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僕が忘れた君へ  作者: Yi
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1.連絡

六月の中頃、家に電話がかかってきた

「朔也、あんたにだって」

居間のソファで寝そべっていた僕に、母さんが子機を投げつけてきた。僕は「誰から」と聞いたが「さあね」とだけ冷たく返された

このご時勢、携帯電話ではなく家の電話に僕宛でかけてくるなんて、どうせ宗教の勧誘かハローワークだけだろう

僕は億劫になりながら、子機を耳に当てた

「はい、もしも」

「何で昨日こなかったのよ」

僕の言葉がさえぎられ、女性の声が聞こえた

それはとても聞き覚えがあって懐かしいものだったが、僕はすぐに思い出せず、言葉が詰まった

「ねえ、聞いてるの?なんで中学の同窓会に来なかったって言ってんの」

「・・・あ、あー」

同窓会と言うキーワードで、僕はようやく声の主の顔が思い浮かんだ

「育子だよな?」

自信満々の僕の答えに、今度は彼女の言葉が詰まった。やがてため息がひとつ聞こえると「あなた私のことも忘れていたの」と、あきらかに声から先ほどよりも怒りの感情がひしひしと伝わってきた

「そんなわけないよ、覚えているって」

「・・・まあいいわよ。朔也、あなた今何しているの?」

「別にこれといって何も・・・」

「じゃあ今から会えない?」

僕はふと時計を見た。一時半。時間的に早くも無ければ遅くもない、会うにはちょうどいい時間だった。おまけにニートの僕には予定も無い

だがなんとなく彼女と会うのが億劫で、僕はあーうーとうなりながら言い訳を少しずつ述べだした

「残念だけど、今からちょっと用事が」

「なんの用事よ」

「えーとだから、あ、お使い!ちょっとかなり遠くの電気屋までお使いたのまれていて、今からいかなきゃいけなくて」

「じゃあ夜はどう?」

「あー夜はその、えーと親戚の法事もどぎの集まりがあって、だから今日はごめんだけど・・・」

「わかった。じゃあ明日の二時に駅横のマックでね」

「え」

育子はそれだけ言うと電話を切ってしまい、僕は異論を唱える余地も与えられず、プーップーッと虚しい音だけが耳に響いた

僕はその場に子機を持ったままうなだれた

育子は僕の中学校からの同級生で、高校時代の彼女。当時からそりゃもう強気で僕の意見は聞き入られたことなんて一度も無く、僕は育子の言うことに絶対だった

もし明日すっぽかせば、育子はかならず家に乗り込んでくる。彼女はそういう女だ

「母さん、俺明日風邪引くよ」

台所で食器を洗っていた母さんは、俺の顔をみるなり「無理だね」とだけ嘲笑った

「喰うだけ喰って一日中家でごろごろしている男が、病気なんかするわけないでしょ」

母さんの言い分がもっともすぎて、僕は素直にしょぼくれた





僕は今働いていなければ学生でもない。いわゆるニートだ

高校、大学とストレートに出て、何の変哲も無い印刷会社に勤務して、あっさり辞めた

その後も職を転々としたがどれも長続きせず、最後に働いた運送業者を辞めてもう一年近くになる

しだいに父さんは口を聞いてくれなくなり、母さんには冷たくあしらわれ、妹に小馬鹿にされ続けたがもう慣れてしまって何も感じなくなった

二十五と言う自分の年齢を考えると、事態は思っている以上に深刻なのかも知れないが、焦る気持ち反面、僕はどうにかしようと行動は取らなかった

決して今の廃人生活が気に入っているわけではない。ただ、やる気のない臆病者なだけだった

そんな暮らしで、もう半年ほどろくに他人と接触しないでいると、ちょっと外にでて近所の人とすれ違うのすらびくびくしてしまう

この状態で、いきなり他人とマンツーマンでちゃんと会話が出来るのだろか。ましてその相手が育子だ。もう八年近く会っていないが、あのときの恐怖は体に染み付いている。僕が逃げるように別れた過去も、まだ忘れてはいない

僕はきっと、また育子の言うがままにされるんだ。絶対王政の復活だ。今更なんの用なんだよ、本当に勘弁してくれ

僕が自分の部屋で逃れられない苦痛に悩んでいると、コンコンとドアをノックする音がした

妹の望がメロンパンを抱えて入ってきた

「兄ちゃん、ちょっといい?」

「なんだよ」

望はパンをほおばりながら、僕に一枚のはがきを見せてきた。

「これ、茶箪笥の上におきっぱだったけどさ、よく見たら同窓会の案内じゃん。しかも昨日。行かなかったの?」

「俺が外出すると思った?」

「まーそうだけどさ、念のため」

「行かなかったよ。・・・ちょっと行きたかったけど」

「ふーん」

望はさほど興味などなさそうにはがきをプラプラさせ、僕の机の上に置いた

そうしているときもパンを食べる手は休めない。だから太ってきているんだよ、と言いたいがキレられると迷惑なので言葉を飲み込んだ

「そーか。だから育子ちゃんから電話きたのか!」

「なんで知っているんだよ」

「お母さんから聞いたもん。昔、よくうちに電話かかってきていたから、覚えているんだって。ヨリ戻したんだー」

望の追い討ちに僕はさらに頭を抱えた

どこまで話が飛躍されているのか知らないが、ここで誤解を解いておかないと、後々大変なことになるだろう予測は出来た

育子を僕の許可無しで家に招いたりすることもありえる。そうやって家族との繋がりを強くされると、切っても切れない関係になってしまうじゃないか

それだけは確実に避けたい

「あのな、ヨリなんて戻していません。確かに明日ちょっと会うことになったが、それも俺の合意ではありません」

僕は精一杯の否定をした

「なんだ。まだ逆らえないんだ」

望は僕を指差すと、楽しそうにケラケラ笑った。

僕はちょっと腹が立ったが事実は事実で言い返せず、望とは逆を向いてベッドに寝転がった

「今頃何の用事なんだろうね、育子ちゃん」

「さあな」

それだけ答えると、望はさっさと部屋から出て行った

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