冒険者たち
四人の旅人たちが、陽の射す街道を歩いていた。
旅装の傍らに、各々の武器を携えて。
細い長剣。大剣。弓と短剣。大槌。
兵士というには、揃わない格好の者たち。
冒険者。
力ある旅人。英雄となり悪漢ともなる、各々の目的がため人々の問題を解決する者たち。
彼らは次の仕事を求めて、街から街へ歩いていた。
「ありますかねぇ」
中間を歩く長衣姿が、暢気な声を出す。
「何が」
前を歩いていた赤い髪の女が、軽く振り返って問う。
「仕事」
あまり危機感のなさそうな次の句に、彼女は大きくため息をついた。
「あのねぇ。ないと困るのよ」
「まあまあ」
呆れた様子の彼女を、大槌を背負った男がたしなめる。
「見つかる時は見つかるし、
躍起になっても見つからない時は見つからないさ」
言われた彼女の半眼が、じとりと男を見返す。
「…見つからない時、どうするか考えてる?」
「少しは」
「街が見えてきたわ」
三人の言い合いも、もう一人の女が前を指したことで自然に収まった。
街を赤々と照らす夕日に、女の背負った大剣がきらめく。
「宿を取ったら、酒場で仕事を探しましょう」
冒険者の酒場。
飲食店であり集い場であるその場所は、そう呼ばれている。
私兵を持たない人々が、解決できない問題。
あるいは私兵を持つ貴族や大商人が、自分の兵を動かしたくないような、
足並み揃った兵達には向かないような問題。
例えばそれは狭い洞窟での魔物退治。
例えばそれは貴重な薬草を摘むための護衛。
見知らぬ光景を求め、竜の足元にある財宝を求め。
旅をしてゆく道すがらに。
そういった問題を、力と経験で解決して回り始めた少数の者達が、
やがて誰ともなく冒険者と呼ばれた。
彼らは街から街へ、住む場所にとらわれず渡り歩いてゆく。
初めは一宿一飯の恩義に報いるためだっただろう仕事が、
やがて銀貨を仲立ちとするようになり。
やがて、その仕事自体を生業とする冒険者が現れはじめ。
住む場所にとらわれない、あるいは住む場所によって守られない彼らは、
数が増えるに従って、多くの問題をも起こすようになった。
彼らに困った人々が、あるいは約束を守らぬ人々に困った彼らが、
彼らを受け入れ、彼らと人々の仲立ちをするために作り上げたのが、
冒険者の酒場、であった。
「結構混んでるわね」
「あっ、でも仕事も多そうよ」
冒険者達でごった返す酒場の壁には、多くの張り紙が貼られていた。
店主の手で依頼の内容が纏められた厚い羊皮紙は、二組以上の冒険者が同時に依頼を受けないような仕組みになっている。
冒険者が仕事を受けると、店主がサインを入れて剥がし、彼らに渡す。
彼らはこの紙で仕事を受けたことを証明し、仕事を完遂すれば店主から報酬を受け取る。
何人かの冒険者が仕事を見繕ったり、使い古された紙から元の文面を探して遊んだりしている中を掻い潜り、重ねて貼られた紙をめくる。
薬草探索依頼。… 場所不明。以前に発見報告なし。詳細不明。発見者には1万銀貨。
護衛依頼。一ヶ月。50銀貨。
魔物退治。500銀貨…
「あっ、こら!」
「へへっ、隙ありだぜ、嬢ちゃん!」
他の冒険者に、横からひったくられてしまった。
「はぁ。全く」
良さそうな仕事だったが、早い者勝ちは早い者勝ちだ。
何も握られていない手を、彼女はひらひらと未練がましく動かした。
「…あら」
後ろから覗き込んだ剣士の眼が、張り紙を剥がした奥に留まった。
他の張り紙に埋もれてしまっていたらしい、一枚の紙。
領地を荒らす魔物を退治してくれ、という依頼。
報酬も依頼主も悪くないが、何かのはずみで他の張り紙に隠れてしまったらしい。
彼女は笑って、その一枚を剥がした。
「レミュア・エリスン、ラレナ・カーシー、
システィル・サーレイ、 ウィル…」
「ウィレムです。ウィレム・ノーガルド」
「悪筆だな、お前」
「…すみません」
店主が四人の名を確かめ、最後に張り紙へサインを入れて丸める。
リーダーの剣士、レミュア。
大槌を背負い三人を守る戦士、システィル。
追跡と鍵開けに長ける盗賊、ラレナ。
魔術師、ウィル。
その四人を一組として、彼らは冒険者をやっていた。
戦士は剣を振るえても、魔物の足跡を追えない。
魔術師は炎の玉を放てても、魔物と切り結べない。
独りですべてを修めるよりも、何人かで組んだ方が効率がよいとして、
数人で組んで仕事をすることが、彼らの多くの慣わしとなっていた。
「それじゃあ、明日は準備を整えて、明後日に出発しましょう」
リーダーの穏やかな号令が掛かれば、残る三人が頷く。
彼らを値踏みしていた店主の眼が、ひとつ頷いた。
翌々日───
彼らは魔物に荒らされているという村へ向かうため、森の中の小道を歩いていた。
先頭を歩きながら、ラレナは依頼主である地方領主の顔を思い出していた。
人の良さそうな、領主には向かなそうな顔の男だった。
「ラレナ、大丈夫そうか?」
すぐ後ろを歩くシスティルの声で、彼女の物思いは中断された。
「何かあったら言ってるわよ」
それもそうか、と頷く男。
「それ、何度繰り返したの?」
彼の横で、レミュアが笑う。
「仲がいいですね、二人とも」
そんな様子を、後ろを歩くウィルが茶化せば。
「あら、あなた達の方がずっといいじゃない」
すぐさま言い返されて、魔術師は照れて押し黙ってしまった。
「今日は、ここで野営にしましょう」
小さく開けた場所を見つけて、少し赤い頬を誤魔化すようにレミュアが立ち止まる。
「了解、リーダー。
仲がいいからって、夜の間に変なことしないでね?」
駄目押しのように茶化されて、二人とも今度こそすっかり真っ赤になってしまった。
ぱちぱち、と炎が爆ぜる。
獣除けの焚き火が二人の顔を照らし、眠る残り二人の姿を朧に浮かび上がらせる。
村は小さな村で、街道は通っているがひどく遠回りだった。
彼らは旅費を食うのを嫌い、森の中を進んでいた。
「はあ、冗談が過ぎますよ、ラレナは」
魔術師の細い手が、焚き火に乾いた枝をくべる。
「驚いたわね、少し」
困ったように笑う剣士の横顔が、赤々と照らされて
魔術師の長衣に包まれた胸が、ひとつ高鳴った。
「…レミュア」
燃える炎に目を落として、彼は何かを言おうとして。
「?」
穏やかに微笑んで、剣士が振り向いて。
「お疲れ様、交代の時間だぞ」
「うわあっ!?」
彼が言葉を続ける前に、背後から声が掛けられて。
彼は、次の句を引っ込めてしまった。
「…止めりゃよかった。システィルってば」
「…聞いてましたね、ラレナ?」
盗賊の舌打ちを聞きつけて、魔術師は大きな溜息をついた。