表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

プロローグ:静かな退職オジサンの独り言

――オレは、総合商社・雙日のITセクターに所属している。

いわゆる“静かな退職オジサン”ってヤツだ。


三十代になると自分の行き着く先がある程度は見えてくる。

そもそも雙日は総合商社の日商小岩井とニチボウが合併して誕生した会社だ。

だが合併しても総合商社の大手三強には遠く及ばない。

そしてそんな雙日の中でも、オレのポジションは冴えない。

総合商社マンはエリートってのは所詮は幻想さ。

オレはもう静かな退職ポジションを楽しんでいる。


もともと日商小岩井のITセクターは結構健闘していた方だ。

ただ、取り込んだ筈のサービスブランドが直接日本法人を設置したりするケースが頻発し、得ていた筈の利権が手のひらからこぼれ落ちる事になった。

今の雙日のITセクターの収益性は正直大きくない。

シリコンバレーの有望なスタートアップへの投資についても、なかなか進められないのが実情だ。


今回もシリコンバレーへの出張の帰り。

プレミアムエコノミーのシートに体を沈め、ちょっと気を抜いたところで――隣に座っている二人の美女が目に入った。


……どう見ても、ただ者じゃないな。

落ち着いた物腰に、洗練されたスーツ。

少し話している内容を聞いていれば「五井の…」とか「物産は…」とかだから、なるほど、これが総合商社最大手、五井物産の“バリキャリ”ってやつか。

うちとは規模も格も違うけど――正直、ムカつくよな。


しかも、耳に入ってくる会話のレベル感がまたすごい。

どうやら先日の、あの大統領式典の帰りらしい。

あの発表は、ウチの本社や支社の連中も衝撃を受けていたな。


普通は資源系案件とIT系案件なんて、それぞれ独立したものだ。

だが、あれは違った。

地熱発電とAIデータセンターを結びつけ、さらにEGS(拡張型地熱システム)技術をAIで最適化して次世代化する――とんでもない仕掛けだ。

しかも、この野心的にすぎるプランに日米政権をも巻き込み、公的支援を確約させるという形で一気に実現性を高めてしまったのだ。


そしてそれを主導するのが五井物産。

(……ってことは、この二人、五井物産のITセクター所属か?)


五井物産はもともと総合商社の中の総合商社と言われている。

明治以来営々として築かれた膨大な資源に関する利権が、大きな収益源となっている。これはもう他の総合商社が簡単にひっくり返す事など出来ないレベルの盤石な事業基盤だ。


だから三強の一角である総合商社・伊東注は、川上の強者である五井物産と真逆の川下戦略を立て、コンビニや外食産業、中古車販売事業者等を買収して、その勢力を拡大してきた。中でもITセクターは強い。


ところが最近その伊東注のITセクターの連中は、五井物産を強く意識しているらしい。


五井物産には一ノ瀬直也っていう恐ろしく敏腕な若手エリートが急激に台頭している。

噂によれば、今回の『地熱発電×AIデータセンター』もそいつが仕掛人らしい。

今後の五井物産を背負う“キーマン”だなんて言われてるらしいが――実際どんなヤツなんだろうな。

この二人が、もし本当に五井物産のITセクターのバリキャリなら、その会話から、ちょっとでも一ノ瀬直也の秘密ってヤツを探ってみるか。


……って、ちょっと待て。

プレエコの席に座ったばかりなのに、いきなりシャンパンをオーダーしてるぞ。このお姉さんたち……。

こっちは水で我慢してんのによ。


(……ったく。やっぱり超大手の余裕ってやつかよ)


シャンパンの栓が抜かれる軽やかな音を聞きながら、オレは耳をそばだてることにした。

どうやら、この二人の会話は――オレの退屈な帰国便を、予想以上に面白いものにしてくれそうだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