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第十話 航空総攻撃

 飛行第百九十一戦隊、桜隊の十二機の五式戦闘機は赤羽飛行場を飛び立った。目的地は九州の南端、指宿いぶすき北飛行場。洋上飛行を避けて内陸側の航路を取り、およそ千百キロメートルの距離を一日で飛ぶ。途中、エンジン不調の大谷伍長機と木村伍長機が中継地である伊丹に残ったので、その日のうちに指宿に着いたのは十機だった。


 指宿北飛行場は本土決戦のために急遽建設された秘匿飛行場の一つだった。沖縄にアメリカ軍の上陸が始まり、九州へ各地から特攻隊が続々と集結していた。主な出撃基地である知覧が手狭になってきたため、指宿北の使用が始まっていた。飛行場には北西から南東にかけて千二百メートルの草地の滑走路が一本あり、その周囲の松林に主な施設は隠されていた。実際のところ本格的な偽装が施されていたわけではなかった。が、上空から見た限り、本田はどこに飛行場があるのか一瞬迷った。そして近隣にある海軍航空隊の基地を目印に滑走路を見つけた。


 滑走路脇に吹き流しと着陸指示のT字板が出されると、伊吹を先頭に桜隊の各機は次々と飛行場に着陸していった。上空警戒をしていた本田と永野伍長が最後に降り立った。本田の五式戦闘機が誘導路を進んで、エンジンを停止させると、基地の整備隊が現れ、桜隊の戦闘機を押して松林の中に運び込んでいった。

 日の傾いた飛行場では、第六航空軍参謀の小林少佐が彼らの到着を待ち構えていた。飛行場司令への着任の報告もそこそこに、伊吹と副隊長である村瀬少尉が参謀に呼ばれ、打ち合わせを行うことになった。

「お前も来い」

 伊吹は、五式戦の胴体から荷物を下ろし一息ついていた本田を呼び、松林に隠された兵舎に連れて行った。


◆◆


「飛行場を銃撃ですか」

 伊吹は訝しげに言った。小林少佐と、伊吹、本田、村瀬の四人は松林の中の兵舎の一つでテーブルを囲んでいた。

「そうだ、地表の敵戦闘機を撃破して事前に迎撃の戦力を減らすのだ。第百飛行団の四式戦が十二機、海軍からも十二機の零戦が挺身攻撃をかける。百九十一戦隊からも出せないか?」

 小林少佐は部屋の真ん中のテーブルに広げた地図を指した。目標はアメリカ軍の手中に落ち、活動が始まっている沖縄北飛行場と中飛行場だった。

 伊吹はこめかみに手を当てて考え込むように下を向いた。

「沖縄での攻撃開始時刻が一八五〇(十八時五十分)だと、戻ってくるのは完全に夜になる。夜間飛行の上に地文航法が必要、そうすると……」

 伊吹は本田の顔を見た。

「……俺と本田だけだな」

「自分も行けます!」

 村瀬少尉が気色ばんだ表情で言った。

「焦るな村瀬。機会はこの先も必ずある。俺と本田は夜間の地上攻撃を何度もやっている。それに俺が帰ってこなかったら、中隊の指揮は副隊長であるお前が取るんだ」

 村瀬は唇をかみしめて下を向いた。伊吹は小林少佐に向き直った。

「少佐殿。二機出せます。命令であればもう何機か出しますが、そうすると明後日の総攻撃に支障が出ます。おそらくそちらが本命なのではありませんか?」

「その通りだ伊吹大尉。それで行こう、準備をしてくれ。それで総攻撃には君と……」

 小林少佐は本田の縛帯に縫い付けられた名札を見て続けた。

「……本田曹長も出撃するのか?」

「もちろんです」

「わかった、頑張ってくれ。それと伊吹大尉は私と一緒に指宿の海軍航空隊に挨拶に行くから準備しろ。今回の作戦は海軍との連携が重要だからな」

「了解しました」


◆◆


 翌日の午後三時頃、敵の艦上機八十機ほどが南九州一帯を襲った。

 主に攻撃されたのは海軍の特攻基地のある鹿屋だった。鹿児島湾の対岸にあり、すぐそばと言ってもいい指宿上空にも無数のアメリカ軍の艦上機が通過していく。しかし指宿飛行場が攻撃されることはなかったから、その間も伊吹と本田の乗機の出撃準備は進められていた。敵機が去り、出撃の時間になると二機の五式戦が松林の中から引き出された。五式戦闘機は両翼にそれぞれ二百リットルの落下タンクを懸吊し、機体の機関砲弾は満載にされていた。

