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ゲルニカの郷姫ドーニャ・キホーテの聡明なる冒険  作者: 桝田道也
第2章 ブルゴス
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キホーテ10世の考案した技

 ああ、やっぱりだ……と僕は思った。あんな話をして、思い出させるんじゃなかった。そう、姉が披露したのはれっきとしたキホーテ流の技なのだ。その名を〝カバレロ・デ・ラ・エクスポジシオン(展覧の騎士)〟という。考案したのは祖父であるキホーテ10世。あの、領地を失いキホーテ流をつぶしかけた男が考案した数少ない技のひとつだ。


 英語の技名をつけた3世やフランス語の技名をつけた8世とちがい、10世はスペイン語しか話せなかった。


「油断せず抜け目のにゃい騎士とて、かたときも甲冑を脱がずに生活するわけにはいかぬ。ときに、頼りとするヨロイも武器もにゃい状態で多勢に立ち向かわねばにゃらぬ場合もある。しょういうとき、どうしゅるのきゃ?わかるかにゃ?」

と、歯の抜けた爺様は語っていたと姉から聞いた。姉が五歳のときだ。


 すなわち姉の披露した技は10世からの直伝ということになる。ただしこの時点で11世ホアン・キホーテは娘を後継者にするとは決めていなかったから、教えるというよりは単なる孫とのふれあいの中で、その話になっただけだろう。


 ちなみに10世はその翌年に亡くなった。当時一歳の孤児でキホーテ家の養子になっていなかった僕は、10世に会ったことはない。


「ここでわしは思い出したのじゃよ。相手の目を反らしたキホーテ1世の妙技をにゃ」

歴代のキホーテたちと同様に、10世もまた、偉大なる一族のバイブル『ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』から技のヒントを得ていた。


 つまり、僕が昨日の道中に引用したくだりから、10世は技を編み出したのだ。狂ってしまった証拠をサンチョ・パンサに求められた初代キホーテがとった行動。ズボンを脱ぎ捨て下半身を丸出しにして、大事なところをよく見えるように、とんぼ返りを二回やる、あのシーンから。


 サンチョ・パンサは一度見れば十分とばかりに、二回目のとんぼ返りから、あわてて目をそらすのだ。


「これによって、敵の中にスキが生みゃれる。しょのスキを突いてピンチを脱出しゅるのであ-る!」

と言うと、爺様は幼い孫娘の前で実演してみせたのだ。姉は腹をかかえて笑い何度もアンコールをリクエストした。ただし父と母は非常に嫌がったらしい。当然だ。


 キホーテ10世がどこまで本気でこの技を「考案」したのかわからない。第一、11世への指導もおろそかにしていたような人だった。


 だが、冗談だったのかもしれないこの技は、いま、姉によって──キホーテ12世によって実戦投入された。本来は敵の目をそらすための技だ。しかし姉は敵の目を釘付けにする技に改変した。美少女がキホーテ流の伝承者になるとは10世も思っていなかったのだから、想定外の条件によって運用が変わるのは当然だ。過程が変わろうとも、強引に敵にスキを生じさせるという結果が同じなら問題ない。


 また、姉がとんぼ返り2回ではなく側転1回に変更したことは、このときの姉が冷静だったことを物語っていた。いかにズバ抜けた運動神経をもった姉とはいえ、落ちたら死ぬ高所で後方宙返りをするのは無茶にほかならなかった。


 後年、姉はこのときのことについて、次のように弁明した。いちばん近い兵士でも5メートルは離れていたし、見上げる兵士たちにとって逆光だったはずだから、〝あんまりよくは見えなかった〟はずだと。


 これに対して僕が、よく見えたかそうじゃないかが問題なのではなく、〝見せたか見せなかったかが問題なのだ〟と苦言を述べたのは言うまでもない。


 ともあれ、追っ手の半数は落下した。ペリーヌさんは

「男のひとって……」

と絶句していた。ペリーヌさんには申し訳ないが、これはいたしかたないことなのだ。姉が披露した股間の聖母マリア的なものは、全人類の約半分が崇拝してやまない、世界二大宗教の片方のご本尊なのだから。


 あの高さから落下したのだ、絶命してしまった兵士もいたことだろう。だが、姉とて必死だったのだ。遺族の方はどうか姉を責めないでほしい。死ぬ直前にありがたいものを拝見できたのだ。彼は天国の門番の聖ペテロをつかまえて、たっぷり自慢したにちがいない。


 追っ手が減ったのを確認して、姉はすばやく下の服をはきなおした。そしてオーク板をひっつかむと、まるで波乗り遊びをするポリネシア人のように(現代の我々はそれをサーフィンと呼ぶが、1937 年にその言葉は普及していなかった)、オーク板に乗って空中へと飛んだ。


「ィヤッホォーウッ!」

というかけ声が聞こえた。ペリーヌさんも思わず叫ぶ。

「わああっ!やっぱり飛んだ!」


 地上まで、だいたい80メートル。

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