調査ファイル 098 [地獄から来た男 Part 7]
「解剖医の・・・助手?」
高柳はテーブルに肘を突き、口元の前で手を組み、真剣な眼差しをしていた。
「そう、10年前・・・僕がまだ研修医だった頃の話さ―――」
2006年、高柳宗一・・・21歳。
医療大学卒業後、僕は大学病院の研修医として、日々仕事と勉強に勤しんでいた。
最初こそ周りの研修医と同じ仕事をしていたけど、ある日突然、“辞令”が来たんだ。
「異動」って書かれた、“辞令”がね。
なんでだろうね、研修医なのに。
それから僕は場所も変わり、新たな仕事に勤しもうとしていた。
けど、指示された僕の“居場所”は、とても奇妙なものだった。
解剖医―――そのお手伝いが、僕の場所。
人手が不足しているというのもあって、異議を唱えることもなく、そのまま配属した。
知識はあっても、慣れない環境の作業に、当然四苦八苦・・・延いては失敗なんていうこともあった。
それでも、担当の先生は、顔色も変えることなく、冷静に且つ適当にご教授してくださった。
楽しい・・・なんて言ったら不謹慎かもしれないけど、ハッキリとしたやりがいは、自分の中で見つけていた。
そんな生活が続いていた矢先、それは“起こった”。
『小学生連続殺人事件』
何者かが小学校へ侵入し、小学生約30人と教師1名を殺害した、2000年代史上凶悪な事件―――
当初、僕はテレビのニュースで目撃した。
惨たらしい事件だな・・・なんて、驚く程軽い気持ちで見ていた。
でも現実は違った。
「高柳、急げ!」
「は、はい!」
その日、病院は大忙しだった。
全く想像もしていなかったからね。
その事件の被害者が、僕の務める病院に運ばれてきたんだ。
救急車が何台も何台も、行っては来て行っては来てを繰り返していた。
手が空いている医師を手術に回しても圧倒的に足りない・・・ということもあって、他の担当の医師も招集されていた。
僕も例外ではなかった。
「これは酷い・・・」
「高柳、ちょっと来い!」
「はい!」
担架に乗せられた子を、救急隊員から先生が引き継いでいた。
そのまま先生は担架を押し、手術室へと運ぼうとしていた。
僕もそれに付き添うことになったんだけど・・・
「ダメです、ここも使われています!」
「こっちもダメだ・・・」
30人もの大規模オペを1つの病院で行うのは、不可能だった。
加えて、患者の半数は既に亡くなっている者までいた。
こちらの世界に戻す作業を、こんな壁で塞がれるとは・・・正直、絶望したよ。
「・・・いや、まだ手はある」
先生は、ふと目に光を灯していた。
何か策が閃いたらしい。
「解剖室だ、あそこなら・・・」
「でも、あそこは・・・!」
「わかっている。
だが時間がない、急げ!」
いつもは冷静な先生も、ここでは焦燥の色が出ていた。
それでもやるしかない・・・そんな気持ちをグッと握りしめ、僕たちは地下室の解剖室に向かった。
まさに風前の灯火だった、今目の前にいる、顔もわからない少年・少女は、この世とあの世の境目をふらつき歩いている状態だった。
救わなきゃ・・・助けなきゃ・・・それだけ考えていた。
「いくぞ、1、2、3!」
解剖台に乗せて、手術は始まった。
必要な物資は、どうにか部屋に揃っていた。
僕と先生、二人だけのオペは始まった・・・
でも、その子は―――助からなかった。
結局、病院に来た患者42名の内、30名は亡くなった。
いずれも凶器による出血が原因の“失血死”が、死因となった。
残りの12名は、失神、嘔吐、具合が悪くなった等、凄惨な現場を目撃した人々によるものだった。
その後、僕と先生は現場に向かったんだ。
先生が警察の人にお願いして、現場に入る許可をもらっていた。
解剖医として、どういう状況だったのか、現場はどんな感じだったのか、直接見聞きしたい・・・ってね。
そして僕たちは現場に向かった―――保存された、そのままの現場にね。
絶句したよ、あの光景を見た途端。
まるで赤いペンキをひっくり返したような、生臭い水溜りがたくさんあった。
気が付けば、水溜りはすでに、湖のようになっていた。
吐きはしなかったけど、吐く寸前に来る胸のモヤモヤ感で倒れそうだったのを、今でも憶えているよ。
「現場を確認した後、警察から話を色々と聞いた。
その結果生まれたのが、さっき言った疑問なんだ」
冷静と話す様は、異様なまでに不気味だった。
彼が不気味というわけではなく、話と雰囲気に収縮されたような恐怖が詰め込まれていた、ような気がした。
「なるほど。
つまり、先生も当事者―――というわけなんだな」
「うん。
忘れたくても忘れられない・・・思い出だよ」
窓の方を見て、どこか遠くに意識が飛んで行っているような目付き。
きっと彼は、私と同じことを思っているだろう。
もし殺されなければ、どんな人生を過ごしていたんだろう―――と。
「風化させてはいけない、だな。
彼らが歩みたかった未来の為にも」
「そう、だね。
もうあの子たちのような悲劇を生まない為にも、僕は手術刀を持ち続けるよ」
彼の話を聞いた後、私は図書館を出た。
「今日はありがとう。
参考になった」
「こちらこそ、聞いてくれてありがとう。
積年の想いも、少しは楽になったよ」
そういう先生の表情も、少し和らいでいるようにみえた。
柔らかい笑顔が、物語っていた。
さて、そろそろ行こうか―――
「おっと、電話だね」
「ああ、すまない」
バイブレーターが鳴り響いていた。
今まで携帯は持っていなかったが、前田の手配によって支給されることになった。
ありがたい。
携帯を開くと、画面には『津田明彦』と表示されていた。
津田君か、何だろう?
「もしもし・・・」
応答すると、耳の向こうからは―――
「大変だ、レイ!」
呼応する、叫絶の嵐。
その声で、只事ではない何かがあったことが伺えた。
「津田君、どうした!?」
「飯島さんが・・・飯島さんが―――!」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




