アイディアはランチタイムから
ある日の昼休み、未紗季はいつものようにランチスペースへ向かった。そこにはすでに久賀課長と加藤さんが席についており、奈津美も静かにお弁当を広げていた。
「相変わらずコンビニ弁当ですね、久賀さん。」
既にここのお母さん的存在になりつつある、加藤さんにそう指摘され、久賀課長も頭を掻きながら答える。
「いや、なんかね、外で食べるよりは、僕こういうふうに、皆さんとワイワイ言いながら食べる方が好きなんですよね。」
「でも、ちゃんと栄養取らないと。お子さんのためにも元気でいないといけませんよ」
「そうですね……。」
久賀は苦笑しながらスマホを取り出し、画面を見せた。
「昨日の夜もテレビ通話しました。息子の寝る前の時間に、できるだけ話すようにしてるんです。」
画面には、笑顔の男の子が写っていた。久賀の子煩悩ぶりがうかがえる。
「かわいいですね! 子どもさんと離れて寂しくないですか?」
「そりゃあね。でも、せっかくのチャンスだから。大阪に来たからには、この仕事を成功させたいんだよね。」
久賀の答えに、未紗季は心を打たれた。
「仕事と家族、両方大事にされてるんですね。」
「そういうものだよ。縁があってこうして大阪に来たんだから。」
「縁……ですか?」
「そう。人も、仕事も、何かしらの縁でつながっているものです。だからこそ、その縁を大事にしないといけないと思ってるんですよ。」
久賀の言葉に、未紗季はふとこれまでの人間関係を思い出した。会社を移り、新しい環境に飛び込んだ今、この言葉がより深く響くような気がした。
「確かに……そうですね。」
そんな会話の横で、奈津美は黙々と自作のお弁当を食べていた。その彩りの美しさに未紗季が感嘆していると、加藤さんが笑った。
「うーん、高宮さんは、まだまだ発展途上ね。」
「うっ……精進します。」
奈津美はそのやり取りを聞きながら、くすっと小さく笑っていた。
しばらくして。美優が珍しくお弁当を持ってミーティングルームに入ってきた。
「美優さん、お弁当って珍しいね。」
未紗季が声をかけると、美優はにこっと笑った。
「先日母が来てくれて、“芋煮”をたくさん作って冷凍してくれたんです。たまに送ってもくれるんですけど。作ってもらった時は、お弁当に持ってくるって決めてて。」
「芋煮?」
「山形の家庭料理です。今回は母が作ってくれたものなんですけど、頻繁に来てもらえるわけじゃないので。作った芋煮を冷凍で送ってもらったり、一番味が近いメーカーのレトルトを送ってもらうこともあるんです。」
美優がタッパーの蓋を開けると、中から醤油の香りが漂う芋煮が顔をのぞかせた。
「山形の芋煮って、牛肉と醤油ベースなんですね。おいしそう。」
「そうそう。うちのあたりはこの味が定番なんです。お弁当に入れるときは、汁気を飛ばして具材だけにするんですけど、やっぱりご飯が進みますよ。」
「いいなぁ、お母さんの味か……。」
久賀が感慨深げに言った。
「そうなんですよ。これを食べると、地元を思い出すんですよね。」
食事が終わると、美優は鞄から小さな包みを取り出した。
「母が一緒に持ってきてくれた、山形のお菓子なんですけど、みなさんで、いかがですか?」
「わあ、嬉しい!何のお菓子ですか?」
「これは“からからせんべい”っていうんです。中に小さなおもちゃが入ってるんですよ。」
未紗季が興味津々で包みを開くと、中には素朴な焼き菓子が入っていた。
「割ると中からおもちゃが出てくるんです。子どもの頃は、それが楽しみでよく食べてました。」
みんなでお菓子を楽しみながら、未紗季はふと何かを思いついた。
(こういう『地元ならではの味』って、もっと広められるんじゃないかな……?)
