを浮かべる。
なんか腹立つ。
「・・・そうですか」
レイは呟くようにその一言を放ち、再び小さく息をつく。
そして覚悟を決めたかのように、一瞬だけ目を閉じた。
いよいよ切り込むようだ。
「その飯島さんですが・・・亡くなりました」
レイは切り込んだ。
・・・しかし、山下の表情はピクリとも動かなかった。
「―――それで?」
僕は恐ろしく驚いた。
まさかそんな答えが返ってくるとは、到底思うはずがない。
この男・・・本当に人間なのだろうか。
「“それで”って・・・人が一人死んでるんですよ?
そんな簡単な言葉で済ませるつもりですか?」
思わず啖呵を切ってしまった。
山下はまるで剣先を交わすかのように、サラッとした言葉を返してきた。
「“そんな言葉”も何も・・・私は彼のことを何一つ知らない。
別段友人でもなければ、深い接点があるわけでもない。
・・・飯島さん、だったかな。
仮に私のクライアントだったとしてもだよ、先程のとおり、クライアントが多いんだ。
一人一人の人物はおろか、名前なんてそう覚えちゃいないね」
実際、彼の言い分にも一理あるとこがある。
それはレイが一番よく理解している。
僕も例外ではない。
探偵事務所に依頼してきた人物の名前を、僕は覚えちゃいない。
少なくとも、僕はそうだ。
さすがのレイでも、全員は把握していないだろう。
故に、僕はそれ以上返すことが出来なかった。
「であれば、何故飯島さんはあなたの名刺を持っていたのでしょうか?」
「さあ?
名刺なんて配り歩く程持ってますし、ホント、文字通りそうしましたから」
再び、片眉下げた不敵笑みを浮かべる。
有名人を多くサポートしている彼だ、懇親会などに呼ばれた際に渡していたのだろう。
その証拠に、棚にはファイル以外にも、色んな人と並んだ写真がある。
見れば見るほど、沢山の有名人がそこに写っている。
とてもいい笑顔で。
「ですが、飯島さんのご自宅には、あなた以外の名刺はありませんでした。
弁護士の名刺はね。
ということは、専任弁護士っていうんですかね、会社の専属として契約していたんじゃないんですか」
食い下がらないレイ。
眼光は未だ研ぎ澄ましていた。
「山下さんとの接点が本当にないのか照明する為にも、一度依頼者リストを拝見させていただいても?」
すると、山下弁護士は―――
「・・・何!?」
表情を変えた。
ここで初めて、彼がアクションを起こした。
何か突っかかることでもあるのだろうか。
・・・なんて思っていたら、だ。
「見せられるわけないだろ。
ここで扱っているのはビジネスだけじゃない、プライベート中のプライベートだってある。
守秘義務って言葉、君たちもよくわかっている筈だろうが!」
ここにきて山下は声を少し荒げる。
まあ、至極ご尤ものその通りでございますですし、探偵業務をやっている僕たちも痛いほどよくわかっている話でもある。
「それともアレか、私が殺したとでも言いたいのか!?」
「・・・私は『殺された』とは一言も申し上げてませんが?」
山下とレイは、互いに視線をぶつけあっていた。
さながら、虎と龍、火と水のような、対極の視線。
頭に血が上りまくっている山下を、静かに見つめるレイ。
・・・なーんか怖いなあ、この雰囲気。
僕はそれ以上間に入れなかったのである。
「とにかく!依頼内容はお見せできない!
お引き取り願おうか!」
完全に頭にきたようで、僕たちに『出てけ』と申し立てたようだ。
こうなっては、聴取のしようもないわけで。
「・・・出直そう」
僕は耳打ちをし、部屋を出るよう促した。
これ以上留まって、何か言われた日にはめんどくさいったらありゃしない。
しかも、その“何か”のツケを払わされるのは、他でもない“僕”だし。
コクンと頷いたガンコーキッツイ探偵様は、僕と同じタイミングで立ち上がった。
山下弁護士はカンカン状態になりながら、自身のデスクの方へと向かう。
窓際に立ち、外を眺めながら、そのイライラオーラをまるでこちらに放つかのように立ち尽くしていた。
気まずいというのを知ってか知らずしてか、席を外していたであろう“秘書”の女性が、僕たちを玄関まで案内しにやってきた。
こりゃ振り出しだな・・・なんて思った矢先だった。
「・・・?」
レイはあるものに視線を移した。
ファイルがしまってある大きな棚とは別にある小さな棚。
そこに飾ってある『写真立て』を見つめていた。
僕もつられて見ると、男女二人が写っていた。
海辺で楽しそうにピースをする女性、その横に立つ男性の姿。
すると、レイは秘書さんに問いかけた。
「随分と楽しそうな写真ですね」
「え、ええ」
不意に振られて驚いたような反応だった。
やましいことがあって焦るようなそれではない。
「この男性は、山下さんですか?」
『ええ』と軽く頷き、彼女が話し始めようとした。
その時―――
「―――野上!」
デスクの方から、怒鳴りにも聞こえる声が響く。
「―――お客様がお帰りだ」
“野上”というのは、彼女の名前だろうか。
その声を聞き、秘書・・・野上さんは、僕たちを玄関の方へと案内する。
「すみません、先生・・・気が立つと暫くああなんです」
申し訳なさそうに語る野上さん。
改めて見ると、これまた非常に凛とした女性である。
レディーススーツもバキッと決め、メガネのツルを左手でクイッと上げる姿は、まさしく『ザ・秘書』といったところ。
・・・こんな人が、なんであんな男の下にいるんだろう。
―――なんてことを考えつつ、表情に出さないように、『こちらこそ・・・』と僕も謝る。
「突然の訪問、失礼いたしました」
レイも礼をし、事務所を後にした。
「・・・で、どう思う?」
帰りのエレベーターで、僕は問いかける。
「現状では、まだ何も。
ただ、色々と臭うな」
やっぱし?
たしかに、この段階では、山下が重要参考人として引っ張るのも無理があるというか。
色んな意味で、引っ張るのが無理というか。
「ただ、いくつかピースは得られた。
・・・今はまだ、使えないがな」
鍵はあるけど、宝箱がない・・・みたいな感じだろうか。
もう例えがいっぱいあってわけわからん。
鍵、ねえ。
「さて、次はどこに向かえば・・・」
腕を組んで悩んでいると、レイの携帯が鳴り出す。
番号を見てすぐ、僕の方を向き、横に首を振る。
アイコンタクトで察したレイは、電話に出た。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




