第二話「開店! スーパーイチロー!」
ズルズルズル……。
今、僕は工事の轟音を聞きながら、ナカジーマ堂の店内でお昼ご飯におソバなる料理を食べている。
勇者一行はマユちゃんに恐れをなして逃げ出したが、その際にエルフのティータさんが投げるように置いて行った引っ越しソバを食べているというわけだ。
お客さんは少ないからソバを食べていても大丈夫なところが悲しい。
「このおソバとかいう料理。凄くおいしいね」
「おいしいけど。セージ君。勇者達は私のお店を潰そうとしているのよ。許せない!」
私のお店って、僕のお店なんだけどな。
「で、でもさ~。勇者様は魔王を倒して世界を平和にしてくれたんだよ?」
「セージ君は腹立たないの?」
「そりゃ腹立つけどさ。僕の父さんのカタキもとってくれたわけだし」
そう。イチローは何と言っても伝説の『勇者様』なのだ。
「それとこれとは話が別でしょ。スーパーイチローの従業員になりたくないでしょ!」
「高名錬金術士でもある賢者様が生活に便利な魔道具を大量に作って、勇者様のネームバリューで安く売るわけだからね。そんな店に就職できたら生活は安定するだろうなあ……」
僕はお店のテナント料とマユちゃんに払う給料の苦労を思い出しながら呟いた。
「私が勇者の嫁六号になってもいいっていうの!?」
「い、いや、それは許せないよ」
一人ならまだしもマユちゃんを沢山いる嫁の中の一人にすることは勇者と言えども不可能ではないだろうか。
勇気ある者といえどもその勇気には限度というものがあるはずだ。
僕がそんなことを考えているとマユちゃんは下を向いてボソボソと言った。
「わ、私は……小さくても良いからナカジーマ堂でセージ君と一生、二人で魔道具を売っていきたいの」
「え? それって……ひょっとして、そういう意味?」
僕の問いには答えずに、マユちゃんは赤い顔をして、おソバを一本づつすすっている。
僕は俄然やる気が出て来た。
そうだよ! ナカジーマ堂は父さんから受け継いだ僕とマユちゃんの店だ。例え敵が伝説の勇者であろうとも何としても守るぞ。
よし、おソバを食べ終わったら早速チラシ作戦だ!
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
勇者様が僕の店に挨拶に来てから数ヶ月経った。既に2、3日前にスーパーイチローは完成している。
でも僕の店にも少ないとはいえ、常連さん達がいるのだから常連さんは来てくれるだろうと思っていたが考えが甘かった。
大賢者のアクア様、ハイエルフの姫のティータさんをはじめとした勇者の嫁達が『すくーるみずぎ』を着ながら店の前で呼び込みとチラシ配りをしている。
アレではウチの常連が近くを通ってもまず間違いなくスーパーイチローに連れて行かれてしまう。
こちらもマユちゃんが対抗してチラシを配った。
しかし、向こうは幼女やエルフが『すくーるみずぎ』を着ながら笑顔でチラシを配っているのだから、マユちゃんが露出の全く無い服で、しかも人を殺しかねない勢いで怒りつつチラシを配っても全く勝ち目はないだろう。
「もう! セージ君のチラシが悪いのよ! だから言ったのに」
今もチラシを配りに行っていたマユちゃんが帰って来た。結果は聞くまでも無い。