午後からの企画・広報の合同ミーティングで、未紗季は思い切って意見を出した。
「そういえば、さっき高橋さんが言ってた、芋煮のレトルトの話なんですが……。」
美優は少し驚いた顔でこちらを見る。
「そのメーカーの芋煮が、お母さんの味に一番近いって、言ってましたよね。そんなに味は違うものなんですか?」
「そうですね、家庭料理なので、家ごとに少しずつ味が違うように、レトルトもやっぱり個性はありますね。」
「ちなみに、高橋さんが買われているのは、どんなメーカーのものですか?」
「実は、私の幼馴染の家族がやっている会社で、『伊藤食品』といいます。家族経営の小さな会社で、地元の味を大切にしてるんですけど。こちらで買いたくても、大手メーカーのものしか置いていなくて、だから母に送ってもらってるんです。」
「なるほど……。せっかくおいしいのに、なかなか広がらないんですね。」
「そうなんですよ。味は、私はどこよりもおいしいと思うんですが、知ってもらう機会が少ないというか。」
「ここから、何かアイデアを広げらないでしょうか?」
未紗季の言葉に、奈津美と久賀が視線を向ける。
「地元の味を大切にしているのに、販路が狭いことで広まらないのはもったいないですよね。少し話は変わりますが、私の実家近くの道の駅では、地元の家庭料理が詰められた手作りお弁当がとても人気でした。こういうものを結び付けて考えることはできないでしょうか。」
「確かに、地方の特産品のブランディング支援は、アプローチの余地があるわね。」
奈津美が資料をめくりながら静かに言った。
腕を組みながら少し考えていた久賀も頷いた。
「面白い視点だな。じゃあ、一度どんな展開が可能か、もう少し掘り下げてみようか」
未紗季は小さく息をついた。仕事として進める可能性が出てきたことで、胸の内に小さな期待が膨らんでいくのを感じた。
数日後、チーム合同のミーティングが開かれた。まず、奈津美が切り出す。
「先日の話をもとに、地方色豊かなお弁当を販売する、という企画を提案します。皆さんの意見をもとに、具体的な内容をさらに詰めていきたいと思います。」
未紗季の漠然としたアイデアが具体的な形になり始めていた。
未紗季が考えて出した企画は次のとおり。地域ごとの特色を活かした食材を使い、まだ全国的には知られていないが地元では評判の高い食品を取り入れた弁当を作り、オフィス街で販売する。メニューや地域は週替わりや月替わりで。その前段階として、大々的に「地域お弁当フェア」を開催する。例えば山形・庄内のものなら、おまけにからからせんべいをつけるといった地域限定の要素も加える。これにより、単なる駅弁やご当地弁当とは違った魅力を持たせられるのではないか、というもの。
「実際のところ、どんな企業と組めそうなんでしょうか?」
未紗季が問いかけると、このプロジェクトに加わった、営業・三浦が答える。
「地元の食品会社や農業生産者と連携するのは面白いですが、販路の確保が課題ですね。百貨店やECサイトでの販売を視野に入れつつ、ターゲットを明確にする必要があります。」
「行政との協力も視野に入れられるかもしれませんね。地域振興の一環としてバックアップを得られる可能性はあります。」
奈津美がそう付け加えると、久賀も頷いた。
「なるほど。そういうつながりができれば、企画としての説得力も増しますね。」
未紗季はすでに地元の同級生・坂本と連絡を取り、名産品の情報を集め始めていた。
「例えば、私の地元の高知・四万十川では、川エビやあおさのりなどが特産品です。やはり会社の規模は小さいけど、地元では評判のいいメーカーもあり、販路拡大を希望しているところもあるようです。」
話し合いを進めながら、アイデアを広げていく。
「面白いですね。では、次回までにもう少し具体的な商品案と販路の可能性を調べてみましょう。」
久賀が締めくくった。
こうして、プロジェクトが本格的にスタートした。




