縁があるなら
十月。未紗季がビーエム・ネストに入社して、ちょうど一年が経った。
「一年か……」
朝のオフィスに差し込む秋の陽射しを眺めながら、未紗季は感慨深くつぶやいた。
お弁当販売のプロジェクトは順調に進み、現在、提携先の店舗は期間限定の店舗を含めると十店舗になった。まだまだ課題はあるが、チーム一丸となって取り組んできた一年の成果が、こうして形になっていることを思うと、達成感もあった。
そしてさらに新しい展開を考えながら、未紗季は手元の資料に目を戻した。
奈津美の仕事へのスタンスは変わらないが、未紗季に対する目が少し変わってきたように思う。以前なら最低限のやり取りしかなかったが、時折「いい判断ね」と評価の言葉が返ってくることもあった。少なくとも、未紗季がここで働く一員として認められつつあるのは間違いなかった。
最初は奈津美に対して、かなり遠慮がちだった藤井健太も、最近ではしっかりと自分の意見も言えるようになり、未紗季から見ても、成長してきていると感じた。
昼休み、未紗季たちいつものメンバーで昼食をとっているとき、ふと久賀が言った。
「そういえば、村瀬さんとこうして一緒に働くのって何年ぶりだろうな。」
「そうですね……もう十年近く前ですかね。」
奈津美は少し懐かしそうに目を細めた。
「新人の頃、一緒にチームを組んでましたね。私は右も左もわからない状態でしたけど。」
「いやいや、あの頃から無駄のない仕事ぶりだったよ。むしろ俺がフォローされてたんじゃないかってくらい。」
久賀が笑いながら言うと、奈津美もそっと微笑んだ。
「でも、結局それ以来、別々の部署になって、気がつけばこんなところで再会するなんて……縁ですね。」
「縁、そうだよ、縁!」
久賀が嬉しそうに頷いた。以前より、ランチタイムでの奈津美の態度が柔らかくなってきた。そのことに、久賀も会話がのってきたのだろう。
「そういえば、チームにもう一人いたよな。——あっ。」
久賀は奈津美をちらっと見てから、何かを思い出したように思わず口をつぐんだ。
「何年も会ってなくても、こうしてまた同じ職場で働くことになるんだから、縁だよ、縁。」
慌てて何かごまかし、取り繕っているようだった。
奈津美は遠くを眺めながら呟いた。
「いいんですよ、別に。」
それから少し視線を落とした。
「どうあがいても、すれ違うときはすれ違うんです。そんなときは、縁がなかったんだなって……。」
今まで見たことのないような奈津美の表情だった。
もちろん何があったのかなんて未紗季には聞けるはずもなかったが、なぜだか自分の過去に重ねて、未紗季の胸の奥がチクリと痛んだ。
午後からの業務が始まると、奈津美は何事もなかったかのように、いつも通りてきぱきと仕事をこなしていた。
また別の日の昼休み。
未紗季がランチスペースへ向かうと、すでにいつものメンバーが集まっていた。奈津美は丁寧に弁当の包みを開き、加藤さんがお茶を淹れている。美優は最近できたという、駅前のデリカのテイクアウトを持参していた。
そして、最近では健太もそのメンバーに入っていた。
「いやー、男性陣のランチ仲間が増えて、うれしいよ。」
あいかわらずのコンビニ弁当の久賀も、うれしそうだ。
「自宅通いなので、その特権は有効活用したいな、と。お弁当企画もあって、あらためて思いました。やっぱり母の手作りは、何よりありがたいです。」
こんなところでも、お弁当企画の効果はあったようだ。
お弁当企画と言えば……未紗季は少し気になり、美優に聞いてみた。
「その後、伊藤食品さんはどう?」
「はい! お弁当企画のおかげで販路が広がって、取引先も少しですが増えたみたいです。家族経営だから忙しそうですけど、すごく喜んでました」
「地方と都会を結ぶ仕事が実を結んだってことね。」
奈津美も口元がほころんだ。
「きっかけをくれた高橋さんと伊藤食品さんには感謝ですね。」
未紗季の言葉に、加藤さんもにこやかに頷いた。
「お弁当企画のときは、高橋君も本当によくやってくれたよ。今の案件も営業の三浦君と組んで、すごくがんばってくれてるしね。」
久賀がそう言うと、美優は少し頬を少し赤らめた。
「そ、そんなことないですよ。ただ、営業との連携が大事なので……。」
その場にいたメンバーは、美優の様子を見つつも、あえて触れずに穏やかに話を続けた。
その日の仕事帰り、未紗季と美優は、オフィス近くの落ち着いた雰囲気のビストロに立ち寄った。
「二人でご飯って言うのも、なんか久しぶりだね。」
未紗季がそう言うと、美優も頷いた。
「そうですね。最近は仕事が忙しくて、なかなかゆっくり話せませんでしたし。」
「ところでさ、もしかして三浦さんと一緒に帰る約束とかしてなかったの?」
未紗季が軽くからかうように言うと、美優は手を止め、頬を少し赤くしながら苦笑した。
「何でそう思うんですか……?」
「だって、お二人最近すごくいい感じじゃない?」
「そんな風に見えますか? 実は……お弁当企画の後、何度かご飯に行ったりして、それで……。」
「それで?」
「付き合うことになりました。」
「やっぱり、そうなんだ!」
未紗季が嬉しそうに言うと、美優は恥ずかしそうに笑った。
「最初は本当に、仕事の相談とかだったんです。真剣に相談に乗ってくれたことがうれしくて……。」
未紗季は久賀の真似をしながら、わざと大げさに頷いた。
「うんうん、縁だね!」
美優は思わず吹き出し、二人で顔を見合わせて笑った。
「でも、ほんとにそうですよね。まさか仕事がきっかけでこんな風になるなんて思わなかったし。」
「縁ですよ、縁。」
「もう! また言ってる!」
笑っていた美優は、ふと真顔になり、小さな声でつぶやいた。
「会社の皆さん、たぶん気づいてますよね……。」
「うん、みんなね。」
未紗季がさらりと言うと、美優は肩をすくめて苦笑いした。
「ですよね。まあ、隠すこともないし、私たちも普通にしてればいいですよね。」
「うん。三浦さんも、そういうの気にするタイプじゃないでしょ?」
「そうなんです。だから、私も変に意識せずにいようかなって。」
そう言う美優の表情はどこか穏やかで、少しだけ誇らしげにも見えた。
現在、三浦と美優は地方の特産品を使ったギフトセットの販路拡大支援の案件を進めていた。美優は広報として商品のブランディングやPRを担当し、三浦と連携しながら販促プランを詰めていた。二人が真剣に話し合う姿を見ながら、未紗季は微笑ましく思う。
一方で、未紗季自身は奈津美とともに、地域観光プロモーションの企画に取り組んでいた。
「課題はまだあるけど、いい流れね。」
いつもと変わらず冷静で、無駄のない言葉を発する奈津美を見ていて、未紗季はふと、以前久賀が言った言葉を思い出した。
——「縁ですよ、縁。」
——「どうあがいても、すれ違うときはすれ違うんです。そんなときは、縁がなかったんだなって……。」
その時の遠い目をした奈津美の表情が、脳裏に蘇る。
(奈津美さんにも、すれ違った誰かがいたんだろうか。)
ぼんやりと奈津美の横顔を見たが、彼女はいつもと変わらず、淡々と業務をこなしていた。
未紗季もまた、日々の業務に追われながら、目の前の仕事に集中していった。




