調査ファイル 097 [地獄から来た男 Part 6]
ディスプレイの名前を見て、少しだけ驚いた。
「優希からだ。
何だろう・・・?」
通話ボタンを押すと、気持ちいいくらい軽快な声が耳に届いた。
「やっほー、元気?」
「どうしたんだ?」
「いや、アッキー今何してんのかなって」
他愛もない電話だったようだ。
幼馴染というだけあって、こういう電話も決して珍しくはない。
まるで学生時代に戻ったかのように。
「ん?
あ、んー・・・」
思わず、言葉を喉の奥に閉じ込めてしまった。
まあ事が事なだけに、同じ探偵とはいえ打ち明けられずにいた。
「あ、何か調査始めてるんでしょ?」
「まあ、そんなところ」
「どんな調査?」
まるで浮気を疑う彼女のようだ。
ほれ見ろ、喰い付いた―――どうして僕はこう素直に言ってしまうんだ、全く。
優希は昔っから人の事情に首を突っ込みたがる性格だ。
元殺人鬼の依頼を、善良な市民に話すのも、さすがに気が引けるのだが、いやはやどうしたものか・・・
「いや、さすがに今回は―――」
「えー何で?
同じ探偵じゃん、話して話して!」
もし僕がレイだったら、どうしただろう。
どういう対応をしただろうか。
素直に協力を要請する・・・?
それとも、見事なまでに突っ撥ねたか。
僕の中で、僕自身に・・・静かに問いかける。
いや、僕自身ではなく、幻影にて造られたレイ、といったところかな。
「アッキーってば!」
・・・思えば、今まで幾度となく優希と行動してきた。
その上で、成功へのきっかけへと繋がることもあった。
もしかしたら、今回もそうなるのではないだろうか?
だとしたら―――
「・・・わかったよ」
「ホントっ!?」
「それじゃあ、どっかで落ち合おうか。
今どこにいるの?」
僕は優希と待ち合わせをし、合流することにした。
電話での伝達も、耳に堪えるしね。
「へぇ~、そんなことが・・・」
ストローでチューっとジュースを吸いながら、何とも言えない返事をしている。
僕は“依頼人の男”が事務所に訪ねてきた経緯を話した。
正直、内心ではこれまた少しだけ驚いている。
相手は元殺人犯だ、もっとこう・・・オーバーなくらいのリアクションあって然りでしょうに。
「驚か、ないの?」
「んー、耐性?
なんか色々あったし、慣れって怖いね」
軽く笑っていらっしゃるよ、この方は。
まあ確かに、探偵事業に携わってから、本当に色々あった。
その状況下でこういった“依頼”があった、って言われても・・・驚かないのも何となく頷ける。
「僕たち、付き合い長いよね」
「急にどうしたのさ」
「てっきり優希は驚いて、最悪ひいてしまうと思ってた。
でも違った―――年の功で察すると思ったんだけどなあ」
少しブルーな感情が滲み出てきてしまった。
何故だろう、よくわかなんないでいる。
状況・・・これは本当に“依頼”からのプレッシャーやらによるもの?
不気味に揺れる感情に悩まされた僕を、察してか察せずしてか、優希は話し出した。
「うん・・・付き合いが長いと、口にしなくても、互いの考えがわかったりするよね。
でも、結局は自分とは違う『他人同士』。
予測することは出来ても、理解することは出来ないと思うんだ」
「他人、か。
家族や友達って括りでも、結局はそうなるのか」
「冷たいこと言うようだけど、その通りだと思う。
自分の痛みを理解できるのは、自分自身だけだから・・・」
そうか、優希は―――
「それとアッキー、『年の功』はちょっと違うんじゃないかな?」
からかいを込めた表情を、こちらに向けていた。
なるほど、『耐性』ね。
やっぱり、優希には敵わないや。
そして僕は、苦笑いを含めた微笑み返しを、優希へと送った。
「ああ、ゴメン、話が脱線したね」
反れたレールを無理矢理正す。
優希も真剣な眼差しになったところで、僕は話し出した。
「今回受けた依頼は、ある人物を探してほしいってことなんだ」
「人探しか・・・誰を?」
「飯島 紀洋って人なんだけど―――」
「飯島・・・」
僕がその人物の名を口にした途端、優希は腕組みをしだした。
そしてそのまま・・・軽く唸りながら黙りを決め込んだ。
「もしかして、知ってる人?」
「いや・・・
でもどっかで聞いたことが・・・」
再び、黙り。
あとに残された手掛かりと言えば、その年齢くらいか。
「たしか当時35歳?・・・とか言ってたけど」
その言葉に、ピーンと来たようで―――
「あ、思い出した」
「なんだ!?」
「アッキー、ほら、飯島だよ!飯島!」
いやだからわからんて。
目をキラキラと輝かせ、両手でグーを作り、胸の前で上下に動かしている。
「こっちが知りたいっての!」
「忘れたの?
飯島って言えば、昔テレビに出てたでしょ!」
テレビ―――ああ、そういえば。
「あのガミガミうるさいオバサン?」
「そうそう!
で、その旦那さんが“紀洋”って名前だったよ」
「なんでわかる?」
「飯島紀洋って、当時ゲームか何かを手掛けてた人だったはず。
雑誌のインタビュー記事で見たことあるよ。
たしかその中で『夫婦だ』って書いてあった気がする」
気がする・・・ということは、ほぼ確定で間違いない。
優希の記憶力は、伊達じゃないからね。
「事務所もこの近くだったはずだよ。
ゲーム会社の」
「よく憶えてるな・・・」
「ヘヘッ、まあね。
まあ、まだあればの話だけど」
それでも、百聞は一見に如かず。
僕は優希と共に、少し長居していたファミレスを出た。
何処となく明るい表情の相棒を横目に、飯島氏の事務所へと向かっていった。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




