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第3話 radiate and beginning

お久しぶりです。亀通り過ぎた更新でスミマセン。

 目の前の壁が、崩れ落ちている。


「な、嘘、ちょ、待っ!?」


 言葉にならない言葉を叫んで結界から手を出そうとする兄。それを無理矢理掴んで結界内に押し込めた。体格差がある上、オレが張った結界の維持もありかなりキツイが、そんなことを言っていられる立場ではなかった。

 その一方で、思い出してからずっと頭の中に響く言葉が胸を締め付け続けた。「私は護るモノだから」という優しい声が、オレの後押しをしてくれた。

 右手が、熱い。守りたいんだ、亡くしたくないんだ、目の前で誰かを消えさせたくはないんだ。後悔が身体を動かした。ずっと、ずっと昔の感情が一気に呼び覚まされて力を増幅させた。


「っ止めるな!黎!!」


 我武者羅に動き回る慧夜に抱きついて、今ある限りの最大限の力を使って、渾身の声を絞り出して無理矢理この場を収めた。今にも結界から飛び出しそうな幼い兄は周りを見ていない。このままでは死にに行くようなものだった。


「とめるさ!バカケイ!おまえこそ死ぬ気か!」


 結界に土砂が積もった。崩れた遺跡の装飾品が降り注いだ。風属性だからこそ出来る荒技で、強度を重視した結界を保ち続けた。しかし、それでもダメだったらしい。


「何で、何でだよ!このままじゃ母さんも父さんも発掘隊の皆も―――!」


 慧夜の叫びが悲痛で、あの人の声が悲しくて、オレは―――


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「……矢張り、断られます、よね」


 冷たい慧夜の宣告に宮瀬は苦笑して頷いた。そうだろうと思っていた、という言葉を態度で雄弁に語る。なら何故来た、という目で睨む兄に少し頭を下げて再び宮瀬は説明をした。


「僕だって乗り気で来た訳ではありません。けれどこの調査だけは本当に生半可な人では付いて来られないので、一応お話だけでもと黎夜君の所に来てみたんです」


「……そんなに、大事なプロジェクトだったんですか?」


「はい、既にヴィレットとは数年前から話し合っていて、ほぼ内定しています。幾ら大国の中で一番弱っている国とはいえども、ここ数年は見違える物がありますし、これからの発展を考えると引き続きお付き合いを続けた方がいい国ですからね。あまり妙な方を連れて行くと無礼ですし、かと言って条件に匹敵出来た人なんて早々居なかったので」


 困ったものです、とお役所仕事のようなセリフを吐いて肩を竦めた宮瀬にオレは少し興味を抱いてしまった。そこまで国が内密に推し進めていたプロジェクト、本格的な内容が気になる。その興味に惹かれるままオレは宮瀬に少し尋ねてみた。我ながら好奇心には弱い。


「因みに一つ質問なんだけどさ、最初に行くとしたらどこなんだ?」


「黎夜!?」


 慌てる慧に行く気は無いから、と手を振って落ち着けさせ改めて宮瀬に向き直る。容赦無いなぁ、と彼がぼやきながらも位住まいを正した様子で、言ってくれるのかと少し期待。どうやら部外者の間はダメとかは言い出さないみたいだ。


「最初はやっぱ国内だね。で、暫くして慣れたらヴィレット。遺跡の数で言ったらあの国の方が重要度高いの多いし。その中でも恐らく一番初めに行くとしたら―――」


 暫く唸って指を空中でくるくると回した後、ホログラムの画面を展開して出した地図の一角を指差す。ヴィレットの地図を出されても土地勘なんてないんだがな、と呟きながらもそれを見つめ、そして驚愕のあまり目を見開いた。

 昔は白かったのだろうと分かる色をした、崩れかけた神殿。山奥なのだろう。鬱蒼とした森の中佇むソレは、酷く長い歴史を感じさせる造りだった。

 しかしそんな事はどうでもいい。今重要なのは―――


「……おい、宮瀬。ここの名前は?」


 信じたいが信じたくない。ずっと、ずっと願ってきた場所に酷似したあの場所と同じ形。右手の甲をギュっと抑え、制御が効かなくなりかけ熱を持ち始めた‘不思議な模様’を収める。

 オレの質問が意外だったのだろう。本気で困惑した声で首を傾げた宮瀬にオレは黙って目を向けた。


「え?何をいきなり真面目に―――いや、ここの名称はアイダーツ遺跡。風の王が建てたと言われる5万年以上前の遺跡で意味は―――」


aid ars(助ける術)……か?」


 高鳴る胸と、身体を駆け巡る緊張感。忘れかけていた色々な物が脳裏にチラつく。額を熱い右手で押さえ深く息を付いた。感動に震える心が涙腺すら緩めさせそうで、慌てて唾を飲んで落ち着かせる。

 ああでも、ここがあの場所であるならば、きっと彼女を見つける手がかりになる……!


