第三話「勇者の秘密!」
今日もいい天気だなあ。
ナカジーマ堂はスーパーイチローに覆われて暗いけど。ともかくお店を開けますか。
スーパーイチロウでティータさんに魔道具を大量に買わされた次の日も僕は普通に店を開けようとしていた。
「あ、マユちゃん。おはよう。今日は早いね」
マユちゃんはいつも寝坊してゆっくり朝ご飯を食べてくる。早い時間はお客さんも少ないので別に困らない。
「セージ君。これ」
ん? マユちゃんの手にはチラシが握られていた。ははぁ。さてはスーパーイチローのチラシを貰ったんだな。
きっと昨日の『けいこうとう』や『そうじき』を大々的に売っているに違いない。
「どれどれ。お?」
「ね? 信じられないでしょう?」
「うん。大特価! ニホーンソバ 1束(1食)50エーンだって」
引っ越しの時に貰ったあの美味しい料理が1食分で50円というのは安い! 早速、買いに行かなくては! 今日のお昼もおソバだ。
「違~~~~~う! 何処見てるのよ。もっと上にバーンと掲載されている広告を見てよ」
ん? なになに?
「お1人様1点限り『雷竜のヒゲ』15万エーン。本日限り『霊薬エリクサー』35万エーン。限定5個『反魔鏡』50万エーン!?」
そんな。どれもこれも滅茶苦茶レアな魔道具だぞ。ウチで勝ったらどれも3倍以上するぞ。
それにこの手の魔道具は作れても素材自体がレアだから簡単に量産は出来ないはずだ。
例えば『雷竜のヒゲ』は旧魔王の本拠に近いニブルヘイム山に生息している雷竜から二本しか取れない。
『霊薬エリクサー』もニブルヘイム山の地獄の絶壁のオーバーハングゾーンぐらいにしか生えない霊草から作る。
『反魔鏡』もニブルヘイム山の中腹にある古代遺跡ペダンで発掘されるものだ。
これらの素材や遺物は最上級冒険者でもたまたま取れることもあるといったレア度だぞ。
それがこの値段なのか?
「高級路線も全然勝てないじゃん」
マユちゃんはうなだれながら呟いた。
「一体どうしてこんな安い値段で売れるんだろう。まさかナカジーマ堂を潰すためだけに安く売っているのか?」
僕が思いをつい言ってしまうとうなだれていたマユちゃんは商品の『爆発岩のハンマー』を手に取る。
「ムキー! 勇者許さない!」
「い、いや……さっきのは憶測で何の証拠もないし他の理由かもしれないよ」
マユちゃんは僕の話が全く耳に入っていないようでハンマーを持ったまま店を飛び出した。
『爆発岩のハンマー』は戦闘用ではなく固い岩盤を掘削するための魔道具だ。文字通り爆発するハンマーなので人間が使えば使った方の人間も無事では済まないので、泥人形やゴーレムなどの人造生命を使役して使う。
勿論、人間が人間に使ったら大惨事だ。
「ちょっちょっと~マユちゃん!」
僕も急いでマユちゃんを追うが彼女の足は早かった。ナカジーマ堂を出たところでスーパーイチローに乗り込むところがチラッと見える。
混雑する店内でマユちゃんが勇者イチローを見つけるのと運動不足の僕がマユちゃんに追いつくのはほとんど同時だった。
「勇者覚悟~!」
「勇者逃げろ~!」
若い女性客に接客していた勇者が僕達の声で振り向く。
「へっ? な、なんなんだ? お前ら~」
さすが勇者、マユちゃんが物凄い速さで振り回した『爆発岩のハンマー』を上半身を反らしてすんでのところでかわす。
「チッ。かわしやがったか。だがいつまでもかわせるかな?」
「マユちゃん? げっ!? 『爆発岩のハンマー』! やめろ~!」
マユちゃんは『爆発岩のハンマー』を大上段に構え振り下ろす。下手に受け止めたり何かに接触させれば大爆発してしまう。
魔王を倒した伝説の勇者といえども情けない顔をしながら必死にかわすしか無い。マユちゃんは旋風の用に回転しながらクソ重いハンマーを連続で繰り出す。アンタ絶対に職業間違えてるよ。
それにしても勇者は凄い。マユちゃんの連続攻撃をかわす戦闘能力が、ではない。
あの状況から一瞬にしてあのハンマーを『爆発岩のハンマー』と見切った鑑定能力が、である。
そもそも『爆発岩のハンマー』などそう使う魔道具ではない。それを当てるには魔道具に関する鑑定眼だけではなく、魔道具に関する知識も必要だ。現にマユちゃんは自分が持っている得物の危険性を認識していない。
勇者という職業で一体何故、それほどの魔道具に関する知識があるのだろう?
