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魔力ゼロの高校生探偵、魔法学園で美少女に囲まれてます  作者: nime


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第2話 黒い壁の向こう

# 第2話 黒い壁の向こう


 魔法。


 ――その言葉が、いまだに現実味を持って胸の中で反響していた。


 ついさっきまで、自分は日本の高校生だったはずだ。魔法なんて、物語の中でしか聞いたことがない。


(魔法……? 俺は一体、なぜここに……)


 問いかけた瞬間、頭の奥がずきりと痛み、思考が霧に包まれる。思い出そうとするほど、何かに拒まれているような感覚があった。


 蒼真は小さく息を吐く。


(……いや、今はそれじゃない)


 目の前には、泣きそうな少女と、ざわめく生徒たち。そして、“覗き”という言葉で一方的に塗り固められそうな事件がある。


(今は、この事件を解くのが先だ)


 そう意識を切り替えたところで、教師の指示によって、生徒たちはいったん廊下の端へ下がり、旧校舎の一角には落ち着きが戻った。とはいえ、完全に静まったわけではない。ひそひそとした声、好奇心と不安が混じった視線が、遠巻きにこちらを窺っている。


 蒼真は、そんな視線の重なりの中に、いくつか“質の違うもの”が混じっていることに気づいていた。


 廊下の柱の陰。人の背の向こう。


 こちらをじっと見ている――というより、状況そのものを観察しているような気配。


 フードを深くかぶった小柄な女子。腕を組み、無表情で壁にもたれている銀髪の少女。少し離れた場所で、眼鏡越しに手帳へ何かを書き留めている女生徒。


 蒼真が視線を向けると、彼女たちはすっと人波に紛れ、確かめる間もなく見失われた。


(……気のせい、か)


 そう結論づけたところで、教師の声が場を引き締める。


「では、現場を確認します」


 眼鏡の奥から一行を見渡し、教師は静かに言った。


「蒼井くん。君の申し出どおり、調査を許可します。ただし、勝手な行動は慎みなさい。質問や確認は、必ず私を通すこと」


「はい」


 蒼真は素直に頷いた。その態度は落ち着いていて、騒動の中心にいる生徒とは思えないほどだ。


 最初に向かったのは、問題となった女子更衣室だった。


 扉を開けると、そこは“教室を無理やり更衣室にした”空間だと一目で分かる。


 壁際には簡易的なロッカーが並び、金属製で色も大きさもまちまちだ。おそらく別の場所から寄せ集めたのだろう。中央付近には長机を流用したドレッサーが置かれ、その上には割れない鏡がいくつも立てかけられている。化粧道具やブラシが無造作に置かれ、使われている気配が生々しい。隅には小さな洗面台があり、蛇口の下には簡易的な排水管。床には養生用の板が敷かれ、ところどころ軋む音がした。


 ロッカーの扉には、リボンやキーホルダーが掛けられている。着替え途中で置かれたであろう制服の上着。小さな巾着袋。


 蒼真は、それらに不用意に近づかないよう、意識して距離を取った。


 調査のためとはいえ、ここは女子の私的な空間だ。触れる必要のないものに触れれば、それだけで信頼は失われる。


「……一時的、ですわね」


 ルミエールが小さく呟く。ミニスカートの制服にローブを羽織った姿は、場違いなほど華やかだが、その表情は真剣だった。


「はい。新校舎の工事が終わるまでの、臨時措置です」


 教師が補足する。


 蒼真はゆっくりと室内を一周するように見回した。教室よりは少し狭いが、更衣室としては十分な広さがある。人が数人同時に着替えていても、不自然ではない。


「まず、教えてください」


 蒼真は教師とルミエールに視線を向けた。


「この学園では、こういう“覗き”のような事件が起きた場合、一般的にどんな魔法が疑われるんですか」


 教師は少し考え、答える。


「一般的には、姿を消す隠身系の魔法か、遠見・透視の類だな」


 そのやり取りを聞いていた周囲の生徒の一人が、半ば投げやりに言った。


「でも魔法なら、何でもできるんじゃないの?」


 教師は即答しなかった。沈黙が、その言葉の軽さを示している。


 蒼真は、その間を引き取るように口を開いた。


「なるほど……じゃあ、その前提で整理させてください。あくまで、聞いた話を元にです」


 彼は、更衣室の入口と出口、そしてロッカーの配置へ視線を走らせる。


「まず、姿を消す隠身系の場合」


「犯人は、更衣室の中に入る必要がありますよね」


「当然ですわ」


 ルミエールが即答する。


「でも、私は着替えの最中、ドアが開く音は聞いていません」


「ということは……」


 蒼真は静かに続ける。


「犯人は、あなたが着替え始める前から更衣室にいたか、そもそも中には入っていなかったか、そのどちらかです」


 周囲の生徒たちが、息を詰める。


「先に更衣室にいた場合」


 蒼真は淡々と条件を積み上げていく。


「隠身魔法の効果時間が問題になります。それに、悲鳴が上がった直後、すぐに人だかりができました。その間に、姿を消したまま、どこへ逃げるんでしょうか。逃げ道は、廊下しかありません」


