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ゲルニカの郷姫ドーニャ・キホーテの聡明なる冒険  作者: 桝田道也
第3章 セゴビア
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橋の向こうから這って来た男

(ここから再び姉の談話)

 聞いた?いまの。もう一度言うわよ、その男は、ささやき声で、こう挨拶してきたの。

「コンバンワデスバイ。ヨカ月夜デスバイネ。ウチノ、ぶるどっぐガ、吠エテナケレバ、ヨカッチャケドデスバイ」


 おもわず返答に詰まったわ。驚いたせいもあるわよ、もちろん。でも、相手の出方を待つべきだと思ったの。だって、「ど」ヘタクソなバスク語なんだもん。これには何か意味があると思って。だって、スペイン人ならスペイン語で話し掛ければいいわけじゃない?


 考えられるパターンは

①母国語以外はバスク語しか話せない外国人

②正体を隠すためバスク人のふりをしたスペイン人

③正体を隠すため外国人のふりをしたバスク人

④その他の理由

の、どれかでしょ?そのうち①はよっぽど特殊な事情でもない限り、ありえないじゃない。自分の生まれ故郷を悪く言いたくはないけど、残念ながらバスク語なんてマイナー言語もいいとこよ。


 そのうえ、唐突なブルドッグの話。完全に脈絡なかったもん。ぜったい合言葉だ!って直感したの。


 それで、こっちがだまって出方をまってたら、しびれをきらして

「アンタ、ドウシマシタデスバイ?」

って下手なバスク語を続けるもんだから、あたしもとうとう折れて、言葉を返したのよ。もちろんネイティブの美しいバスク語でね。

「ブルドッグって合言葉け?わかりやすすぎじゃなかと?おはん、スパイね?それとも泥棒ね?」


 だってさー、ブルドッグよ?シェパードでもプードルでもなくてブルドッグ。普通に考えたら、イギリス政府のスパイって思うじゃない。


 そしたら、その男は、今度はまともなスペイン語で、こう言ってきたわ。

「……女か。オーケー、つまりきみはバスク人だが、我々の組織の人間ではないというわけだ」

え?オーケーはスペイン語じゃない?くだらないツッコミやめてよ。オーケーはもう世界共通語でしょ。使わないのなんて19世紀にしがみついてるジジババくらいじゃない!この国でもみんな普通に使うわよ。オーケー?


 ……男は続けてこう言ったわ。

「私の正体は好きに想像したまえ。きみの方はどうだ?人目を忍ぶ理由がなければここを通るはずはない」


 やっぱり、カマをかけてたのね……と思ったわ。フランコ軍の警備を避けて、あの橋を渡るなんて、革命派の人間に決まってるもの。バスク語が通じるかどうかと、合言葉が通じるかどうかでこっちの正体をさぐってたのね。あたしはつっけんどんに答えたわ。

「スペイン語は上手なのね。敵じゃないなら、あなたが何者かなんてどうでもいいわ。あなたもそうでしょう?」

言い方はつっけんどんだったかもしれないけど、内容は正直なものよ。カマかけなんか一切なし。


「その通りだ。お互い見なかったことにしよう」

って向こうも同意したわ。そりゃそうよね。自分の仲間じゃなかったら用はないはずだもの。


 でも、そのあとしばらく沈黙とにらみ合いが続いたわ。


「…………」

だまって見つめるあたし。

「…………」

だまって見つめる向こう。


 あたしは南東へ行きたかったし、反対方向から来た向こうが北東に行きたいんだってこともわかったわ。でも、セゴビア水道橋の溝は人間ひとりがやっと通れるくらいの幅しかないのよ。道路じゃないんだから、すれ違いのためのスペースもないわけ。どっちかがどっちかの上を通るしかないんだけど、そんなことをして警備兵に見つかったら元も子もないじゃない?


「……どいてよ。そっちに行きたいのよ」

「きみがどいてくれ。私は北に用がある」

「レディ・ファーストの精神はないの?」

「きみもそうだと思うが、私も『革命』による平等な社会の実現を支持している。男女の格差は無くさねばならない」

「警備兵に見つかるわけにはいかないのよ」

「私もだ。それに、どっちか一方が見つかれば、いずれにせよ困ったことになるな」


 そう。つまり、そういうことなのよ。どっちか一方が溝から出てすれちがうわけにはいかなかったのね。無理矢理にも、細い溝のなかでビン詰のアンチョビみたいに体を密着させてすれ違うしかなかったの。


 向こうは、つとめて冷静をよそおって提案したわ。

「なんとかして、すれちがうしかないな。キミ、仰向けになって、私の下をくぐれ」

「仰向けになる必要ある?」

「その方がコンパクトになる」

そう言うと、ひと呼吸おいて、続けたの。

「つまりあれだ、アメリカ人が言うところのシックス・ナインの要領」


「ぶ っ 殺 さ れ た い の ?」

反射的に言うじゃない?言うしかないじゃない?緊張をほぐすための冗談だったかもしれないけど、こっちはうら若き乙女だもの。あ?なによ、サンチョ。その納得しかねるっていう顔は。ぶっ殺されたいの?


 ……ともかく、そこまではささやき声で会話してたんだけど、ここだけ5デシベルくらいだけ声量が大きくなっちゃったのね。そこを、警備兵に見つかっちゃったわけ。


「おい!そこで何をしているっ!?」

って警備兵は言うじゃない?言うしかないじゃない?警備兵だもの。


 そしたら、橋の向こうからやってきた男は、起き上がっていきなり私を引き寄せると、あたしをひざの上に抱えておっぱいをまさぐりながら、

「あぁ?人の恋路を邪魔するのはどこのバカだ?」

って怒鳴ったの。大事なところだから念を押すわね、あたしのおっぱいをまさぐりながらよ!!!


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