調査ファイル 103 [地獄から来た男 Part 12]
「いいか、リビングには遺体周りを除き、血痕はなかった。
だが、被害者は犯人によって喉元を斬られた―――大量出血を伴ってな」
脱衣所で、レイは話す。
あくまで冷静に、冷静に。
“不思議”とそれを黙って聞く警部は、相も変わらず眉間にシワを寄せたままだ。
「・・・となると、殺害現場となるのは、もはやここしかない」
―――そうレイは結論を出した。
「密閉空間で、且つ飛び散った血を洗い流すのには、もってこいの場所。
そう思わないか?」
レイは斜め後ろにいた警部に目配せをする。
ちょっとばかしニヤッとした表情を、警部はなんだか複雑そうな顔で受け止めていた。
「まあ・・・そうだろうな。
シャワーでちゃちゃっと洗えばどうとでもなる」
「それに―――」
目配せを解き、浴槽の方へ視線を送るレイ。
顎を指先でなぞる警部は、レイの言葉を復唱していた。
「・・・それに?」
「―――気付かないのか?」
呆れた、といわんばかり表情をし出す探偵様。
なんだろう、この二人はやけに表情豊かである。
・・・不謹慎だけど、なんかちょっと面白い。
―――なんてアホなことを考えていると、警部は若干の怒りを滲ませながら、レイに問いた。
「なんだよ」
「・・・いや」
諦めたのか、再び話を始める。
「風呂場で殺害された・・・ということは、考えられるのは二通り。
一つは、入浴中に殺害されたパターン。
シャワー中にシャンプーしていたとすれば、不意を打つことは決して不可能ではない」
「・・・ま、たしかに」
僕もそう思った。
まさか背後から襲われる・・・なんて考えながら入浴する人なんて、どこにもいやしない。
いや、正確には、『そういった危機的状況下にいない人間ならば』、だ。
だが、それだと不自然な点がある・・・と、レイは言う。
「矛盾点は、遺体の状態だ。
服を着ている上に、肌は平常時同様に乾いていた。
入浴中に殺害したとすれば、服を着せる行為は難しい上に、何故着せたかと疑問にすら思う」
「あ?」
警部、イライラしない。
じれったいのか、目障りなのか、そのボルテージは徐々に徐々に上がりつつあるのも、僕にはわかった。
というか、ゲージが見えてきてますよ、怒りの。
「犯人が空き巣の場合、口封じが出来ればそれでいい筈。
何も服を着せる必要はない。
ましてや、浴室からリビングまで移動させてなんて」
「まあな。
でもよ、敢えて服を着せて、リビングに移動させた方が、こう・・・捜査を攪乱できるんじゃねえか?」
「一秒でも早くその場から去りたい人間が、そんな面倒なことをすると思うか?
第一、“全裸”、“びしょ濡れ”、“横たわっている”といった状態の身体に服を着せるのは、至難の業だぞ」
頑張って出した予想を、あっけらかんと翻す。
悔しそうに歯をギシギシやっている警部をよそに、レイは話を進めた。
「そこで、だ」
「もう一つの・・・パターンですね」
先生が冷静に相槌を返す。
そのおかげで、場の空気が一瞬にして引き締まるのを、僕は見逃さなかった。
「リビングの状況、遺体の状況、風呂場の状況・・・これらを考慮して導き出される答え―――」
目線は外さず、ポケットに手を入れ、静かに・・・冷たい息吹を纏うように言葉を放つ。
冷静に、あくまで冷静に。
「―――犯人に呼び出されて、殺害されたパターン」
・・・今朝、僕は耳掃除をしたはずだ。
特に聞こえにくいとか、聞き取りにくいとかそういうのも、全くと言っていいほどない。
だが、僕の耳にはそう聞こえた。
素っ頓狂な声で放った、警部の『は?』という言葉。
漫画でいうところの、グルグル白目で口ポカーンのやつです。
はいそうです、笑うとこです、そこ。
・・・というのは冗談で、レイは至って真面目だ。
僕はレイにどういうことか、質問をぶつけてみた。
「どういうこと?」
「仮に被害者が“入浴後”に殺害されたとする。
当然服も着れば、肌の乾燥具合からして、おかしくはない。
だが、キチンと身体を拭いたとはいえ、入浴後は多かれ少なかれ汗が出る。
肌に触れている衣類は、濡れているはずなんだ」
皆もそういう経験はないだろうか。
風呂上がりに新しい衣類に身を通しても、すぐに服が湿るということが。
特に首回り、背中、脇などが湿る・・・キチンと拭いても湿る。
あれ嫌なんだよねー。
「だが、遺体にはそういった湿った部分はなかった・・・
故に被害者は入浴そのものを“していなかった”ことになる」
「『していなかった』って・・・じゃあ何で被害者はここへ―――」
すると・・・
「・・・っ!」
先生が何かに気付いたようだ。
「なるほど、そういうことか・・・」
「何かわかったんですか!?」
先生は微かに笑みを浮かべた。
ガッチリ固められた鎖が、綺麗に解けたかのように。
レイはチラッと先生に視線を送ると、すぐに会話を戻した。
「被害者はあの服装・・・今着ている服のまま、浴槽へと向かった。
犯人となった“何者か”に呼ばれてな」
その言葉を放った途端、警部の表情がみるみる変わる。
重大な事実を知った、驚きの表情に。
「おいちょっと待て・・・!」
連れて僕も同じ感じになっていた。
「それってまさか・・・!?」
「犯人は――――――被害者に近しい人物だ」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




