調査ファイル 092 [地獄から来た男 Part 1]
2006年―――ある事件が世間を騒がせた。
札川市の隣にある神幌市で起きた、児童・教師連続殺人事件。
言うなれば、一クラス丸ごと消滅した・・・といった具合だろう。
白昼、ある男が小学校の教室に侵入し、所持していた草刈り用の鎌で次々と児童を殺害。
止めに入った教員までも容赦なく殺害し、生存者を0にするまではそう時間は掛からなかった。
通報により男は逮捕、抵抗の意思もなく、逃亡せず呆然としていたらしい。
裁判が始まったのは、驚く程早かった。
検察・弁護士の討論はかなりの熱を帯び、報道番組では大々的に放送されていた。
しかしそれ以上に熱を帯びていたのは、裁判官による判決、そしてその反響。
テロといっても過言ではないレベルであったにも関わらず、下された懲役はわずか“10年”だった。
多方面から様々な意見、延いては抗議の文面も飛び交ったが、構うことなく刑は執行された。
・・・そして現在、2016年。
刑期を終えた男は、ボストンバッグを背中で担ぎ、不吉な赤い花咲く門から一歩を踏み出した。
去りゆくその姿は、冷たい虚無しか映さないほどに―――
「おはよう、津田君」
札川署を出た僕は、探偵事務所に来ていた。
勿論、仕事である。
「おはよう、レイ」
パンツスタイルのスーツを決め込み、僕を出迎える。
フワッと香る女の子の匂いが、毎度僕をドキッとさせる。
今日もまたこの誘惑に耐えねばならんのか・・・
「それで、今日の依頼は?」
リクライニングチェアに座り、細い脚を綺麗に組む。
「えーっと、今日は―――」
僕は書類を数枚、レイに渡した。
サラッと目を通している。
事前に僕も目を通してはいたが、どれもこれも今すぐどうこうという内容ではなかった。
寧ろ少し時間を置いたり、粘って張り込むようなものばかりだった。
「ふむ・・・では今日は特にすることがないな」
苦笑いしながら、僕に問いかけた。
「そうだね。
じゃあ、どうしよっか」
正直、今から署に戻ってもやることはない。
探偵課というのは、そういう部署だ。
「そうだな・・・それじゃあ、今日は掃除でもするか」
一般的な家庭の掃除とは訳が違う。
というのも、探偵事務所には仕事の書類や資料、本の類がかなり増えていたのだ。
ちょっとどかして掃除機・・・と、普通は考えるだろう。
違うんですよ違うんですよ、これが。
書類は重要度・日付・解決した案件の順のそれぞれに並べ、本もあいおうえ順や一巻から順に並べたりと、多岐に亘る。
特に書類は見返す機会が多い為、3パターンにコピーし、整理していたのだ。
「たしかに、物も増えたしね。
―――この資料となれば、堪えるなー・・・」
「仕方ないさ。
では、始めようか」
そう言って、レイはマスクと雑巾、掃除機を用意しだした。
「これは?」
僕はここらに置いてあるものについて、決して詳しくはない。
故に、あれやこれやどうするかを一々聞かなければならない。
あー面倒ったらない。
「それはそっち。
そしてそこは―――」
といった具合に、レイの細かい指示を受け、掃除を行っていた。
「これは・・・石?」
ふと戸棚を開けると、小石が入ったケースがあった。
取り出すと、若干透明な石が数個入っていた。
何となく見惚れていると、思わず・・・
「あ、ヤベッ!」
手から滑り落ちてしまった。
慌てて掬い上げようとバタバタしていたのだが、気付けば石はどこかへと消えていた。
落ちて割れた形跡もなく、辺りを見回しても、存在すら消え失せていた。
「あ、あれ?」
棚の隙間にでも入ったかな・・・?
どこかに細い棒があるかどうか、探そうとしていた時だった。
「津田君、ちょっといいか?」
少し奥の方で、レイに呼ばれてしまった。
多分石はその辺にあるだろう、そう思ってその場を後にしてしまった。
とりあえず・・・あとで謝ろう。
一頻り掃除をし、書類と本はかなり片付いた。
順番に並べられ、僕たちは目を棒のように細め、同じタイミングで額を手の甲で拭った。
「ふー・・・」
これまた同じタイミングで、溜め息を。
「さて、どうするか」
「暇になっちゃったねえ・・・」
どっか飯でも行こうか。
そういえば最近この近くに美味しいパスタがあるって聞いたっけ。
よし、誘ってみるか。
「レイ、この後―――」
刹那―――
「探偵は、ここか・・・?」
玄関に、一人の男が立っていた。
音もなく開いたのだろう、扉は外の景色を映し、少し冷たい風が吹いていた。
枯葉が玄関の奥で舞っている。
「あなたは・・・?」
「・・・」
思わず言葉が詰まってしまった。
客、というにはあまりにも感じが違っていたからだ。
しかし、男の目つきを見るや否や、レイは口調を尖らせた。
「・・・何者だ?」
こちらもまた鋭い目つきでいらっしゃる。
怖い目つきの人間が二人、冷たい刃で切り合っていた。
誰か、この二人落ち着かせてくんないかな・・・
To Be Continued...
※本作品はフィクションです。実際の個人・団体・地名・事件等とは一切関係ありません。