「あ、知ってたんだ。じゃあここの用途とかは?」


「黎夜?」


 興味を持ったようで目を爛々と輝かせて尋ねる宮瀬と、横で不審そうにオレを見下ろす慧。何故答える?と本気で驚いた様子の兄を一旦放置し、ともすれば震えそうな唇でソレを呟く。思い出せ、あの場所で何があったかを。何を感じたのかを。そして、彼女と何を見たのかを。


「……避難所。豪雨の時氾濫する川から逃れた人が一時的に住む、堅固な岩で出来た白塗りの建物。日照りの時は中央にある池に貯水していたそれでどうにか賄っていた……であってる、か?」


 そう、豪雨の中必死に駆けてきた人間達を‘護るモノ’と‘癒すモノ’が支えていた筈だ。貯蓄しておいた僅かばかりの食料を皆で分けあって生きていた人々を、陰ながら見守るのがオレ等の役目。ほんの少しだけ手を貸して出来るだけ彼等の自立を促しながら、でも、それが無理な時代だった。

 ―――色々な物を犠牲にしてでも、未来を無理矢理に繋げていった。


「正解。ていうか良く知ってるねぇ。これ最近解明されたばっかなのに」


 面白そうな雰囲気を撒き散らす目の前の王子に、オレは俯いてた顔を上げ端正に整ったその顔を見つめる。コイツにこんな事、言いたくない。慧の前でこんな事、言いたくない。でも彼女を探すには、これしかない。

 一瞬目の前が揺らめいた。目が潤んでるのが分かる。そうだ、これは慧に対する裏切りだという事も重々承知している。けれど、どうしてもこの望みだけは譲れなくて、葛藤も殆ど考えないようにして終わらせて宮瀬に、そして何よりも罪悪感募る気分で慧夜に頼んだ。


「……なあ、宮瀬。お前のその依頼、受けさせてくれ」


「っな!?黎夜!?」


「っ!?唐突にどうしたの?」


 大きく肩を揺らした兄に心の奥底で土下座しながら目は宮瀬から離さない。悪い慧。これだけは絶対に成し遂げたいんだ。これが‘オレ’の目指す場所への一番の近道になるんだと、真実を言う事は出来ないけれど、多分嘘をつかない事は出来る。


 オレが彼女を探し出してから9年。その間、オレはいつまでも夢であの人を見続けた。いや、見続けている、の方が正しいんだろうな。

 その中の彼女はいつも同じで、でも偶に違う顔が映った。殆どが楽しそうに無邪気に笑った顔ばかりが思い返される中、あの契約を考えてしまう日の夜は必ず泣き笑いの顔が離れなくなった。翠の瞳が、悔しさと恐怖と、そして安堵に歪むあの瞬間を。目の前に映ったそれに、動けなくなる‘オレ’を。

 何故オレが此処に居るのかと、いつまでもオレが‘オレ’を責め続けるあの夢はきっと、彼女に答えを貰わない限り終わりはこないんだろう。


 突き刺すような黒々とした慧夜の目が痛い。本気で驚いた様子の宮瀬が何故だと疑問を訴える。自分が誘ったのにその目はないだろう、と頭のどこかで考えつつも気がついたらオレの口は一部を伝えようと躍起になっていた。


「……詳しくは、今は話せないけど、あの遺跡はオレがずっと探している人の手がかりになるんだ。そうじゃなきゃあんな所、この図太い神経を以てしてでも二度と行きたいと思わねぇ。けど、さ、あの人探す手がかりに少しでもなるなら、宮瀬について行きたい。あの人見つけねぇと、後悔が消えないんだよ…………わりぃ、慧。身勝手な事だってのは重々承知してるけど、これだけはお前の頼みでも譲れねぇんだ」


 一息に言える事は言った。後は、慧夜に泣いてでも拝み倒して、オレが覚悟を決めるだけ。

 全てを後伸ばしにするために失った彼女に、もう一度礼を言いたい。あと一度だけでいいから、奇跡が起きて欲しい。約束された予定表をも越える、全てが完全なハッピーエンドを見たい。憎んだ、憎くてたまらない自分自身を、今度こそ正当化したい。

 その為には多分、唯一の家族である慧を一番傷つける。今までの恩を、仇で売るような行為だろう。それが、今一番悔しい……


「…………お前、自分が何を言っているのか意味を理解しているんだな?」


「してる。本当ならこんな事バカのやる事だってのも分かってる」


 眼鏡の奥から見えるオレと同じ色の瞳が鋭く光る。今まで親が居ない中オレを必死に育ててくれた兄貴だ、考えてる事位すぐ分かる。なんのつもりだ、そう問いかける目に対して浮かぶ言葉が謝罪しかないけど、ここで謝罪しても根本的には変わらない。なら、全部片付けてから改めて謝りに来よう。