 滑走路脇のピスト前に本田がやってきた時、伊吹はいつもの飛行服の上から救命胴衣カポックをつけ、その上から縛帯を装着していた。まるで海軍だ、と本田は思った。

 伊吹は本田を見て眉を顰めた。

「カポックはどうした」

「置いてきました。不要なので」

「今日からつけろと言っただろう。これは命令だ」

 自分が取ってきます!と永野伍長が走って宿舎に戻って行った。救命胴衣をつけると縛帯の長さの調整も必要なので、これで二十分ほどかかった。出発時間が遅れて焦る小林少佐をよそに、伊吹は平然と待っていた。

 夕暮れ空の下、伊吹と本田の五式戦闘機は小林少佐、桜隊の操縦者、指宿北飛行場の整備員、警備隊、そして出撃を知らされた近隣住民の見送りを受け離陸した。目的地は今や敵の根拠地となっている沖縄北飛行場だ。


 日没の近い真っ赤に染まった空を、二機の五式戦闘機は徐々に高度を上げていった。先行する伊吹に、本田が少し離れて続く形で緩い編隊を組み、トカラ列島の東シナ海側を進む。周辺の空には雲も少なく、沖縄上空も快晴との報告を受けていた。本田は行きについてはそれほど心配していなかった。唯一の問題である敵戦闘機の迎撃に遭遇した場合はそこで進撃は中止し、引き返すことになっていた。

 問題は帰りだった。伊吹は「俺と本田だけだな」と自信満々に言ったが、本田は夜間の海上の航法は、島が見えるはずとはいえあまり自信がなかった。

 それに目標の北飛行場は、第百飛行団の四式戦が先行して突入する手筈になっていた。そうすると本田と伊吹が到着した頃には、上空は蜂の巣をつついたような騒ぎになっているはずだ。フィリピンでは何度も潜り抜けてきたものの、米軍の凄まじい対空砲火の中に飛び込んだら生還は運次第。撃墜される可能性は高い。

 しかし、それはそれでいいだろうと本田は思った。

「帰りの心配はしなくて済むからな。ハハハ」

 本田は周囲を警戒しながら、操縦席の中でひとりごちた。一瞬、”ハハハじゃないよ?”という紀依の怒ったような顔と声が蘇ったが、目を瞑って脳裏から振り払った。


 指宿を離陸してからは五百メートルほどの高度で進んでいたが、奄美大島を超え、沖縄本島が見えてきたところで、本田は徐々に高度を上げ始めた。結局、迎撃の戦闘機には遭遇しなかった。日が落ちた空は、急速に暗くなっていた。

『サクラ〇一、行くぞ』

 少し前を進んでいるはずの、伊吹からの短い無線が入った。

「サクラ〇二、了解」

 本田も短く応えると、両翼の落下タンクを切り離した。二つのタンクはガソリンの尾を曳きながら落ちて行った。スロットルレバーを押し込み、本田の五式戦が緩降下を始めると、どんどんと速度が上がっていく。陸地が近づき伊江島上空を飛び去る時、眼下にはまさに雲霞の如く群がるアメリカ軍の船影が見えた。

 そして夕闇の北飛行場が迫ってくる。

 本田は、一瞬スロットルレバーから左手を離すと、首元のあの紺色のマフラーに当てた。同時に、上空から数機の敵機がかぶさってくるのを確認する。このままの速度で突っ込めば飛行場の銃撃終了までは捕捉されない、と判断した。

