調査ファイル 101 [地獄から来た男 Part 10]
「人に名前を尋ねる時は、まず自分から名乗ったらどうだ?」
ああ、また悪い癖だ。
うちの探偵様は、それはそれはもうおっかない目をしていらっしゃる。
どっちが殺人鬼だよ・・・と、ツッコミたくなるほどに。
「生意気なクソガキだな。
だが、まず最初に名乗るのは・・・お前らの方だ」
人相の悪い男は、よく見るとスーツ姿。
そして懐から何かを取り出し、それは目の前でパカッと割れた。
「え・・・?」
金色に光るエンブレム―――彼は刑事だった。
「さあ、名前を教えてもらおうか。
守秘義務は与えられんぞ、クソガキ」
職務質問という名の“強制尋問”・・・まだこのご時世にあったのかよ。
これ捕まるよね、違法だよね。
「フッ・・・」
だが、それを前にしても、レイは平然としていた。
というか、嘲笑っていらっしゃる。
「警察手帳をひけらかしていては世話ないな。
・・・変わった名前だ、覚えておこう」
見下すかのような表情・・・あなた本当にレイさんデスカ?
心底ドMじゃなくてよかったと、本当に思った。
そんな僕の心情を余所に、彼は頭にハテナを3つ浮かべていた。
「何言ってやがる、お前」
「その手帳は何の為にある?」
「んだよ、ったく・・・
これは己の身分を示す為・・・あ―――」
気怠そうに髪を掻きながら話し、次第に表情が変化しだした。
ようやく気付いたらしい。
徐々に顔が真っ赤になっていっている。
「ま、よろしく頼むよ、スパイダー先輩」
そう言うと、レイは部屋の方へと戻っていった。
さながらキャリアウーマンのオーラを、少し纏いながら。
一方のスーツ男は、歯をギリギリと食い縛り、怒りに燃えていた。
・・・スパイダー?
「あ、あのー・・・」
「あ!?
んだよコノヤロウ!!」
物凄い剣幕で返事をしだした。
相当癪に障ったのだろう。
「うちの人間が失礼しました。
あ、僕も警察なんですよ」
同様、警察手帳をパカッと開き、彼に見せた。
すると、その表情は少し和らいだ・・・ような気がした。
「探偵課・・・ねえ」
この人も、どこか見下している雰囲気を漂わせていた。
「俺は大蜘蛛 和繁、一課の警部だ」
意外にも、役職としてはかなり上層の方だった。
とてもそうには見えない、なんて言ったら殴られそうなので、やめておくことにする。
すると、警部はため息混じりで呟くように口を開いた。
「刑事で且つ第一発見者とはいえ“部外者”だ、あんまり出しゃばるんじゃねえぞ」
捨て台詞のように吐き、レイの後を追うように彼も部屋へと戻る。
だが、そのトーンは先程とは比べ物にならない程優しいものだった。
一応警察の人間というだけあって、同族には多少なり肩を持つのだろうか。
それとも、現場に入る“資格”を持っているから・・・だろうか。
「あ、ちょっと!」
「邪魔はしない、許してくれ」
鑑識さんの制止を振り切り、部屋の中へと入っていく探偵様。
改めて遺体を見つつ、顎に手を当て、再び考え出していた。
その型破りな行動に一瞬驚きつつ、僕も部屋の中へと入った。
「こらこら、鑑識さんの邪魔したら・・・」
レイを連れ戻そうと入った、のだが―――
今度はリビングから離れ、何故か風呂場の方へと向かっていた。
「レイ?
ちょ、ちょっと!」
「・・・・・・」
一言も喋らず、風呂場をまじまじと眺めている。
因みに、マンションのバスルームというだけあって、少々狭い。
あまりここに留まりたくはないのだが、彼女はそうもいかないようで。
「何か気付かないか?」
唐突に質問をぶつけてきた。
何の変哲もない風呂場を前に、一体何に気付けというのかこのお方は。
「皆目見当もつかないですが」
どうやら大蜘蛛警部を引きずっていたようだ。
少々ため息交じりの言葉が、滲み出るようになっていた。
そしてその答えを聞くや否や、そのまま風呂場を後にした。
足早に向かったのは、再びリビング。
鑑識さんの冷たく鋭い、ホント痛々しい視線を受けながら、遺体を三度見つめている。
「今度は何?」
「・・・やはりな」
彼女もまた呟くように、そう言った。
「どういうこと?」
その声に反応したのか、大蜘蛛警部もやってきた。
「おいおい、ここは子供の遊び場じゃねえんだぞ。
邪魔だからとっとと出てけ」
「・・・わからないのか?
この状況をみて、何も気付かないのか?」
「あ?」
警部は苛立ちを込めた返答を挙げた。
わかることといえば、被害者は喉を切られ失血死ということだけ。
部屋を荒らされた形跡もないし、空き巣強盗の線はほぼないに等しい。
いや、たまたま強盗と鉢合わせたという可能性もあるか?
「空き巣犯と鉢合わせた、とか?
そして犯人は咄嗟に飯島さんの背後に回って、腕で首を絞めて、持っていたナイフで切りかかった・・・」
僕は、一つの可能性を示した。
しかし、レイは表情を変えることはなかった。
「たしかに、空き巣犯の可能性もある。
だが、それだと殺害の方法が聊か不自然だ」
「・・・と、言うと?」
呆れた様子で腕を組みながら、静かに続きを催促する。
警部の顔は、より怖いものになっていた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