「…………正気なんだな?」


「勿論。お前にこんな冗談言った事ねえだろ?」


「…………後悔、はしないな?」


「いや、もうしてるよ。お前に対して恩を仇で返してるようなモンだしな。でもこれは後悔して止められる問題じゃないんだ……オレだけの問題じゃ、無いから」


 彼女を望む、沢山の人がいる筈だ。例え今彼女の事を覚えていなくても、彼女が消えた事を知らなくても、彼女はオレ等に憧れを抱かせる存在なのだから。


「……遺跡、怖くないのか?」


「……怖いよ、正直今までどうでもいいって思ってた宮瀬と行くのでさえ怖い。出来る事なら一人で行きたいさ」


 一瞬宮瀬が微妙な顔をしたのが見えたがそれに構わず慧を見つめ返す。両親の代わりにオレを育ててくれた兄だ。本気で申し訳ない。


「でも行きたいんだな?」


「ああ」


 確認の言葉に即答して頷く。するとはぁーっと盛大にため息をついて慧がソファの後ろへ反り返る。


「あーもう、分かったよ。好きにしろ」


 へ?とこんなにもあっさり許可が下りると思っていなくて思わず確認をしてしまった。過保護とも言える程オレの行動に対して慎重な慧がこんなにもあっさり?


「いい、のか?」


「但し、出来るだけでいい。理由話して行け。人探しだって事は分かったが、それ以外が全く分からん」


 ……いや、確かに「詳しく」話せないとしか言ってなかったな。少しなら話せると墓穴を掘ってしまったようだ。宮瀬もなんだと言わんばかりに大人しいものの目を輝かせている。


「強いて、言うなら…………聖痕(スティグマ)持ちの性、か?」


「え?待って黎夜君?今、何て言った?」


 聞き捨てならない、と思わずといった具合に声を上げた宮瀬をチラリと一瞥して溜息をつき、ガシガシと髪をかき回す。コイツ、これは調べてなかったのか。


「何って、オレ聖痕(スティグマ)持ちだぞ。ほら」


 そう言って右手の甲にある紋章を浮かび上がらせる。鳥のような形をしたそれの色は、風属性を示す緑。


「……え、ええ!?ちょ、嘘そんな事調べた時出てこなかったけど!?」


「そんなの知らん。兎に角、オレ等みたいにコレを持ってる奴はずっとある人探してるんだよ。……この能力の中でも、一番強くて一番弱い人物をな」


 彼女は強い。鉄壁の城塞をも凌ぐ防御力を持ちながら、他人を守りすぎて自分を護ろうとしない、見ていて痛々しい程生傷の絶えない‘護るモノ’。彼女の事だから間違いなく目立つ行動で知っている人を圧倒させているだろうし、聞く人に聞けばきっと簡単に見つかるだろう。

 だが、それも探さなければ分からない。


「ちょっと待て。それはその能力を持っている者の習性……みたいな物か?」


「まぁ言い方変えればそうだな。無意識に求めてる場合と意識的に探してる場合と2パターンあるが……オレは後者だな。上位属性だし」


「……あの、黎夜君。色々単語が分からないんだけど、上位属性って何?」


 米神を押さえて疑問を投げかけて来た宮瀬に慧もが同意する。ああ、ここ数年で自分の常識が狂ってるのを久しぶりに自覚する。そうさ、オレはずれている、何か悪いかこんちくしょう。


「あー……聖痕(スティグマ)持ちって、上位と下位の能力に分かれてんだよ。威力とか、出来る事とかの差で。で、オレの能力は‘魔力抜きで風を操る’から出来る事が広範囲な訳だ」


「それで上位か……お前、何で今まで俺にも言わなかったんだよ」


 拗ねたような声を出した慧に思わず溜息をつく。そうだった、コイツ変な所でガキだった。

 兄の残念な所が久しぶりに浮上した事に頭痛を覚えた。


「言っても他に聖痕(スティグマ)持ち居ねぇんだから意味無いだろ。この国、今皆無なんだろ?」


「先代ミッテルラント軍副団長が亡くなったお陰で、ね。ていう事は黎夜君が唯一かぁ……うわ、陛下に報告しないと」


「なんっで申請した筈の事が上に伝わってねぇんだよ。この国に定住する事決まった時報告した筈だぞ?」


 それにうっと詰まった宮瀬にフ、と鼻で笑ってやる。お役所仕事の自覚があるのだろう。凄くバツが悪そうだ。


「兎に角、言えるのはそこまでだ。あと他に情報欲しかったらオレよりも上位の奴を探す事だな。下位だとオレが言わなかった情報は多分持ってねぇし」


「色々ツッコミたいんだけど……まぁ口割ってくれなさそうだしいいや。受けてくれるなら、はい承諾書。慧夜さんも保護者としてサインをお願いします」


 諦めた様子で、でも万が一意見を変えられたら困る、という思惑がありありと見える行動にオレ等兄弟は揃って噴出した。


「はいよ。あ、正式なサインだよな?」


「そりゃ国に提出するんだからね」


 宮瀬の呆れたような声を聞き流し、オレは四角く縁どられた欄に右手を走らせる。


‘黎夜・九条・アインスハルト’と。

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