調査ファイル 102 [地獄から来た男 Part 11]
「考えてもみろ、この状況を」
そういうと、レイは辺りを見回した。
「この場所・・・このリビングで空き巣犯と鉢合わせし、殺害されたとしたら、一体どうなる?」
今度は僕たちに向けて、質問を投げかけてきた。
「あ?どうなるって・・・そりゃあ―――」
大蜘蛛警部が眉間にシワを寄せながら、何故か律儀に答えようとしていた。
そんな彼をよそに、僕も僕で彼女の質問を解いていた。
リビングで首を斬られて殺害・・・なんという惨たらしい状況だこと。
・・・いや待てよ、それって―――
「・・・っ!」
僕はレイに倣って、辺りを見回した。
慌てて行動をとる僕を、冷ややかな目で警部が見ていた。
何してんだコイツ・・・と、言わんばかりに。
「気が付いたか」
探偵は、ニヤリと笑う。
それでもまだピンときていない警部を気遣ってか否か、探偵様は解説を始める。
「何なんだよ一体・・・」
「いいか、仮に被害者と空き巣犯がここで鉢合わせし、犯人によって殺害されたとする。
それも、被害者の背後をとり、腕を首に回し、ナイフで首を掻っ切ってな」
「ンなこたぁわかってる。
だから何なんだっつーの」
「被害者は喉仏を横一文字に斬られていた。
その際に吹き出る血液は、壁や床に大量に飛び散るのは・・・当然警部もご存じの筈」
「たりめーだ。
御託はいいから早く話せ」
腕を組み、イライラモード全開でいらっしゃる。
レイさん、早く話して差し上げなさい・・・僕は素直にそう思った。
すると、今度は両手を広げ、さながらオペラをやっているかのような振る舞いをしだした。
「何故、壁に血痕がついていない?」
「それは・・・」
首には太い血管が通っており、大きな傷を負えば、それだけ多くの血が飛び散る筈。
首に限らず、ナイフでの傷を負えば、そのナイフが斬りつけた反動により、刃に付いた血が壁や床に付着する可能性は大いにある。
当然、被害者が抵抗もすれば尚更に。
「首を斬られたんだ、血がついて然るべしだ。
だがその痕跡もない。
おかしいとは思わないか?」
「・・・犯人が拭き取ったんだろうよ。
壁に指紋やら何やらが付いたから、それを消すために―――」
―――と、警部が最後まで言い切る前に言葉を遮る人物が一人。
「いや、それは無理だろう」
「最後まで聞け!
・・・って、お前誰だ?」
「ああ失礼、僕は高柳。
札川中央病院で医師をやっている者です」
警部のお怒りをよそに、高柳先生が間に割ってきた。
「一般的に、人間の首を斬れば、大量の出血を伴う。
壁に付着した場合、タオルなどで拭き取ることはできるけど・・・並みの作業ではない。
それに、この部屋の壁紙は真っ白―――真っ赤な血液が大量に付着すれば、いくら拭き取っても、ここまで純白にはなりませんよ」
メガネをクイッと上げ、冷静に語り出す先生。
「でもよ、根気よく拭き取れば血液なんぞ・・・」
と、話し出す警部を、再び言葉の刃が遮った。
「それも無理ですね。
たしかに、血液の成分を分解・・・つまり、痕跡を綺麗に消せるものは実在する。
しかし、この部屋にその道具は存在しないようだ」
続けざまに僕も参戦する。
「それに、犯人は空き巣となれば、いちいち血を拭き取るなんて時間のかかる作業、しないと思いますけど」
「ぬう・・・」
よりしかめっ面になってきている。
あー怒らないで怒らないで・・・!
「そういうことだ。
それに―――そもそも血液は壁に付着していなかった」
「・・・あ?」
『どういうことだ?』と言わんばかりの顔。
警部の頭に、ハテナマークがいくつか浮かんでいるのが、僕の目でも確認できた。
「津田君の言う通り、空き巣犯は血を拭き取る時間なんか持ち合わせていない。
盗るものとって、早々に立ち去りたいからな。
そして、首斬られて出てくる血が、床にあるこれっぽっちのわけもない」
遺体は床にうつ伏せの状態で転がり、首元が重点的ではあるが、血溜まりが出来上がっていた。
だが、大量出血を要する傷とは比例しないほど、血は少なかった。
「この状況から察するに、殺害されば場所は―――」
レイは、言う。
『『『バルスーム!』』』
・・・いや、正確には3人だった。
レイと僕が同じタイミングで言葉を放った。
だが驚いたのは、そこに先生が加わっていたことだ。
先生やるじゃん、なんて。
「風呂場ぁ!?」
警部は素っ頓狂な声を発していた。
おお、しかめっ面の眉が左右高さズレて八の字を描いている。
面白い。
「奇遇だね、黒川さん」
「先生こそ」
レイと先生は、互いにウインクをしていた。
なんだろう、同じ回答したのに・・・この置いてけぼり感。
なんて妙な気持ちに振り回されそうになったが、何とか踏みとどまった僕は、レイたちとバスルームに向かった。
「・・・で、ここが何だってんだよ」
警部は再びしかめっ面の逆八の字眉に戻っていた。
「まだ気づかないのか?」
呆れた・・・と言わんばかりに、小さなため息をつくレイ。
その苦笑いに苛立ちを覚えながらも、一応回答を求めていた。
「いいから言えって」
「やれやれ・・・」
警部の眉が、またもやズレた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