「まあさ。いくら勇者様と言えども、魔道具のことに関しては、まだまだ僕のほうがプロさ。今はマーケティングで勝っているんだろうけどそのウチ常連さん達も戻ってくると思うよ」
「そうなのかな?」
「うん。レアな魔道具は大自然によって出来たものや古代の遺物がほとんどだからね。錬金術士が作れる人工魔道具だけじゃきっと偏るよ」
「そ、そっかー」
「じゃあマユちゃん少し店番してて貰えないかな? 僕、スパーイチローに偵察に行ってくるよ」
「て、偵察! スパイね! 分かった! 頑張って」
僕は「カランカラーン」とナカジーマ堂のドアを鳴らしながら外に出た。勇者様の眼は確かだ。『雷竜のヒゲ』をそれと見抜いて、一瞬にして魔法の効果の残り回数まで言い当てた。
だが魔道具とはそもそも骨董価値や美術品的な価値によって売買されることが多い。いくら電撃効果のある『雷竜のヒゲ』の持っていても、実際にそれで凶悪な魔物と戦おうという人などそうはいない。
家に飾っておくか万が一の保険に持っておくことが多いのだ。『霊薬エリクサー』なんて金持ちが何個も買いためて、使わずに人生のエンディングを迎えてしまうなんてことが笑い話になるくらいだ。
勇者様は普通の人と違って魔道具を使い捨てのように使っているからそれを勘違いしてしまったのかもしれない。
錬金術士が作れる人工魔道具ならともかく、作ることが出来ない本物の魔道具をメインに商売しているウチとはそもそも顧客がかぶらないはずである。
そんなことを考えながら僕の店に覆いかぶさるような形で建っているスーパーイチローの入り口に向かっていると
「セージさ~ん」
と声をかけられる。
「あ、ティータさん……」
笑顔で声をかけてきたのはエルフ姫のティータさんだった。超絶美人でスーパーナイスバディーのティータさんが『すくーるみずぎ』を着ている。
『すくーるみずぎ』はティータさんの胸部に特にフィットしてぱっつんぱっつんだ。理由は説明しなくても分かるだろう。
この服は何か集客効果でもある魔道具なのだろうか? 僕の鑑定ではそのような魔法効果は無いと思うのだが。
「何処に行かれるんですか?」
スーパーイチローに偵察とは言い難い。そうだ。
「開店のお祝いに勇者様にご挨拶したいなあと思いまして」
「まあ、そうなんですか? すいません。実はイチロー様はちょっと出かけていまして」
「あ、そうなんですか。出直そうかな?」
僕が帰ろうとするとティータさんが引き止める。
「折角ですのでスーパーイチローを見に来ませんか? 私がご案内しますよ」
「え? そうですか。そ、それじゃあ。どんな魔道具が売っているか興味がありますので」
「はい! 是非!」
ティータさんに笑顔で答える。勇者様、いやイチローは敵だがティータさんはそうではない。
僕はティータさんとスーパーイチローに入った。
「す、凄い繁盛ですね」
「そうでもないですよー。勇者様が手がけたアキーバの町の『めいどバー』はもっと流行ってますよ」
「えええ? 宿屋が並んでいたアキーバの町を変な……もといオシャレなバーだらけにしたのって勇者様だったんですか?」
「ええ、そうです」
イ、イチロー恐るべし。だが魔道具屋の営業はそれほど簡単ではないはず。
「お、あっちは人工魔道具コーナーですね。大賢者様が作られた魔道具かあ。見ていいですか?」
「はい。もちろん」
人だかりができてるぞ。どれどれ。どんな便利な魔道具が売られているのかな。これは?
