調査ファイル 096 [地獄から来た男 Part 5]
津田君と別れた私は、図書館に来ていた。
10年前に起こったという事件について、調べる為だ。
―――しかし、札川署は一体どうなっているのやら。
資料を見せてくれと連絡したところ、素っ気無く断られてしまった。
津田君にも協力してもらったが、やはりダメだった。
仕方なく、様々な資料を拝見出来る場所と考えた末、ここに来た・・・というわけだ。
「ここか・・・」
外観は至って普通の建物だった。
少々大きいと思うくらいか。
入口を抜けると、だだっ広いエントランスが待ち構え、その奥に無数の本と、それが陳列された棚が無数に存在していた。
ここから、探し出すのか・・・
仕方ない、片っ端から探すか。
そう思い、棚の方へと足を進めた。
進めたはいいものの、事件簿的なものは果たしてどこにあるのか。
というか、一般開放されている庶民の場に、そんなドロドロとした内容を置いているのだろうか。
歴史書はたしかに豊富ではあるが、世界的なものではない上、後にも先にも凄惨なもの。
有毒書扱いされる可能性も―――
「砂漠の砂時計とは、これ如何に・・・」
「―――砂時計が、何だって?」
聞き覚えのある優しい声。
あまり低くなく、どこか心を落ち着かせるトーンで、私に問いかける。
いかんいかん、勝手に安らいではいけない。
振り返ると、どことなく見覚えのある姿。
男性はカジュアルな格好で、そこに立っていた。
「何だか物凄く見覚えがあるのだが、今一度名を聞かせてほしい」
「さすがにそういう挨拶をする人は初めてだよ」
苦笑いを浮かべ、頭をポリポリと掻いている。
どうやら私の返しが意表を突いたらしい。
津田君の影響だろうか、そうか・・・普通じゃないのか。
「まあいいや。
ともかく、元気そうだね・・・黒川さん」
「・・・?」
私の名を知っている・・・?
やはりどこかで出会っているようだ。
しかしどこで見かけたのか。
札川、というか日本で接した人間は、極限られた人物のみ。
事務所の人間やその親族、札川署の警官の類ではない。
となれば、それ以外・・・それ以外――――――ん!?
「もしかして・・・?」
「やっと気付いた?
服装が違うから、わからなかったよね」
服装・・・うむ、間違いない。
この人アレだ、あの時の医者だ。
たしか名前は―――
「とりあえず、あっちで話そうか」
「え!?
あ、ああ・・・」
素っ頓狂な声を出してしまった私は、彼と共にテーブル席へと移った。
「さっきはゴメンね。
いきなり声掛けて」
「いや、構わない。
しかし・・・こんなところで出くわすとはな、先生」
「ようやく思い出してくれたね」
高柳 宗一・・・以前私が入院した時に世話になった医師だ。
「それはそうと、何故ここへ?
図書館で読書が趣味、とか?」
「まあ、半分合ってるかな。
ここはね、古い医学書が揃ってあるんだ。
絶版したものや市販されていない本がここにはあってね、それを見たくてたまに来ているんだ」
彼は物凄く勉強熱心なようだ。
にこやかな顔を彩るそのメガネが、どことなくそれを物語っているように思えた。
「そういう黒川さんは?」
「私は・・・ある事件の資料を探している。
警察には、見せてもらえなかったがな」
「ある事件・・・?」
一瞬、私は迷った。
捜査の事を公言して良いものか、と。
しかし、あの男の事件は周知のもの。
悪いことにはならないだろう。
「―――10年前に起こった事件、わかるか?」
「10年前―――?」
刹那、先生の顔色が変わった。
何か知っているのだろうか。
或いは、思うところがあるのか。
「その件について、現在調べている。
先生なら知っているだろう」
「―――ああ、知っているよ。
・・・今でもね」
「今でも?」
含みのある言い方だった。
まるで裏があるの様な―――そんな感じがした。
「何か知っているなら、教えてほしい」
「・・・どうして?」
「・・・残念ながら、詳しくは言えない。
だが、現在進行形の調査に関わる重要な話だ。
教えてほしい―――」
先生は、私の真剣な眼差しを受けて、どうにか理解してくれたらしい。
ゆっくりと目を瞑り、一度だけ、静かに深呼吸をした。
そして再び、ゆっくりと目を開けた。
「・・・わかった」
落ち着いたトーンで、彼はそう言った。
それだけ、言った。
「10年前、札川市の小学校で連続殺人事件が起こったんだ。
犯人は50代の男性・・・小学校の用務員だった。
彼は刃物を所持しながら教室へ侵入し、生徒と教師を次々と襲い・・・殺害した。
犯人はすぐに捕まったけど、辺りは血の海と化した凄惨な事件だったよ」
「ああ、その辺は聞いている。
その先について知りたいんだ」
「さすが、探偵さんだね。
でもこの事件は不可解な点がいくつかあったんだ」
「不可解な点?」
「1つは、『特定のクラスしか襲わなかった』こと。
ここまで無差別に殺人を犯しているにも関わらず、対象だったのは1つのクラスだけ。
もし特定の人物だけ殺害・・・と計画していたとしたら、それもおかしいよね」
たしかに、快楽殺人や無差別に殺人を犯そうと考えた場合、更に複数襲撃する可能性が高い。
だがそうはならなかった・・・何故だ?
それに、あの男は殺人に快楽を求める風貌でも、そういった雰囲気を醸し出しているわけでもなかった。
これは、何かしらの理由がある、というわけか。
「そしてもう1つ、『犯人は抵抗することなく捕まった』ということ。
普通なら、迷うことなく逃げるよね」
「当然だ。
私も同じ犯罪者、捕まらない為に―――どこまでも逃げたさ」
「でも犯人は逃げなかった。
まるで“捕まえてくれ”と言わんばかりに」
やはりあの男、何か裏がありそうだ。
今後の参考としておこうか。
「しかし・・・随分と詳しいな。
実は先生も“探偵”だったり?」
軽いジョーク程度だった。
その場で笑って誤魔化せば、御咎めもなく終わるつもりだった。
しかし、先生は―――より表情を暗くしていた。
「・・・そんな真芯に捉えなくとも」
「いや、違うんだ。
そうじゃないんだ」
「では、改めて問う。
どうしてそこまで詳しいんだ?」
「実はね―――」
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




