プロローグ desire and oath
この作品は『Silver breaker』とリンクしています。
暫くは接点がありませんが、メインはそちらなのでそちらも目を通す事をお勧めします。
ずっと、叶えたいと想い続けた願いがあった。
「ひ、め、さ、ま?一体本日はどちらへ脱走されたんでしょうか?」
「あ、あう……えと、その……いつから、気付いてた?」
自分の前で縮こまる、銀髪の少女。気が付くと城を抜け出して何処かへ行ってしまう危なっかしい姫君を今日も笑顔で迎えれば、戸惑ったような恐怖の顔を浮かべて上目遣いに見上げて来る。ドレスを握り締めた小さな手が不安さを醸し出す。一応反省はしてくれているらしい。
「いつから、というとそうですね……姫が門を開いた時から、でしょうか」
「それ最初からじゃない!?」
気付けなかった羞恥からなのか、顔を真っ赤にして叫ぶ姫は全くもって怒っているようには見えないが、拗ねている事はこの永い付き合いで分かっている。それにフッと笑い、握り締めた手を自分の手で開かせる。
「姫様、貴女に怪我でも負われたら困るのは私達なのです。窮屈なのは分かりますが、私達の願いを聞き入れてもらえないでしょうか?今度脱走したら、朝から晩まで監視しますよ?それとも手錠でもつけて部屋に拘束しましょうか?嫌だったら止めて下さいね?」
この少女の立場を鑑みれば、脱走などとんでもない、由々しき事態なのだ。本来なら、蝶よ花よと囲われ、世界の優しさだけを見ていれば良かった存在。
しかしそれは逆に、彼女の個性をも崩壊させてしまう。だから自分は脱走しても怒るだけに止める。いや、あの程度なら怒ったとも言わないのだろうが、少なくとも彼女に接する態度としては十分キツめだ。
それを分かっているのだろう。目の前の姫は、困ったようにはにかんだ。
「……君だけはいつも私に怒ってくれるね。他の皆は、いつも私を怒らない。同じ存在の筈の、お兄様達やお姉様でも……」
「怒れる訳が無いじゃないですか。貴女は全てを護って下さる末の姫君。誰よりも大切なお方なんですから」
寂しそうに揺れる翠の瞳。叱って欲しい訳じゃないけれど、特別扱いは嫌だと、自分だけ違うのは嫌だと切実な感情を訴えてくる。恐らくそれを知っているのは最も姫に近く創られた私と、姫の御兄姉だけ。
でも、あの方達はそれを知っていても怒れない。怒ることが出来ない。
「…………分かってるよ。それ位。けど…………」
俯く姿に、こちらも困る。泣かせたい訳じゃない。困らせたい訳じゃない。守りたくて言っているのに、いつも自分は守られる側だ。
「姫様、そんな泣きそうな顔は止めて下さい。忘れましたか?私―――いや、オレとの契約を」
「……ごめんなさい。大丈夫、覚えてるよ。全てが始まった時の為の、あの契約を忘れるはずが無いでしょう?」
そう、忘れている訳がない。これは彼女が持ち出した、世界すらをも巻き込む特大の契約。
神が定めた世界を揺るがす願いは、傲慢で、切実で、純粋な誓いとなって、自分達を容赦なく巻き込む。たとえ誓いを覚えていなくても、誓いを破らないように動かされてしまう。そんな願いとは……
「そうですか。良かったです。ならオレは契約に基づいて―――」
―――何万年後でも、貴女と貴女の鍵を探し続けましょう―――