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第5話:直也の出世?

――まただ。隣の二人の会話が、今度は「出世」の話題へと移っていく。

どうやら今度は、あの一ノ瀬直也のキャリアについてらしい。


亜紀が、グラスを傾けながらぽつりと口にした。

「……それにしても、今回の直也くんの“グローバル統括PM”就任は衝撃だったわね。二十代半ばにして、課長並み扱いよ? もう“職群M2”誕生ってニュースでしょ」


(……ちょ、待て。二十代半ばで課長格!? ウチじゃ三十代後半でも主任止まりなんてザラだぞ。なんでそんなチートみたいな出世が可能なんだよ。おかしいだろ!)


玲奈が、少し冷静な口調で続ける。

「そうですね。もう十年目までの社員は、直也にぶっちぎりで抜かれた形。乾いた笑いしか出ないでしょうね」


(……だよなぁ。笑うしかねぇよ。そりゃ……あれ?なんか目から汗が出てきたぞ…なんでオレ嗚咽しているんだ)


玲奈は指先でグラスの脚をなぞりながら、淡々と続けた。

「ただ、今回の件で――実力で圧倒的な差を見せつけてしまった。だから、表立って文句を言う人はいないでしょう。ただ……足を引っ張る面倒くさい連中は、きっと出てきますよ」


亜紀がすぐに応じる。

「私たちも、おかげで例外的に出世させてもらった立場だしね。これからは、直也くんを連携して守れば大丈夫よ。姑息なヤツは絶対に許さない」


(……おいおい、完全に“派閥形成”のノリじゃねぇか。出世した男を守るために女二人がタッグ組むとか。五井物産の世界、マジで戦国時代だな)


玲奈が、ふっと意味深に笑った。

「そこは全く異論ありません。ただ……足元で、笑えない現象が発生すると思いますよ」


亜紀が眉をひそめる。

「現象?」


玲奈が低く答えた。

「日本のJVのPMO事務局。あれ、今後は直也の管轄の“傘下”になります。そこでハレーションが発生するのは、ほぼ確実でしょうね」


亜紀が目を見開いた。

「あぁっ……そうね。直也くんが統括PMとして指揮する傘下となると、完全に“逆転現象”じゃない」


玲奈は小さく笑った。

「そうですよ。局長も次長も『課長並み』ですからね。ともあれ、あの人たち……亜紀さんのヒップラインをいつも舐めるように見てましたからね。プロジェクトメンバーの女性陣からすれば、丸わかりでした」


(……え、なにその情報!? ちょっ、今、えらい赤裸々なセクハラ現場暴露出たぞ! オレだってそこまでストレートには見てねぇよ! 心の目で見るくらいに抑えてるのに!)


亜紀がふんと鼻を鳴らす。

「本当、視線だけでセクハラよね。女性ってそういうのすぐ分かるのに、全然無自覚なのがもはや笑える。……でも直也くんなら、舐めるように見るどころか……好きなだけ舐めさせてあげるのに」


玲奈がグラスを置いて、冷ややかに突っ込む。

「――サイアクです、それ。むしろ、それこそセクハラ発言ですよ」


(……おいおい、五井物産女子の会話って、酒とセクハラと出世話で成立すんのか。すげぇ会社だな)


亜紀がすぐに態度を改め、真剣な声を出した。

「でもね。直也くんの異例すぎる大出世は、絶対に反発や足の引っ張りを招く。だからこそ、そこは私たちが充分にフォローする必要があるわ」


玲奈が頷き、低く言い放つ。

「ええ。ただ、少なくともグローバル統括PMですから、プロジェクト内の生殺与奪は、もう思うがままも同然です。もう、この際、そういうクズいヤツは、直也の権力で“粛清”した方がいいかも知れませんね」


亜紀が目を丸くする。

「……なんと……恐ろしいことを……」


(……おい、軽く言ってるけど、それ完全に共産主義の大粛清コースじゃねぇか! 粛清とか口に出すなよ! 怖すぎるだろ、五井物産の女たち!)


オレは頭を抱えた。

(……一ノ瀬直也。二十代半ばでM2、課長並みだと? 冗談じゃねぇ。そんな奴、ウチの会社にいたら嫉妬と妬みで即効潰されてるわ。なんでそんなチート人間が現実に存在するんだよ!)


やりきれない気持ちで、オレは声を荒げそうになった。

(世界はなぜここまで不公平なんだ……!)


思わず、CAを呼んでいた。

「……酒だ。酒、持ってきてくれ。もう飲む。飲まないとやってられねぇ」


グラスに注がれる液体を見つめながら、オレはただ、理不尽すぎる現実を呪った。


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