僕がのんきにそんなことを考えていると勇者はついに追い詰められてしまった。
マユちゃんの連続攻撃が凄まじかったこともあるが、勇者は常に客をかばっていたからだ。
今、勇者客の後ろは人壁だ。勇者がかわせば客にあたって大爆発という状況。
「マユちゃーん! すとおおおおおおっぷ!」
ダ、ダメだ。怒ったマユちゃんの耳には、やはり僕の声が届いていない。爆発する。
「アイス・ガリガリクーン!」
もうダメだ。爆発すると思った時だった。僕の後ろから氷系の魔法の名が唱えられる。気が付くとマユちゃんの上半身は『爆発岩のハンマー』ごと氷に閉ざされていた。
「全く何をやってるのじゃ」
振り向くと『すくーるみずぎ』を来た大賢者のアクア様が魔法を発動したポーズを格好良く決めていた。
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
「くしゅんっ」
僕は今、スーパーイチローの従業員休憩所で氷ったマユちゃんにお湯をかけていた。マユちゃんは唇を紫にして震えている。
「マユさんはどうしてあんな暴挙に出たんですか?」
気が付かなかったが近くにはエルフのティータさんも居て、一部始終を見ていたようだ。
暴挙の理由を聞いている。
「アンタ達がウチの店を潰そうと『雷竜のヒゲ』とかを大安売りしてるんでしょ!」
マユちゃんがそう言うと勇者とティータさんは顔を見合わせる。
「へっ? 何のこと」
勇者は訳の分からないって顔をしてとぼける。僕は少しムッとしてマユちゃんの口添えをする。
「いや、その。『雷竜のヒゲ』も『霊薬エリクサー』も『反魔鏡』もウチの店では3倍ぐらいの値段で売ってる主力商品だから。流石に利益を無視してナカジーマ堂を潰すためだけに投げ売りするのはどうかと……」
僕がそう言うと「アハハハ」と勇者が笑い出す。ティータさんも少し笑っている。迷惑をかけたのはこっち(主にマユちゃん)だが笑うとはあんまりではないか?
「おーい。イチロ~ティータ~、バーベキューの用意ができたのじゃ~」
僕が勇者達に(消極的な)抗議をしているとアクア様が場違いな声で勇者達を呼んだ。
「バーベキューなんかするの?」
「店の裏の空き地でな。お前達も来いよ。すっげーうまい肉が山のようにあるぜ」
勇者に唐突なバーベキューに誘われる。バーベキューも良いが今は抗議だ。
「い、行く」
「ええ?」
食い意地のはっているマユちゃんは起き上がって答えた。バーベキューに行きたいらしい。まずは抗議だと思うんだけど。
「腹が減っては戦は出来ないわ」
まだ戦うつもりなのか。
「げげ。なんだこれは!?」
バーベキュー会場に行くと小山のように大きな生物の死体が何体も重ねられていて大山が形成されていた。
「これは雷竜の死体さ」
「えええ? これ全部?」
重なって下の方は数えられないためよく分からないが50頭はいるぞ。
「お前の店で『雷竜のヒゲ』を見て思い付いたんだ。そうだニブルヘイムで魔道具の素材とか遺物とってこようってな」
確かに勇者は昨日居なかったし、ニブルヘイム山は雷竜が住んでいるから『雷竜のヒゲ』も取れる。『霊薬エリクサー』になる霊草も取れるし、山の中腹にある遺跡からは『反魔鏡』も遺物として発掘できる。
しかしだ。ニブルヘイム山は数千メートル級の雪山で雪崩を物ともしない強力な魔物が次々に襲ってくる難所である。
雷竜ですらたまに平地に降りてくる個体を上級冒険者が数人で必死になって倒すのだ。
霊草や魔鏡の採取は魔物の眼を盗んで逃げるように取って来ることしか出来ないはずだ。
……だが、目の前には実際に雷竜の死体が山と積まれている。
「という訳でよ。ニブルヘイム山に行ったら『雷竜のヒゲ』やら、その他魔道具の素材やら遺物がとれまくってよ。