「さて……」

 本田がつぶやいた次の瞬間、視界が真っ赤になった。

 一斉に対空砲火が撃ち上がってきたのだ。まるで花火大会の只中に飛び込んだようだった。本田はスロットルを全開にして、その只中に突っ込んでいく。

 攻撃の機会は一回しかなかった。かなり遠くから射撃を開始し一航過で全弾を叩き込まなくてはならない。本田は昨日から飽きるほど見た偵察写真を思い出し、米軍機が並んでいるはずの場所に慎重に狙いを定めていく。照準器の中は迫り来る曳光弾や炸裂する高射砲弾の爆炎でいっぱいだ。

 計器盤に表示される対気速度が七百キロ毎時を超えた。凄まじい速度で突進する機体を宥めながら、本田は機首の二十ミリと両翼の十三ミリの合計四門の機関砲を撃ち始めた。先行する伊吹も射撃を始めているはずだ。しかし、正面に見える地上はあたり一面に光を放ち、シャワーのような曳光弾が自分に向かって浴びせられるように見え、判別はつかない。本田は機関砲の射撃とは別の衝撃を感じた。敵弾が、次々と当たっているのだ。しかし、回避はできない。

 みるみるうちに北飛行場の滑走路に近づき、その脇のエプロンに並べられている米軍機が見えるにつれ、本田は照準を修正し、その機体に向けて機関砲弾を打ち込んでいく。

 ちょうど、弾が切れた時、本田の五式戦は北飛行場の上空を飛び去った、速度を殺さないよう緩く右に旋回し、東シナ海上空へと退避する。敵の戦闘機が後ろを追ってきているはずだった——


◆◆


 翌日、第六航空軍による第三次航空総攻撃が始まった。

 早朝の指宿北飛行場に本田たちの五式戦闘機六機のエンジン音が響き渡っていた。奄美大島上空で特攻隊の進路啓開任務を前に、満足に空中戦のできる機体はそれだけしかなかった。本来彼らの戦闘機はそれぞれ専用の機体を割り当てられていた。しかし今回はこれを無くし、伊吹と村瀬少尉、本田と永野伍長、柴田軍曹と北川伍長の六人がそれぞれ分隊を組み、稼働する機体で出撃することになった。

 伊吹はピスト前に集まった五人の操縦者たちに再度の確認をした。

「村瀬と永野はそれぞれ俺と本田について離れるな。分隊長機だけを見て、他は一切気にしなくて良い。分隊長機が撃ったら、おまえらも撃て。照準器は覗くな。俺たちについてこれなくなったり、見失ったら急降下で離脱して、そのまま帰投しろ。柴田と北川は空域内で撃墜されないように飛び回れ。敵機を引きつけるのがお前らの任務だ。照準器は見なくていい、それは俺と本田がやる」

 本田はあくびを噛み殺しながら聞いていた。昨日の飛行場銃撃から、迫り来る敵機を振り切り、からくも帰投したのは九時過ぎだった。滑走路脇のカンテラを点灯してもらい飛行場に滑り込んだ時、本田の五式戦の燃料計はマイナスを示していた。報告と機体の修理の指示をした後、疲れ果てて飛行服のまま寝床に入るとすぐに眠りに落ちた。が、結局いつものように悪夢にうなされ、うとうとしたまま夜を明かし、再びピスト前に集合していた。

 村瀬少尉と永野伍長、柴田軍曹と北川伍長はそれぞれ真剣な面持ちだったが、村瀬少尉は若干不服そうな表情で伊吹の話を聞いていた。


 滑走路脇には特攻用の九七式戦闘機も、爆弾を装備した状態で並べられていた。彼らは本田たちの少し後の発進となるため、エンジンはまだ始動していなかった。本田たちが使っている桜隊のピストから少し離れて、特攻隊員たちが集まってこちらの方を見ている。昨日指宿に到着した彼らと交流する機会はなく、松林の中で彼らの何人かとすれ違った時も本田の見知った顔はいなかった。


 「時間を合わせよう」

 伊吹が首に下げた航空時計を差し出すと、五人の操縦者たちはそれぞれの時計の時刻を合わせた。

 彼らの沖縄航空戦は始まったばかりだった。

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