戦闘
魔術師の手が、最後の魔術式を解く。
唸り声にも似た軋みを上げながら、久しく開かれなかった鉄扉がひとりでに開いていく。
その奥にあるものに見下ろされ、冒険者達はしばらくの間、時を忘れた。
扉の奥にあったのは、彼らが望んだものだ。
にも関わらず、彼らは惚けたようにそれを見上げていた。
幸い、竜がすぐに動き出すことはなかった。
胸に設えられた心臓石に光が灯る間に、彼らははっと我に返り、各々に隊列を取る。
竜と人との戦いが、始まった。
はじめに、レミュアが一歩踏み込んだ。
竜は反応し、鋭い爪を振り上げる。
すかさず横に飛んだ彼女の頬を掠めて、冷気を纏う飛礫が竜の右足を凍らせる。
ラレナが背後から忍び寄る。
彼女の短剣が石を繋いだ脚の継ぎ目を狙うのと、竜の蹴爪が氷の束縛を脱するのは、ほぼ同時だった。
彼女が背後に跳ぶ。
横から大槌が竜の身体を打ち据え、赤い髪を挟み損ねた刃が掠めて飛んだ。
岩を打った感触に、システィルが一瞬顔をしかめる。
ぴしり、と花崗岩の腹に、小さなひびが入り。
闖入者達の害意を認識した竜は、高く擦れる声で吠えた。
ようは、遺跡を守る石人形と同じ。
その威容にどこかで圧倒されている自身を感じながら、レミュアは竜の全身を見渡した。
いける、と彼女は思った。
思うことにした。
振り回す尾の速度は、見える程度だ。
様は、石人形と同じ。
石ならば崩せばいい。人形ならば、ばらばらにしてしまえばいい。
言うほど易くないことを空気で感じて、彼女の身体に高揚が湧き上がった。
「ぐっ、!」
肩当てを引きちぎり、竜の爪がシスティルの顔を掠めた。
その金属片もろとも、 石畳が壊され石礫が飛ぶ。
もんどり打って倒れる彼の後ろに、ウィルが立っていた。
「っ、うわ!」
積み木細工に似た音を鳴らして、回り振るわれる尾が無防備な痩躯に襲いかかる。
割り入った大剣が、すんでの所で尾を絡め取っていた。
「止めないで」
「っ、すみません」
詠唱を絶たれた魔術師は、即座に新たな詠唱を紡ぐ。
邪魔な小物を振り払うべく込められる力に、剣士の肩がぎしりと鳴った。
竜はひとつ。彼らは四人。
わずか一瞬ふらついた足を踏ん張り、システィルが体勢を立て直す。
竜が彼らを吹き飛ばそうとすれば、飛び来た短剣が革の翼に食い込む。
振るう爪で彼らをなぎ払おうとすれば、大槌が即座に割り込む。
次々と周囲を飛び回る小物たちを見下ろして、石榴石の眼が憤怒の光に燃えた。
そして竜の紛い物の頭脳が、ひとつの考えに思い至った。
竜はひとたび、動きを止めた。
燃える眼が、彼らすべてをぐるりと見回す。
朽ちた革の翼を羽ばたかせて、竜が大きくあぎとを開く。
存在しない息を吸い込むように胸を張れば、辺りの空気がもがくように揺らめいた。
反射的にラレナは、その開かれた喉目がけて、瓦礫を投げつけた。
がきり、と。
竜の喉が、石の塊を銜え込んだ。
石の塊と、生物にあるような柔軟性を持たない喉とが、偶然にも噛み合い、進退窮まって。
放たれるべき炎が、石の塊を溶かしながら竜の体内を渦巻いて。
竜は、その異物を噛み潰そうともがいた。
何度あぎとを開いて閉じても、鋭く太い水晶の牙は、それらより奥に詰まった異物へ触れることすらできない。
石の身体も、苦痛を覚えるのか。
苦しみもがくように翼を羽ばたかせ、尾で石畳を打ち払い、太い脚で地団駄を踏む。
熔けた硝子質の塊に、喉をぴったりと塞がれて。
柘榴石の眼が大きく見開かれるのは、苦痛にか、憤怒にか嘆きにか。
焼き尽くそうとしていた小さな闖入者達を前に、竜は何もできなかった。
冒険者達は素早く一歩引き、竜から距離を取った。
苦痛のまま辺りを薙ぎ払う尾や爪を前に、戦士達の剣は、槌は近づく機会を見出せずにいる。
短剣は弾かれ、放たれた光の矢は渦巻く炎に撃ち落とされた。
彼らは機会を伺いながら、静かに竜の自滅を待った。
竜が窮地を脱するのならば、いつでも再度躍りかかれるよう、得物を構えたまま。
無念に喘ぐ竜の眼を見つめたまま。
そうして暫く、時は止まっていた。
停滞は、不意に終わった。
ちか、と。
目に強い光が入ったような気がして、ウィルは目を擦った。
口を塞がれてもがく竜の心臓石が、一瞬強く瞬いた。
───刹那、嫌な予感がした。
「危なっ───」
叫ぶ間もなく。
彼の視界が、閃光に塗り潰された。