調査ファイル 104 [地獄から来た男 Part 13]
「“近しい人”ってお前な・・・」
またもや呆れ顔で、今度はうなだれてしまう大蜘蛛警部。
そりゃそうですよね、範囲が広すぎますもんね。
だが、レイは顔色一つ変えずに、淡々と会話を続ける。
「ヒントがないわけじゃない。
当然目星なら―――付いている」
そう言うと、ポケットから透明な袋を取り出した。
その袋は薄く、その通り“薄いもの”しか入らないようなものだった。
そして中には一枚の紙。
名刺・・・に、しては大きいような。
すると今度は、その袋を器用に反転させた。
紙の裏面を見て、それが初めて何なのかわかった。
「・・・写真?」
二人の人物が、そこには映っていた。
一人は被害者、もう一人は見知らぬ女性。
その表情からして、仲睦まじい様子は汲み取れた。
兄妹、或いは夫婦・・・だろうか?
それとも―――
「お前・・・いつの間に!」
警部がクレッシェンド気味に声を挙げた。
まあ、遺留品の一つを勝手に持ち出したんだ、そりゃ怒られるわな。
「リビングのテーブルにあった。
心配するな、鑑識は撮影済みだ。
勿論、素手では触れていない」
「だからって、お前なあ・・・!」
今にも噴火しそうな警部。
澄ました顔でいらっしゃる探偵様。
そして警部なだめながら間に入る・・・僕。
なんだこれ。
「まあまあ・・・
でも、その写真の人が被害者と特別親しかったという確証はないよ。
それに、たまたまそこにあっただけかもしれないし―――」
たまたま写真を別の部屋から持ってきた、という可能性もある。
この家には、写真立てがいくつもあった。
交友の広い方であれば、そういうことも珍しくはない。
ましてや肩書・・・パーティーに出席もあり得る上、アルコールも入れば、肩を抱き合って撮ることだってある。
それでもレイは、動揺することはなく、冷静に話す。
「その可能性もゼロではない。
だが、この写真だけ他の写真と違う『写真立て』に入れていた」
「どういうこと?」
「他の写真は、縁が白く無地のものばかり。
しかしコレだけ、縁が黄色くなっている。
気にならないか?」
言われてみればそうだ。
リビング、寝室共に写真立てはある。
そしてその全てが白い写真立て―――ということは?
「加えて、殺害方法だ―――」
そう言うと、レイはとんでもない行動を示した。
「・・・っ!?」
―――なんと、警部の背後に回り込み、左腕を警部の首に回したのである。
何に驚いたって、その俊敏さよ。
気が付いたら、彼女は背後に立っていた。
そして右手を喉に当てた・・・手刀にして。
「お、お前・・・!」
全員・・・呆然としていた。
あの先生ですらもう目見開いてるし。
そして、狼狽する警部やポカーンとしている僕たちを他所に、レイは会話を続けた。
正直、おっかないです。
色んな意味で。
「このような状態を作れるということは、被害者が完全に警戒をしていなかったことを示す。
部屋へ容易に入ることが出来、風呂場に足を運び、被害者を呼び込める時点で、そう考えるのが妥当だ。
そして―――」
レイは、手刀を引いた。
・・・もちろん、フリだ。
「血液はシャワーで洗えば落とせる。
扉を閉めさえすれば、ルミノールも意味がなくなる。
返り血の服も、その場で脱いで袋か何かに入れるだけ」
レイは警部に軽く視線を送ると、ようやく解放した。
膝から崩れ落ち、両手は地面に付く始末である。
若干むせながら、『あービックリした』と言わんばかりの表情を浮かべている。
「着替えは事前に用意し、身体に付いた返り血も、遺体を移動さえすればどうとでもなる。
シャワーを浴びて、ドライヤーを掛け、あとは着替えれば・・・」
―――と、粗方の説明を終えたところで、警部はついに一歩を踏み出した。
そう、キレたのである。
「テメエ―――公務執行妨害でしょっ引くぞコノヤロウ・・・
待ってろ、今すぐワッパ掛けてやる・・・!!」
「女性に抱き付かれたんだ、ありがたいと思え。
それに、公務を妨害したわけではない・・・犯行の再現をしただけだ。
一般的な警察官なら、それくらい容易に引き受けるはずだが―――貴方は?」
襟元を直し、ネクタイをキュッと締め直しながら、警部に対し反論をするレイ。
なーんか違う気もするけど、彼女は行為の正当性をアピールしていた。
そんなレイを心で軽く叱りながら、僕は警部へのフォローをしていた。
『まあまあ』・・・この先何回やればいいんだろう。
「でも仮に写真の人が犯人だったとして、女性が男性をリビングまで運べるとは限らないよ。
引きずるにしても、結構力がいるし・・・」
僕は疑問を提示した。
写真の女性は、今どきの女性よろしく、スレンダーな方だった。
華奢な身体つきの人が、70kg以上もあろう男性を運び出せるだろうか。
「それも含めて、これから確認しにいくつもりだ。
行くぞ、津田君」
下手な鉄砲なんとやら。
とりあえず当たれるところがあれば当たってみる・・・という主義は、さすが探偵である。
最近僕に水をぶちまけて、狼狽していた人物と同じとは思えない。
仕方ない・・・そう思った僕は、レイの後に続いた。
「おい待てお前ら!」
玄関から出ようとした僕とレイに、警部は声を掛けた。
「お前ら・・・一課じゃねえだろ。
勝手に殺しのヤマに首突っ込むんじゃねえ!」
ようやく立ち上がった警部は、沸々と湧き上がる怒りを辛うじて抑え込みながら、少しだけ小さくなった声で話す。
「私は・・・探偵だ。
そして津田君は、探偵課の刑事だ」
「どこの所属でどんなことを“しでかすか”なんぞ知ったこっちゃねえ!
今すぐ降りろ・・・これは命令だ!!!」
強烈な言葉の切先が、僕たちに突き付けられた。
先程まで少しばかりおちゃらけた雰囲気なだけあって、今度の彼は本物の『刑事の顔』になっていた。
じわじわ感じる熱いオーラに怯む僕に対して、レイは対抗する。
冷たいオーラを纏い、背中で話し出した。
「―――断る」
一言、レイはそう切り出した。
「私にも事情がある、探偵だからな。
それに、今追ってる案件に深く関わりがある・・・そう易々とは引き下がれないさ」
そして、レイは少しだけ振り返り、氷のような眼差しを警部へと送った。
“この言葉”と共に。
「止めるなら―――容赦はしない」
僕たちは、家を後にした。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




