調査ファイル 095 [地獄から来た男 Part 4]
後日―――
「・・・・・・」
「そんな顔をするな」
少々、ご機嫌斜めです。
と言っても、決して怒っているわけではないのです。
―――悲しいんです。
「本当にすまないと思っている。
それに、経費でどうにかなるとも言っていた、心配ないじゃないか」
「そういう問題じゃ・・・」
遡ること2時間前―――
「つまるところ、その“飯島紀洋”という人物を探せばいいってことか」
「ああ」
僕とレイは、ファミレスで話をしていた。
丁度お腹も空いていたし、話をするにはいいかな、と。
「でも名前だけで探せるもんかねえ?
1億人以上いる中からスパっと当てられるとは・・・」
「否定はしない。
が、私は探偵・・・そこは否が応でも見つけて見せるさ」
責任感なのか何なのか。
どことなく自信がある、ようにも見える。
実際、警察の捜査網をちょちょいと使えば、すぐに見つけられないこともない。
そこまで大掛かりにしないにしても、伝手を使えば安易な話。
名前が割れているだけマシ、なのだろうか。
「それで、まずはどこから当たるんだ?」
「まずはここ周辺を当たろうと思う。
札川にいなければ、捜索範囲を他に向ければいいだけの話」
簡単に言ってくれる。
札川署の力も、多方面にまでは向いていないことを知らないのかこの娘は。
だが、そうせざるを得ないよな。
札川にいることを、切に願うしか・・・
「だとして、札川と言えど、一つの市だよ。
洗うにしたって範囲が広すぎると思うけど」
「案ずるな。
その為の―――君だろ?」
フォークを僕の方に向け、タメを作りながらそう言った。
あ~、やっぱりそうきたか。
ま、『警察だろ?』と言われるよかマシか。
僕自身に頼っていると思えば、まだ行動理念も働く・・・なんて思ったら怒られそうだ。
「はいはい、それじゃ少し調べてみるよ。
レイはどうするの?」
「私は10年前の事件を調べてみる。
一人だけ無知というのも癪だしな」
たしかに、レイだけがこの事件を知らなかった。
これを機に調べて、一応参考にという腹積もりだろう。
「結局僕一人で捜査か・・・」
「心配するな、すぐに私も参加する。
それまでの辛抱だ」
「辛抱、ねえ・・・」
長いだろうな、きっと。
「では、行こうか」
レイは席を立った。
まさにその時―――
ガシャン―――
「のわっ!」
テーブルの上にあったグラスが倒れた。
どうやら縁ギリギリに置いていたのだろう、それが立った拍子に触れたようだ。
ものの見事にやらかしてくれるねぇ、君は。
「ああ!すまない、津田君!」
あわあわとしながらナプキンでテーブルを拭いている。
しかし、もはや手遅れというか・・・
「あーあ・・・」
零れた水が、テーブルを伝って僕の方に流れ込んでくる。
上流の滝宜しく、並々と。
「やだっ!どうしよう・・・!」
こういう時は冷静でいられないタイプっぽいね。
テーブルを拭き終えたレイは、あろうことか僕の服まで拭こうとしていた。
幸いジャケットは無事だった、だったのだが・・・
「ちょ、まっ・・・!」
スラックスはチャラリーンな状態だった。
左太ももを中心に、ぐっしょりと。
そしてこのレイである。
テンパったこの娘は、テーブルの下に潜り込み、スラックスをナプキンで擦り始めた。
・・・この状態、マズくね?
「ああ・・・すごい濡れちゃって・・・」
一歩間違えば、画的にアウトだよコレ。
警官が捕まっては元も子もない!
「い、いいよ、大丈夫だって!
それくらい自分で拭くから!!」
そう言って、レイをテーブルの下から無理矢理引きずり出した。
「そ、そうか?
面目ない・・・」
―――ということがありまして。
さすがにこの格好で調査というわけにはいかないので、一度自宅へ戻り、着替えることにした。
生憎替えのスーツはクリーニングに出したばかりで、これ以上は持ち合わせていない。
公務とはいえ止むを得ない・・・本当に止むを得ない!
「でも・・・フフッ、なんだか久しぶりに見た気がする」
「何だよ・・・」
私服の僕を見て、クスッと笑みを浮かべていた。
そんなにおかしいかね。
ファッションセンスは決して悪くはないと思うんだが。
青のジーパン、ストライプ柄の白いシャツ、紺のカジュアルジャケットで、これから調査に向かうところだ。
「いや、深い意味はない。
しかし、何だかいつもと逆になってしまったな」
どちらかというと、いつもは僕がスーツでレイが私服ということが多かった。
以前の浮気調査なんかまさにそんな感じだったし。
「そうだねえ・・・ま、たまにはいいかもね」
「ほう・・・?」
「でも、次は普通の展開がいいな」
「まだ根に持ってるのか君は。
悪い男だ、全く」
なーんて、ちょっとデートっぽい感じに歩いていた。
だが大丈夫、僕たちはすぐに仕事モードへシフトチェンジしていた。
「それじゃ、私は図書館へ行ってくる。
警察資料は、宛てにならないしな」
自宅に戻った際、一度資料の問い合わせをしていた。
10年前ならば、まだ資料は綺麗に残っているはず。
しかし、返答は『NO』の一点張り。
頼りの綱である前田さんも、力及ばずと落胆していた。
「わかった。
こっちも、何かわかったら連絡するよ」
こうして、僕とレイは二手に分かれた。
さて、どこから手をつけたものか―――
『プルルルル・・・』
―――と、ふいに携帯電話が鳴り出した。
ディスプレイには、“神山 優希”と表示されていた。
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