 教師が低く唸った。


「確かに、現実的ではないな」


 ルミエールも、小さく頷く。


「私は光属性の魔法を得意としますが……」


 少し胸元に手を当て、真剣な表情で続けた。


「人が“そこにいる”気配は、更衣室内にはありませんでしたわ。光の反応も、ありませんでした」


 蒼真はその証言を、静かに受け取る。


「次に、遠くから見る系統の魔法についてですが……」


 彼は、壁際のカーテンに視線を向けた。


「この種の魔法は、壁や障害物を越えて見えるんですか」


 教師が答える。


「見える。ただし、かなりの集中力と魔力が必要だ。学生が長時間使うのは難しい」


「今見て分かるとおり、更衣室にはカーテンもあります」


 蒼真は指差す。


「それを越えて、しかも連続して覗くとなると……相当な負担になりますよね」


 教師は、否定も肯定もせず、ただ頷いた。


 ここで、アリシアが小さく口を開いた。


「……あの……」


 一度、言いかけて、彼女は口を閉じる。指先をぎゅっと握りしめ、視線を落とした。


 ルミエールが、そっとその背中に手を添える。


「大丈夫ですわ、アリシア」


 その一言に押されるように、アリシアは息を吸った。


「……以前、この壁が……動いたように感じたことがあって……」


「建て付けが悪いのかな、って思って……」


 制服越しでも分かる豊かな胸元を、無意識に押さえながら、少し震える声で続ける。


「そのとき、隣の教室にいらしたジョージさんに、相談したことがあります……」


 教師が、ゆっくりとジョージを見る。


「……その件は、事実か?」


 ジョージは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに肩をすくめた。


「そのとき、女子更衣室側に入って、壁を確認しましたが……何もありませんでしたよ。変な仕掛けなんて」


 それ以上、付け加えることはなかった。


「では、次に隣の部屋を見せてください」


 蒼真の言葉に、教師は短く頷く。


 一行は旧写真部室へと向かった。


 扉が開くや否や、ジョージが素早くスイッチを押す。


 ぱっと照明が灯り、部屋全体が一気に明るくなった。


 その瞬間、他の生徒たちは機材や棚へ視線を向け、誰一人として壁に注意を払わなかった。


 蒼真だけが、黒い壁に視線を止めていた。


 室内には現像台や引き伸ばし機、整理棚が整然と並び、壁一面は黒いガラスのような素材で覆われている。暗室らしい設備ではあるが、妙に壁の存在感が強い。


「……ジョージさん」


 蒼真は静かに尋ねた。


「ここで写真を整理していた、とのことですが……どの写真ですか。どんな整理をしていたんです?」


 ジョージは一瞬だけ視線を泳がせた。


「……部誌用の写真ですよ。古いのと新しいのを分けてただけです」


 蒼真は、棚と机の上を見回した。確かに写真はある。しかし、整理途中というほど散らかってはいない。


 明るい照明の下では、黒い壁はただの黒い壁にしか見えなかった。


 蒼真は、心の中で静かに思考をまとめる。


 ――条件は、揃いすぎている。


 だが、まだ言うべきではない。


 廊下の向こうで、誰かが離れていく気配がした。


 蒼真は一瞬だけ振り返る。しかし、そこには誰もいない。ただ、先ほど感じた視線の余韻だけが残っていた。


 そのとき、ジョージが苛立ったように口を開いた。


「……なあ」


 鋭い視線が、蒼真に向けられる。


「お前は、事件のとき……どこにいたんだよ」


 一瞬、空気が張り詰めた。


 蒼真は、隠すことなく答える。


「気がついたら、旧校舎の別の教室で目を覚ましていました。そこから悲鳴を聞いて、ここに来たんです」


 教師が、はっとしたように口を開く。


「蒼井くんがいた場所は……確か……」


 その先の言葉は、まだ紡がれなかった。


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