別にお前達の店をどうこうしようと思って安売りしたわけじゃないんだな」
どうも勇者の言ってることが事実らしい。そもそも何もしなくてもナカジーマ堂は閑古鳥が鳴いているし、スーパーイチローは満員御礼である。
「イチローこの辺の串はもう焼けてそうじゃぞ」
「お、ホントだ。ホラ、お前ら雷竜の肉だ」
勇者は僕とマユちゃんに雷竜の肉とニブル菜というニブルヘイム山で取れる山菜が交互に刺してある鉄串を手渡した。
「高級食材のニブル菜はともかく、雷竜の肉なんて食えるんですか?」
食べるのを躊躇ってそう言うと勇者は笑ってマユちゃんを指さした。マユちゃんは既に一本食べ終えて、アクア様からさらに二串を貰い、両手でほうばっていた。
そ、そんなに美味いのか……。一口食べてみる。
「ん? 美味い! 少しピリピリするけど、なんて言うか滅茶苦茶濃い肉の味だ。しかも凄い肉汁でジューシーでもある」
「塩もほとんど使ってないんだぜ」
「マジですか? こんなに味が濃いのに?」
雷竜の電気がまだ少し残ってるのか口の周りが少しピリピリするけど、こんなに美味い肉は食ったことが無いかもしれない。干し肉のように凝縮された濃い味の旨味を持ちながら、なおかつジューシーで肉汁に溢れているのだ。
結局、僕とマユちゃんは勇者達と雷竜の肉でバーベキューをしながら談笑した。
「俺達は冒険しながらこれよりも美味いものを食ったりしてるんだけどそんなに美味いって言うなら、お前達の店が潰してスーパーイチローの休憩所兼レストランにした時に雷竜の肉のメニューでも出そうかな」
「それは良い考えですね」
マユちゃんも良い考えと思ったのか興奮している。あ、興奮を抑えようとしたアクア様が殴られた。そんなに雷竜の肉が気に入ったのか。良かった良かった。
「ところで勇者様の魔道具の鑑定能力と知識には恐れいります。僕達、専門家の鑑定士ですら『爆発岩のハンマー』なんてあまり扱わないのに、よく一瞬で見ぬくことが出来ますね」
「ああ、アレ? 実は俺、日本から勇者として神に召喚されたんだけどさ。その時に神から『神眼』って能力を言うのを貰ったのさ」
「『神眼』? なんですかそれ?」
「俺もよく分かんねーけど何か見たものを一瞬で説明してくれる能力なんだよね。例えば、お前を見ると……
名前 『セージ・ナカジーマ』
職業 『魔道具鑑定士 ランクSS』』
考察 『何でも鑑定士』と世間で言われるほどの魔道具鑑定士。
みたいにさ」
「なるほど」
「魔道具も……」
勇者はマユちゃんの傍らに転がしてある『爆発岩のハンマー』のほうを向いた。
名前 『爆発岩のハンマー』
種類 『魔道具 評価B+』
考察 何かに当たると大爆発。凄く危ない。使用者も吹っ飛ぶので工事の岩盤等の掘削用で人造生命に使用させる。使用回数は一回のみ。
「みたいな感じで、『神眼』は魔道具も一瞬で説明してくれるんだよね。値段は評価で適当に付けているって訳さ」
何だそれ。僕が苦労して身につけた魔道具の鑑定能力の意味って一体。
しかし、勇者が今まで『雷竜のヒゲ』や『爆発岩のハンマー』を一瞬にして見抜いた秘密は分かった。
鑑定の速度や魔法効果の残数を見抜くことについては、この僕でさえ足元にも及ばないだろう。
だが……魔道具鑑定の真髄は速度や効果の残数を見ぬくことではない!
鑑定士としての戦いならば、勇者に勝てるかもしれない。
「でもなー仮に鑑定士としては勝てても、営業力でお店は潰れちゃうだろうなー」
「なんか言った?」
「いえ、別に」
そう言いながら僕は雷竜の肉を頬張った。もうダメかも分からなんねという気分だった。
しかし、僕は大事なことを忘れていた。年に一度のヴォリス王国の魔道具鑑定士大会の季節が近づいてきていることを。