調査ファイル 106 [地獄から来た男 Part 15]
僕たちは、一度事務所へと戻った。
幸い・・・というべきか、春香ちゃんはそこにいなかった。
あの黒く冷たい空気とプレッシャーが繰り広げられる場所に、長く居させるわけにもいかないしなあ。
奥にあるソファには、真城巡査部長と・・・あの男がいた。
覚悟はしていたが、やっぱり空気が重い。
そして肌が刺されるように冷たく寒い・・・絶対温度下がってるよね、ここ。
今度温度計を買っとかなければ。
ちょっとビビり気味の僕を気遣ってか、いや無視してか、レイは2人に事情を説明した。
真城さんは少しだけ驚きながらも、すぐさま冷静な表情で話を聞いていた。
やや眉を顰めながら、腕を組んでいる。
しかし、真城さんの態度と対象の反応を示した人物がいた。
他でもない、こちらの男だった。
「―――っ!」
冷たい仮面は、いとも簡単に崩れ去ってしまったようだ。
彼は目を見開き、口を開けてこちらを睨んでいる。
そしてそれ以上に驚いたのは、僕たちだった。
彼が初めて『表情』というものを我々に示したからだ。
まるで機械のような・・・人造人間のような感じだったからだろうか。
そんなことを考えていると、男の表情はゆっくりと元の顔に戻っていった。
「あ、おい、ちょっと待て!」
すると、男はいきなりソファから立ち、僕たちの前から立ち去ろうとしていた。
「依頼はまだ終わっていないが?」
男は足を止めた。
そんな彼に対し、両の掌を口の前で組むレイが、言葉に低いトーンを纏わせて放つ。
目だけを彼に向け、静かに反応を待っていた。
「・・・・・・」
男は振り返ることなく、再び歩き出した。
真城さんはただただ驚いていた。
そしてすぐに僕たちへ『すまん』と言い残し、彼の後を追った。
帰り際、レイは真城さんを呼び止める。
「どうした?」
「これから私たちは、例の弁護士のところに向かおうと思っている。
なにか・・・ありそうな気がするんだ」
その言葉を聞き、ほんのわずかに目を開いた。
そして再び、先程同様に眉を顰める。
刑事の勘なのか、何かを察した彼は、一言だけ―――
「・・・気を付けろよ」
―――それだけ言い残し、事務所を後にした。
男を乗せた車と共に。
それから僕たちは、例の弁護士の元へと向かった。
優希は用事があると言い、離脱していった。
だが、離脱する前に名刺の写真を残していった。
それだけじゃない、なんと新しいスーツも用意してくれていた。
さすが優希。
しかし―――僕たちが話し込んでいた間に出しておいてくれたようだが・・・なんで事務所にスーツがあったんだろう?
そんなこんなで、僕たちは目的地に到着した。
「ここ・・・だよね?」
“クロスフォード・ビル”―――
札川最高峰のビルであり、ランドマークでもあるビル。
下層部は一般客も入ることも出来、それ以上の上層部には様々な企業のオフィスが入っている。
最上階ら辺にも何かあるらしいが、そこまではよくわかっていない。
そしてキャッチフレーズは・・・
『首を上げても、全貌は見えない』
なんたることか!
圧巻の光景を前に、僕はポカーンとしていた。
いや、大丈夫・・・大丈夫だ。
ウチの探偵様はこんなことぐらいじゃ動じない。
な、そうだろ、な!?
「ここ・・・だな」
ほれみろ、全く動じてない!
ほっとした僕は、なんとなく・・・なんとなーく顔を横に向けた。
レイは、僕と同じ状態だった。
前言撤回!
さすがの彼女も驚いている。
だって札川じゃ、こんなバッカみたいに高い建物なんて限られてるし。
まさかここに、オフィスがあるとは思ってもみなかったし。
名刺に記載されていた住所は、札川の中心部・・・言わば都心部だった。
この辺りを通る度にチラチラ見てはいたが、よもや公務で訪れようとは・・・
「はあ・・・・・・」
相変わらずレイはポカーンとしていた。
ホントに絵に描いたような『目が点』状態。
そろそろ起こさねば。
「レイ・・・レイ、しっかり!」
ようやく正気に戻ったのか、身体をビクッとさせ、ハッとした表情を浮かべている。
そりゃそうだよ、目の当たりにしたらこうなるよね、うん。
「す・・・すまない。
では、行こうか」
2人揃ってネクタイをキュッと締め直し、ビルの中へと向かった。
「どういったご用件でしょうか?」
僕は警察手帳を出し、事情を説明する。
すると受付嬢は顔色を変え、『少々お待ちください』と言った後、電話を掛け始めた。
程なくして受話器を置くと、僕たちにオフィスのある場所を提示した。
同時に、2枚の入館証を渡してくれた。
首からぶら下げた後、エレベーターへと乗り込む。
どんどん階数が上がっていくのと同時に、心拍数も上がっていくのを感じる。
怖いのか、恐ろしいのか・・・
いや、どちらも同じか。
いかん、考えがまとまらない。
するとレイが、肘で軽く小突いてきた。
ニヤっとする彼女を見て、自然と僕も落ち着きを取り戻すことが出来た。
なんだか不思議な感じだ。
僕たちは、まるで示し合わせたかのように、互いのネクタイをキュッと締めた。
そして、エレベーターの扉は、開いた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




