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初めての新人指導

 四月も二週目に入り、新人たちが全員で行う基礎研修を終え、個人の各部署での研修がスタートした。新人たちは一人一週間ずつ、各部署を順繰りに回っていく。

 プロモーション企画部にも、今年も週替わりで何人かがやってくる予定だ。そして今回初めて、未紗季が新人研修を担当することになった。何人かがやって来る、その一人目を担当することになった。

 ひとりの新人が、研修課の社員に案内され、プロモーション企画部ブランド戦略課のオフィスへと足を踏み入れた。

佐藤颯也(さとうそうや)です。一週間、お世話になります。」

 そして、研修担当だと名乗る人物を見て、ハッとした。

(あ……。)

 一週間前の記憶がよみがえる。

(たしか、食堂で泣いていた人……)

 見覚えのある顔だけれど、今日の彼女の表情は違った。

「佐藤君ね。高宮未紗季です。初めての研修担当ですが、一週間よろしくお願いします。」

 明るく、はっきりした声。

(なんだ、普通に元気じゃん)

 颯也はちょっと驚きつつも、「はい。」と返事をした。


 社会人としての初めての実務研修。未紗季からの研修以外にも、先輩たちの業務を見て、学んで、質問して、メモを取る。颯也のプロモーション企画部での研修は、順調に進んでいった。


 未紗季に対しては、最初こそ「泣いていた人」という印象が強かったが、仕事を教わるうちに、その印象は次第に薄れていった。教え方は明快でわかりやすく、ちょっと抜けたところがありつつも、どこか親しみやすい。表情もよく変わるし、説明の途中で「わかる?」と気にかけてくれるのもありがたかった。

 最初の印象とは違い、今の彼女は明るく、笑顔がよく似合う人だった。

(この間泣いてたなんて、ちょっと信じられないよな……)

 

「佐藤君、どう?仕事、慣れてきた?」

 研修三日目、午前勤務が終わり、食堂へ向かおうとしたとき、朱音がいつもの明るい声で、颯也に話しかけてきた。

「はい! まだ全然わからないことばかりですけど、いろいろ学べて、面白いです。」

 颯也がそう答えると、朱音は満足げに頷いた。

「そう言ってもらえると、先輩として嬉しいね~!」

 この人も、高宮先輩とはまた違う意味で明るい。人懐っこく、物怖じしない性格なのか、研修初日から颯也にグイグイ話しかけてくれていた。

「瀬戸さんは、二年目でしたっけ?」

「そうそう! 私も去年の今ごろは研修受ける側だったし、ちょっとは先輩っぽくなれたかな~って、今めっちゃ張り切ってるとこ!」

 朱音は得意げに胸を張った。

「まあ、私よりも未紗季先輩のほうがしっかりしてるから、いろいろ教えてもらいなよね!」

「はい。高宮先輩、すごくわかりやすく教えてくれます。」

「でしょでしょー! 未紗季先輩は優しいし、ちゃんと見てくれるし、ちょっと天然なとこも可愛いしね。たまに抜けてるのがね、いいんだよ~!」

 朱音はそんな話をしながら、少し離れたところから未紗季を見た。デスクを片付けながら、隣の同僚と話していた。

(うん。ちゃんと笑ってる)

 あの日、食堂で泣いていた未紗季を見て以来、朱音も心の中で気にかかっていた。けれど、颯也が来てからの未紗季は、研修中も普段と変わらず明るく接している。

 少しホッとしながら、朱音は明るく言った。

「佐藤くん、明日もがんばろーね!」


 一週間の研修は、颯也の思っていた以上に充実していた。

 最初は慣れない環境に緊張していたものの、社員たちはみな親しみやすく、和やかな雰囲気だった。どの先輩も丁寧に仕事を教えてくれたし、企画部ならではのアイデアの出し方やプレゼン資料の作り方など、新しいことを学べるのは楽しかった。

 未紗季の指導は丁寧でわかりやすく、時には厳しい指摘もあったが、それ以上に励ましてくれる言葉が温かかった。

 朱音は相変わらず自由な先輩で、時々茶々を入れてきたが、何かと気にかけてくれた。他の先輩たちもそれぞれ個性があり、颯也は短い間にすっかりこの部署が好きになっていた。

「佐藤君、一週間お疲れ様。」

「ありがとうございました!」

 未紗季が書類を手渡しながら、柔らかく微笑む。

「最初は緊張してたみたいだけど、よく頑張ってたね。」

「いや、先輩たちが優しくしてくれたおかげです。」

「ふふ、そう思ってもらえたならよかった。」

 なんてことのない会話だった。

 けれど、颯也は「この一週間」が終わることに、少しだけ名残惜しさを感じていた。ほんのわずかに、未紗季に対して淡い憧れにも似た気持ちが、心に芽生えつつあったのかもしれない。

 とはいえ、研修はまだ始まったばかり。これから他の部署を回り、そのあとグループワークでの最終研修も待っている。

「じゃあ、佐藤君、がんばってね!」

 未紗季が颯也に向かって軽く手を振る。

「皆様、ありがとうございました!」

 颯也は頭を下げて、プロモーション企画部ブランド戦略課をあとにした。このわずかな淡い気持ちを胸の奥にしまって……。明日からは、また新しい研修先が待っているのだから。

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