第2話:天使すぎる義妹の保奈美?
――またもや、隣の二人の会話が耳に飛び込んでくる。
玲奈がグラスを傾けて、さらりと言った。
「保奈美ちゃんも泣きべそでしたね」
(……ほう?保奈美?誰だそりゃ)
亜紀が深くうなずき、声を落とす。
「そりゃね。あんな不意打ちキスを目の前で見せつけられたら……。
しかも、愛する “お義兄さん” の相手よ」
(……おいおい待て、待て。直也の元カノ騒動に加えて、今度は“天使すぎる義妹”の登場かよ。なんなんだ、あの一ノ瀬直也って男は。
総合商社のプロジェクトで天下無双するだけじゃ飽き足らず、家庭環境まで複雑に豪華キャスト揃いなのか?)
玲奈が指でグラスの縁をなぞりながら、ふっと微笑む。
「一つだけ、私たちにアドバンテージがあるとすると……保奈美ちゃんとの関係性ですね。
LAで休日を過ごした仲は伊達じゃないですから」
(LAで休日?義妹と?……おいおい、どういう状況だそれ。
仕事なのかプライベートなのか、線引きが一切わからねぇ。
いや、待て。この二人、堂々と “アドバンテージ” って言っちまってるぞ。
恋の駆け引きを、外交駆け引きみたいに語るなよ!)
亜紀がすぐに乗っかる。
「今後は、保奈美ちゃんと一緒に遊べるという “大義名分” を最大限活用しないとね」
玲奈が冷静に返す。
「ただそこは――亜紀さんとの “同盟関係” においては、ちゃんとルール化しておきたいです」
(……ルール化!?なに、恋愛戦略にガイドラインでも策定するつもりか?
いや、さっきからこの二人、歴史的な外交関係だの、ルール化だの、鉄血宰相ビスマルクみたいなノリだな。
するとこれは “恋のベルリン会議” ってとこか。
五井物産のバリキャリ女子、マジで怖えぇ……)
亜紀がグラスを置き、少し考えてから言った。
「まぁ……一緒に行く以外については、“訪問権” を相互管理しましょう。
勝手に保奈美ちゃんに接近するのはルール違反、ってことにするの」
玲奈はくすっと笑った。
「いいですね。最終的な勝利は疑いようもなく私だと思っていますけど、私は保奈美ちゃんが悲しむ姿は見たくないので……。
義姉として、生涯大切にします」
(おい……何を当然みたいに “義姉” になる前提で話してんだよ!
しかも勝利宣言まで出してるじゃねぇか。
冷静ぶってるけど、頭の中は完全に戦国合従連衡の軍議だな)
すぐさま亜紀が声を上げる。
「はぁ?何言ってるのよ!義姉となるのは私。
そして直也くんと一緒に、保奈美ちゃんを慈しんで、素敵な大人の女性に育てるの!」
玲奈は涼しい顔で切り返す。
「天使と堕天使が、義理とはいえ姉妹になれるわけないじゃないですか」
亜紀が目を細める。
「何よ、それ。あなたこそ悪魔的でしょ? もう発想からして悪魔そのもの」
玲奈はさらりと笑って返す。
「それを言うなら“小悪魔”と言ってください」
(……きたよ。“小悪魔 vs 堕天使”論争。
恋バナしてんのかファンタジーバトルしてんのか、もはや全く分からねぇ。
ていうか義妹を巻き込んで元カノを迎え撃つ“同盟”って、発想が下衆すぎるだろ。
この二人こそ悪魔だよ。五井物産の女子社員、恐ろしすぎる……)
互いに牽制しつつも、妙な結束をにじませる二人。
その姿を眺めながら、オレはふと気づいた。
(……つまり一ノ瀬直也ってヤツには、“天使みたいな義妹” がいて、しかもその子まで義兄の恋の戦略に巻き込まれている……ってことか。
こいつ、仕事が出来て、その上も恋愛は戦争になる程の大人気ってことじゃねぇか。
全く許しがたいヤツだ)
その時、軽やかな声。
「白ワインをお願いします」
(……シャンパンの次は赤ワイン、そして今度は白ワインかよ。
飲み比べツアーでもやってんのか?
この二人、どんだけ酒強いんだ。やっぱり化け物だな……)
オレは頭を抱えながら、CAが白ワインを注ぐ音を聞いていた。