「な、なるほど。この魔道具は光を魔力を貯める性質がある石に光の魔力を貯めて作っているものですね。これならランタンが無くてもダンジョンを昼間のように照らすことができるぞ。いや形状からして家庭用なのか? 蝋燭が無くても明るくなるし」
「セージさんは流石ですね。新しい人口魔道具なのに一目で効果を言い当てちゃうなんて。勇者様が『けいこうとう』と名づけました」
「『けいこうとう』?」
「蛍の光の灯りと書いて『けいこうとう(蛍光灯)』です。素敵でしょ?」
勇者のセンスが素敵かどうかは分からないが素晴らしい人工魔道具だ。
「ちょっと触っていいですか?」
「ええ」
魔力の貯まり具合を確認するために『けいこうとう』を爪で叩く。いい音だ。
「2000時間ぐらいは光るのでは?」
「セージさん凄い! ピッタリです」
凄いとはこちらの台詞だ。大賢者アクア様はアルケミスト(錬金術士)としての高名も伊達じゃなかった。
しかし、これほどの魔道具を安く買うことはできないはずだ。
「『けいこうとう』はおいくらなんですか?」
「980エーンです」
「えええええええ!? 980エーンだって!? か、買います!」
「毎度ありがとうございます」
ち、違う。買い物している場合などではない。人工魔道具とはいえ、この魔道具が980エーンだって? なぜ、ちょうど1000エーンじゃないのだろうかとか疑問もあるけどとんでもなく安いぞ。
例えば、ウチで売っている『月光花のブローチ』比べると、月光花を採取してくれる冒険者さんや冒険者ギルドさんに支払うお金も考えると7000エーン、いや6500エーンより安く売ることは出来ない。
しかも光る時間は100時間足らず。
「この光の魔力を貯める性質がある石はエルフの森公国で多く採掘できるんです」
なるほど。そういうことか。ティータさんの国であるエルフの森公国の素材を使って、アクア様が魔道具を作り、勇者のネームバリューで大量に売る。
安く出来るわけだ。
「ティータさんこれは?」
僕は隣にある魔道具を見る。『けいこうとう』よりは複雑な構造で値段も2万エーンと書いてある。先端が広がっているけどこの筒状の部分は風の樹だ。風の樹もエルフの森公国で生えている樹木でやはり風の魔力を蓄える。
「この筒状の部分が風の魔法の効果を発揮させて空気を吸い込む構造になってるのかな? 吸い込んだものは後ろの箱にたまると。何のための魔道具なのだろうか?」
「これは『そうじき』です」
「『そうじき』ですか。ということはお掃除に使う魔道具ですか?」
「ええ。そうです。風の樹に込めた魔力が無くなったら、この筒の部分は取り外すことが出来ますので交換すれば、また使えます」
うーん。凄い。ホウキとチリ取りがあれば、別に要らない気もするけど2万エーンなら買っても良いかもしれない。
「この台の魔道具は何ですか?」
「『こんろ』と言います。セージさん何に使う魔道具が当てることが出来ますか?」
「ふーむ。ここに火竜の鱗がはめてあるのですね。とすると~ここから火が出てくるのか? 分かった! きっと料理だ! カマドですね」
「正解! セージさん、本当に凄いです。『何でも鑑定士』と呼ばれているだけのことはありますね!」
「いや、それほどでも……」
褒められるのは悪い気がしない。『すくーるみずぎ』を着た超絶美人エルフからなら、なおさらだ。
「ウフフ。じゃあセージさん。これはなーんだ?」
「よーし絶対に当てるぞぉ! 貯水石に金属がついてるな……。あ、分かった! これはきっと一々井戸にいかなくても、ここをヒネれば、いつでも綺麗な水が出てくる魔道具なんだ。便利だなあ」
「すごーい! 流石セージさん! 略してサスセジです! セージさんのお店が無くなって一緒に働きたいなあ」
「エ、エヘヘ……それほどでも。一応、前回の鑑定士大会優勝者ですけど。エヘヘヘヘ」
「ちなみにこの魔道具は『ジャグチ』っていうんですよ」
「蛇の口……ですか」
なんか不吉な名前だなあ。
「今ならたったの1万4800エーンですぅ」
ティータさんは僕の腕を掴みながら上目遣いで『ジャグチ』の値段を教えてくれた。安い!
◇◆◇◆◇◇◆◇◆◇
「セージ君、偵察でしょ? どうして買ってくるのよ」
ううう……。スーパーイチローが建って以降は全くお客さんが来ないのに、結局『けいこうとう』も『そうじき』も『こんろ』も『じゃぐち』も買ってしまった。
いや、買わされてしまったのかもしれない。
「で、でも確かに生活は豊かになるよ。これ」
「お財布は寂しくなったけどね」
「分かったことはさ。廉価な魔道具や人工魔道具では全く歯がたたないよ。鑑定が必要な美術的な価値もあるような高級魔道具以外は太刀打ち出来ない」
「偵察しなくても分かってたことじゃない」
「いや、まあ。でも方針は決まったじゃないか? チラシに高級魔道具の絵を入れて対抗しよう!」
この時、まだ僕は高級路線の魔道具を売っていくという差別化をはかれば、何とかなると思っていたのだ。