Love3..出逢う前の二人
「懐かしい〜。毎日のように通ってたなぁ、この塾。」
大学受験のために、この塾で毎日勉強三昧だった。
となりで桃華が心配そうな顔で私を見つめている。
そりゃそうだ。
彼女にとっての私は同次元の私なのに、本当の私は未来の私だ。
変に映っているにちがいないはず。
「あ、南が丘の制服じゃん。南高の男子はレベル高いっていうけど、本当だよねぇ♪特にあの黒髪の…って、ちょっと咲良っ!」
綾人だ。
綾人。
綾人!
私はわき目もふれずに彼の元へと走っていた。
「綾人!よかった。心配したんだよ。きのうから連絡とれなかったし、何かあったんじゃないかって…私、あっ!家、来てくれたんだね。ありがとね、カレー…」
「ちょっ、ちょっとたんまっす!あの〜…誰、でしたっけ?」
「え…?」
ひゅ〜、ひゅ〜なんて、綾人の周りにいた男の子たちが彼をはやしたてていて、綾人は一人困った顔をしている。
目すら合わせてくれない。
やっぱり私は、いまこの空間に存在していない。
私は、まだ彼と知り合う前の時間に戻ってしまったのだ。
───
綾人と仲良くなり始めた頃、綾人はこんなことを言っていた。
「俺ら実は塾が同じだったんだよ。知ってた?」
私はもちろん知らないって答えたような気がするけど、綾人は嬉しそうに話してくれてたなぁ。
「塾の卒業パーティーかなんかでみんなでコスプレしたじゃん?その時可愛いなって思ってた子が、なんと大学の入学式の日に同じ学科の席にいて、俺もう、運命だって思ったんだよ。すっげ〜嬉しかったんだから。絶対仲良くなりたいって思ったもん!」
大学で出逢ってからの綾人は積極的で、押されまくっていた私は、気がついたら彼が大切な存在になっていたのだ。
何でも素直に気持ちを伝えられる綾人を心の中で尊敬していた。
たぶん一度も言葉にして綾人に伝えたことはなかったけれど…
本当だよ。
綾人。
───
「ごめん、桃華。私今日さぼるわ…」
心配そうな桃華を背に、私は一人屋上へと向かった。
「綾人…今ごろ心配してるかなぁ。」
未来の私は今、どうなっているのだろう?
綾人に会いたいな…。
─ガチャ。
「あ…っ、」
ドアから黒髪の南高生が入ってきた。
「綾人…。」
不思議だ。
今目の前にいるのは確かに綾人なのに、私たちはまだ出逢う前なわけで…。
でも今こうして未来の私は彼と目を合わせて、屋上にいる。
それにしても綾人若いなぁ。
髪も黒いし、制服なんか着ちゃってるし。
何か少し幼くて可愛いな。
「サボリっすか?実は俺もっす。」
敬語だし、なんか不思議。
それから自己紹介をして、高校生らしいたわいもない会話をした。
そうして彼はこう口にした。
それはまるで青天の霹靂。
ガラスのように強く反射して、真っ直ぐにつきささった。
「俺、今好きな人がいて。でも正直いま受験のことで頭いっぱいだし、どうしていいかさっぱりって感じで…。女心って難しいっすよねぇ。」
「……。」
「…って俺のことはどうでもいいんですけど、澤山さん、どこかで俺たち会ったりしましたっけ?さっきはちょっとびっくりしすぎて、何も言えなくてすいませんでした。」
「いや…全然。こっちこそ何か…本当…ごめんなさい。」
好きな人…
綾人に好きな人…いたんだ。
いるよね。
そりゃいるに決まってる。
むしろいなきゃ変だよ。
「…彼女、とかなの?その人って…」
「えぇ、まぁ…」
少し恥ずかしそうにうつむいて、はにかむ綾人を、苦しいと思った。
切なくて痛くて、好きだって強く思った。
───
綾人と出逢ったのは4月、初めての必修の授業だった。
綾人にとっては3度目の出逢いだ。
私は入学式の出逢いすら覚えていなかったから、これが彼との初めての出逢い。
高校の卒業式の日に、ずっとずっと憧れていた彼に振られてしまった私は、綾人と出逢った入学式の日も、下を向いてうつむいていたっけ。
妙にテンションの上がった彼に最初はついていけなかったの。
懐かしすぎる。
いつか仲良くなった日、綾人は言った。
「素敵な恋をしてたんだね。良い時間だったんだね。」
彼の言葉が何かすっごくじ〜んときて、抱きしめられているような気がしたんだ。
今思えば綾人を一人の男の子として意識し始めたのは、この瞬間からだったのかもしれないなぁ。
その後、綾人に実は塾の卒業パーティーで会っていたことを聞いた。
その夜も私は失恋から立ち直れなくて、下を向いていたのだけど、彼いわくそれが逆に目立って、気になったらしい。
もったいなかった。
下なんか向いていないでちゃんと前を向いていたら良かった。
そうしたら綾人にもっと早く出逢えていたのに。
卒業パーティーも、入学式も。
そうしたらきっともっと早く彼の良さに気づけて、もっといっぱいいっぱい綾人のこと好きだって思えた。
大好きだよって、恥ずかしがらずにもっと伝えていれば良かった。
───
屋上の手すりに手をかけて、私は彼に背を向けた。
「彼女とはちゃんと話し合ったの?」
「え、いや…何か連絡しづらくて…」
私は手すりから手を放して、今度は彼に前を向けた。
「ちゃんと素直な綾人君の気持ち伝えてきなよ。素敵な恋、だったんでしょ?きっと彼女と過ごした時間は良い時間だったと思うから…きっとできるよ。綾人君ならきっと。」
いつも優しくて素直で、素敵な君だから。
そんなところを好きになったんだから。
「分かりました。」
そう言って高校生の綾人は、屋上を出て行った。




