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きみの人形

作者: 待山宵田

「ごめんなさい、オースティン。あなたを連れてはいけないの」


 やさしいきみは、ぼくの硬くて冷たい手をとり、しずかに話す。

 伏し目がちに告白するきみの瞳に、ぼくが映ることはない。


 ねぇ、どうして?

 どうしてそんなことを言うの。

 きみはもう、ぼくがいらなくなってしまったの?


「うん、知っている。わかっているよ、リカ」


 ぼくの言葉を聞くと、やっときみはぼくを見た。

 ……ねぇ、きみの前に立つぼくは、一体どんな顔をしている?

 苦悶の色を浮かべていたリカの表情が、徐々にゆるんでいくのが見て取れた。


 なぜ、連れいってくれないの?

 どんな時も、きみはぼくと一緒にいたのに。


 リカは、大きくてくりくりとした青い眼を、哀しそうにふせた。


「オースティン、こんなかたちのお別れを許してちょうだい」

「許すもなにも、ぼくはきみを恨んでなんかないよ」


 掴んでいたぼくの手を放して、きみがそっとぼくの頬に触れる。

 伸びてきたリカの手の感触を感じて、ぼくはゆっくり瞼を閉じた。

 お別れなんて、いやだ。


「あなたと共に過ごした毎日は、とても幸せだった」

「……うん、ぼくもさ」


 ああ、いやだよ、リカ。そんなこと、いわないで。きみとまだ、離れたくない。

 彼女の手が離れても、ぼくはまだ瞳を閉じたままでいた。


「でも、こんな薄情者、許してはおけないでしょう?」

「何を言っているの、リカ。きみは最高の女の子だよ」


 瞼に暖かい手があたり、眼を開けると、やわらかな面差しでぼくを見つめるきみの瞳とぶつかった。

 どうして……どうしてきみは、そんなに綺麗に微笑むの?


「あなたのことは、絶対に忘れない。例えあなたが、わたしを忘れてしまっても……」


 リカ。

 ぼくだって、きみを忘れるはずがないよ。

 きみのような子は、どこを探したっていやしない。


「わたしはずっと、憶えているから」


 それなのに、どうしてぼくは、きみを諦めなくちゃならないの?


「今までありがとう、オースティン。幸せになってね」


 そう言ってきみはぼくの頭を引き寄せて、ぼくの額にキスをする。頭を下げるぼくの眼の中に、きみの顔は映らない。

 きみがいないのに、ぼくが幸せになんてなれるはずがない。


「幸せにならなきゃいけないのはきみの方だよ。――――結婚おめでとう、リカ」


 ああ、いやだ。いやだよ、リカ。

 ずっと、きみと一緒にいたい。

 きみの唇が、ぼくから離れる。

 ぼくから体を離したきみは、少し頬を赤く染めて微笑んでいた。


「……リカ……」


 やめてよ、リカ。

 そんなふうに笑わないで。

 もっと、ぼくに触れていて。


「あなたのこと、大好きよ」


 ぼくが好きなら、どうかずっとそばにいて。


「あなたと過ごした時間は、わたしの一番の宝物よ」


 きみは、ぼくがずっと守ってあげるから。


「ぼくもだよ、リカ。きみと過ごした日々は、ぼくにとっても永遠の宝物さ」

「オースティン、今までありがとう」


 リカは、飛び切りの笑顔で笑うのだ。 


 ねえ、リカ。

 明日、あの男の元へ嫁ぐきみは、今よりももっと幸せそうに笑っているの?


「――――リカ。でもね、いくら幸せな記憶だからって、未来の旦那様にぼくの事を話しちゃダメだよ。やきもちを妬くかもしれないだろ」


 リカ、リカ、リカ。

 こんなの嘘だ。

 あの人の前でも、ぼくの話をして。

 ぼくのことが大好きで仕方ないのだと言って。

 ぼくがいなくちゃいやだと、あの時みたいに泣いてしまって。


 そうしたらぼくは、すぐにでもきみのところへゆけるんだ。


「うふふ。あなたも、新しい生活が始まるのよ。マーガレットに、たくさん可愛がってもらいなさいね。きっと、わたしと一緒に過ごした日々よりも、楽しい毎日が待っているわ」

「……そうだね、リカ」


 ぼくは、人形。


 でもね、人形だったら人形らしく、静かに座っていたかった。

 きみはどこに行くでも、ぼくを抱いて、ぼくと一緒に笑ってくれた。

 ぼくはとっても幸せだった。

 でも、そんなことがなかったら、きみにこんな気持ちを抱くことなんか、なかったんだ。

 

 ねぇ、リカ。

 ぼくは、きみが……。


「……もう、ぼくの名前を呼んじゃ駄目だよ」


 リカは、ふっと、寂しそうな顔をした。

 けれど、ぼくを抱き上げ、笑ってみせた。

 

「ねえ、オースティン。あなたの名前は、明日から、オースティンではなくなるのね。でもきっと、あの子が素敵な名前をくれるわ。あの子もきっと、あなたのことが大好きになるわ。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで。笑って、オースティン」



 ぼくはきみが、たまらなく、いとしいんだ。


お読みくださって、ありがとうございました。

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