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星見遺跡

「シャルターンの星見遺跡?」


騒がしくごった返す酒場の片隅で、ウィルはラレナに聞き返していた。


冒険者は確かに銀貨でもって仕事をこなす者達でもあったが、

彼らのはじまりの者達のように、 冒険する者達でも、まだ確かにあった。


古代に栄えた文明が残したという、数多くの遺跡。

まだ暴かれないそれらの奥に潜り、残された財宝を得て。

あるいは、古代文明を解き明かす手がかりとなる記録や品物を得て、己の知識欲を満足させる。

そんな遺跡荒らしの側面をもまた、冒険者達は持っていた。


「ええ」


魔物退治から暫く後。

丁度いい仕事もなく、暇を持て余していた彼らに

ラレナが提案したのが、その遺跡の探索だった。


「でも、ラレナ」


読んでいた本から顔を上げて、ウィルは首を傾げてみせた。


シャルターンの星見遺跡。

古代人が星を見るため造り上げたというその遺跡の名は、冒険者の界隈ではひどく有名なものだ。


彼らが今いる大きな街の、丁度すぐ近くにあったために、真っ先に冒険者の標的となった。

多くの冒険者達によって何度も掘り尽くされ、道から部屋から、隅々まで情報が流れている。

財宝や記録はすべて持ち出され、街に近いために魔物も居着くはしから退治され。

既に空っぽでなにもない、というのが冒険者達共通の認識だった。


探索の練習でもないだろうに、どうしてそんな場所へ?

至極最もな彼の疑問に、 彼女は意味ありげに笑って応えた。


「それがね、」

悪戯っ子のような笑み。


勿体ぶって出てきた次の言葉に、彼は驚いて本を取り落とした。


「竜!?」

「しっ、声が大きい」


彼の驚きも無理はなかった。

彼女は、こう続けたのだ―――


あの遺跡には竜がいる、と。


竜。

巨大な翼で空を舞う、蜥蜴に似た生き物。

だがその力強さも恐ろしさも、蜥蜴などとは比べ物にならない。


太い尾のひと薙ぎは千人の兵を吹き飛ばし、鋭い牙の揃う口から放たれる炎の息は万人の兵を焼く。

輝くものを溜め込む習性を持つと言われ、財宝を求めて冒険者が挑んでは夢破れてきた。


竜とは力の権化とも言える存在であり、

多くの人々にとっては、正に生ける災厄であった。


だからこそ冒険者達はこぞって竜殺しの栄誉を求め、王国の戦旗には竜が描かれた。


そんな生き物が、かの有名な遺跡に生きていると、彼女は言うのだ。


「ま、待ってください、」

ラレナの情報収集力は彼ら全員の信用するところだったが、今度ばかりは信じられなかった。

そんなものがどこからかやってきたとして、冒険者の間で噂にならないはずがない。

いや、噂どころじゃない、人々の間で大騒ぎだ!


狼狽える彼を見て、彼女は面白そうに笑った。

「竜といっても、本物じゃないわよ」


「本物じゃない?」

息を整えながら、訝しげな目で彼女を見る彼。


「ええ。

あの遺跡には、隠された階層があるの。


その中にね、まだ眠っているのよ。

古代人が竜の力に焦がれて造り上げた、竜の紛い物が」


どうせ何もないと思って、きちんと探されてなかったのね。

そう、彼女は笑う。


分からない話ではない。

先に多くの冒険者が漁ったとなれば、隠された階層を見つけられるほど腕の立つ冒険者は、寄り付かないだろう。


それでも、十分に驚くべき話だ。

あそこに何もなくなるまでに、床を剥ぎ砂を浚った数多くの冒険者達の目から、

隠れおおせてきた場所が、あの遺跡にあるとは。


「お、密談か?」

話しているのを見つけたシスティルが、足を止める。


「竜退治の話だそうですよ」


「へ?」

話を聞いた彼も大声を上げそうになって、ラレナに止められていた。


騒がしい酒場は、 意外と密談に向いている。

とはいえ、地図を広げて探索の算段をするには、騒がしすぎて向いていない。


レミュアを交えてウィルの部屋に集まり、改めてラレナが内訳を説明する。


見つけられたのは、偶然だったという。

探索の練習にと遺跡を訪れた若い冒険者達が、偶然にもその階層へ至る鍵を踏んだのだ。


竜を模したものの記述を見つけ、恐れをなした彼らは

盗賊たちにその情報を高値で売った。


自分で竜の紛い物に挑めるなど、いつになるか分からない。

それまでには、誰か他の冒険者がその階層を見つけているだろう。


それなら、情報が意味を失わないうちに、高く買ってくれる所に売ってしまえ。

彼らは、そう考えた。


そうして、その情報はラレナの所へやってきた。


「へぇ、すごいじゃないか」

システィルが、釣り込まれるように言った。


竜の紛い物。

鉄と石塊に竜の力を与えるため、その心臓には

強大な力を秘めた魔石が使われているという。


然るべき伝手に売ることができれば、ひとかどの財産になる。


それだけではない。

システィルはウィルの顔を見た。


もしも魔術に使ったならば、この魔術師が

大魔導師の力を手に入れることもできるかもしれない。


「ええ。面白いわ」

レミュアの声は、少しだけ弾んでいた。

彼女は、システィルとは違うものを、この探索の先に見ていた。


数いる冒険者の一人である彼女らにとって、これはまたとないチャンスだった。


もしも竜の紛い物を打倒し、その心臓石を奪い取ってきたならば、

彼らの名声は確かなものとなるだろう。


決して容易くはなかった。しかし、挑む価値はあった。


そしてなにより。

まだ誰も足を踏み入れたことのない階層へ踏み込むということそのものが、彼女の心を躍らせていた。



「………」

探索の段取りに沸き立つ、冒険者達の中で。

魔術師ウィルがただひとり、どこか浮かない表情でいた。


「どうしたの?」

そっと微笑んで、レミュアが彼の顔を覗き込む。


「レミュア」

間近に迫った瞳に、高鳴りそうになる心臓を押さえて。

決心して、彼はリーダーに言った。


「やはり、危ないです」


竜の紛い物は。

古代人が造り上げ、態々星見台の奥の奥へと隠したのだ。

本物には遠く及ばずとも、強大な力を持っているに違いないし、彼らはそうであろうと期待して挑むのだ。


「今の僕らには、まだ厳しいと思います」


「後になってからでは、遅いわ」

情報などというものは、いくら隠しておこうとしても、どこからか漏れてしまうものだ。

冒険者の間で噂にでもなってしまえば、瞬く間に広まっていくだろう。


「でも、レミュア。 … 無謀に思えます。あまりにも、」



次の言葉を続けようとした彼の瞳を、彼女が覗き込んだ。


「ね、ウィル」

彼女の髪が目の前で揺れて、彼の心臓がどきりと高鳴った。


「厳しいのは、分かっているわ。

 けれど…


 ただ挑んでみたい、見てみたいの。

 剣士として。冒険者として。


 そんな理由で貴方達を巻き込むなんて、身勝手だとは思っているけれど」


そう言って立ち上がった彼女の姿が、あまりに美しかったので。

彼は、後に続ける言葉を詰まらせてしまった。


その時、彼が彼女を強く止めていれば。

もしかすれば―――


けれど、彼らは立ち上がってしまった。

向かってしまった。


シャルターンの星見遺跡の、竜のもとへ。


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