紛い物
辺りは静まり返っていた。
巨大な竜の紛い物は、跡形もなく砕け散って
埃の代わりに、辺りに積もっていた。
心臓石が爆発したのか。
鈍く回り始めた彼の思考は、のろのろと状況を把握し始めた。
心臓石の中には、思ったよりも強い力がまだ眠っていたらしい。
ラレナが投げた石で、竜の口を塞がれ。
炎として辺りを吹き払うはずの力は、心臓石の中を巡り続けた果てに
行き所をなくして爆ぜたのだろう。
残っているものを探して、呆然と首を巡らせる。
「…ラレ、」
ひどく掠れた声が、彼の喉から漏れた。
竜のいた後ろの壁に、彼女が倒れていた。
その傍には、衝撃で刃の外れた短剣。
竜の背後を取っていたのか。
器用な両腕も、よく回る頭も、彼女のもとにはなかった。
「シス…ティ…、」
逆方向の壁に、彼がもたれるようにして事切れていた。
油断なく槌を構えていた戦士は、鎧ごと頭上から押し潰されていた。
「…ぁ、」
静寂だけを聞いていた彼の耳に、微かな呻き声が聞こえた。
「っ、レミュア!」
一気に身体へと血が巡りだし、彼は声のもとへ飛び急いだ。
「…ウィル、?」
頭を横たえるようにして、彼女は声のする方を向いた。
彼女の澄んだ瞳には、まだ微かな光が宿っていた。
「よかった、…、生きてたのね、」
眼を僅かに細めて、彼女が笑う。
いくつもの涙がこぼれるのを、彼は抑えられなかった。
「レミュア。早く、街へ戻りましょう、」
彼女の美しい唇は血に塗れ、形良く伸びた四肢はあらぬ方向へと曲がっていた。
それでも彼は手を伸ばして、彼女を背負おうとした。
彼女はまだ生きている。彼女だけでも、まだ生きている。
それを止めたのは、折れたまま翳された彼女の腕だった。
「レミュア、」
「…いいの、もう… 分かってるわ、」
赤い赤い色に沈みながら、苦痛に唇を歪ませながら。
それでも彼女は、笑って。
ぼやける視界に、拭った長衣の袖が涙で暗く染まった。
「ウィル…」
ことり、とまた、重さに従って、彼女の頭が彼の方を向いて。
「ごめんね、…私の、決断で、」
遠い遠い場所を見るように、目を細めて。
「そんなの…やめて下さい、そんなの」
彼は泣きながら手を伸ばした。
掴んだ肩は、消えかける熱を抱いて、まだ温かかった。
「僕達、仲間でしょう。決断は、皆でするものでしょう…」
置いていかないで。
すべてを背負って、いかないでほしい。
けれどその優しい眼は、静かに閉じられて。
「…ありがと、う…」
最後に、穏やかに穏やかに微笑んで。
彼女はそれきり、身体を横たえた。