久しぶりに三人で
未紗季は駅前で日向を待っていた。定時を一時間ほど過ぎたころ、それでもいつもより早々に仕事を終えた日向が走ってやってきた。
「悪ぃ悪ぃ、待たせたな。」
「ううん、大丈夫だよ。」
二人並んで歩きだす。
「こういうの、ものすごい久しぶりかも。」
「ああ、俺がサテライト勤務だったころな。よく待ち合わせて飯行ったよな。あれからもうずいぶん経つなぁ。」
そんな話をしながら、目的の居酒屋に着く。店に入り席に着くと、ほどなく綾那が現れた。
「俺が呼んどいた。」
いたずらっぽく日向が笑った。
「わぁ、綾那さん。この前はお邪魔しました。」
「いつでも、待ってるからね。あ、私、ノンアルで。」
綾那は席に着き、ノンアルビールをオーダーをした。
「綾那さん、今日は車なんですか?」
「ううん、違うよ。」
綾那が少し照れたように言う。
「来年の五月に、子どもが生まれる。今日、せっかくだから、それも伝えたくてな。」
日向がさらに照れた顔で言った。
「わー、おめでとう!じゃあ、お体大事にしないとですね。」
ほどなく全員の飲み物がそろう。
「カンパーイ!」
日向・綾那夫妻のおめでた話は、乾杯を大いに盛り上げた。
「日向、お父さんになるんだね。なんだか変な感じ……。」
「そうでしょ、私もそう思う。」
「俺は絶対に、いいパパになる自信しかない!」
本気とも冗談ともつかない日向のセリフに、三人は大声で笑い合った。
「まあ、それもそうなんだが……。もう新しい仕事には慣れたのか?」
日向が急にまじめな顔になり、未紗季の仕事に話題を振った。
「まだまだだけど、やりがいは感じてる。久しぶりの企画の仕事は新鮮だよ。」
「それならよかった。」
「まさか、川上室長に相談して、こんなにトントン拍子に話が進むとは、思ってなかったよ。それでさっき、川上室長にお礼を言いに行ってたんだ。」
日向が少し表情を変えた。
「川上室長って、確か経営企画部の?」
「そうだよ。」
「経営企画部って、海外戦略推進室のあるところだよな。ってことは、慎二にも会ったのか?」
未紗季は、静かにグラスを置いた。
「うん。佐々木室長と話してるのが聞こえちゃったんだけど、三月いっぱいでビーコンを辞めて、四月から結婚相手の会社に移るそうよ。」
「慎二とは話したのか?」
「うん、『新しいところで頑張れ』って言ってくれた。」
「それだけ?」
「うん、私も、『お幸せに』だけ言って、それだけだよ。」
「それで……いいのかお前も。」
「もう過去のことだから……。それに、今日はそんな話より!赤ちゃんのほうが大事でしょ。おめでたい話に水を差すのは無しだよ。」
明るく大げさに言いながら、未紗季の心はやっぱりざわつかずにはいられなかった。
何とか話題も軌道修正し、楽しく飲んでいるうちにいい時間になってきた。
「妊婦さんもいるしね、今日はこの辺で。日向、しっかり綾那さんのフォローしてあげてね!」
「おう!任せろよ。」
まだまだ妊娠初期とはいえ、二人とも、やはりどことなくパパとママの顔になってきているな……と未紗季は感じていた。
「お体お大事に、元気な赤ちゃんを産んでくださいね。」
「ありがとう。未紗季ちゃんも、新しい環境大変だと思うけど、がんばってね。」
「なんかあったら、すぐ連絡しろよ。」
「ありがとう。」
笑顔で手を振り、二人と別れた未紗季は、自宅方面への電車に乗り込んだ。
——それで……いいのかお前も。
日向の言葉が胸を刺す。
(いいのか……って、どうすることもできないじゃない。)
十一月一日。未紗季は今日から正式に「ビーエム・ネスト」の社員だ。とはいえ、未紗季にとっては特に変わりのない朝だった。
昨日ビーコンマーケティングから預かった書類を加藤さんに渡す。
「確かに。ご苦労様でした。」
十月からここでの勤務は始まっており、すでに一ヶ月が経過している。今ではこのオフィスでの仕事が当たり前になり、逆にビーコンマーケティングでの日々は遠い昔のようにすら感じる。
デスクにつき、いつものようにパソコンを立ち上げ、スケジュールを確認する。
「おはようございます。」
「おはよう。」
デスクを挟んで向かいに座る奈津美が、視線を落としたまま軽く返す。その手にはすでに資料が数枚。朝から仕事に集中している様子だった。
「高宮さん、今日の午前中、ちょっと打ち合わせ入れてるから、あとで時間ちょうだい」
「はい、わかりました。」
奈津美とはまだ距離を感じるものの、的確な指示を出してくれるので、仕事を進めるうえでの不安はなかった。
打ち合わせの後、昼休みは、また美優たちと美味しいパン屋さんの話などで盛り上がった。
午後の業務に戻り席に着くと、営業課主任の三浦に声をかけられた。
「高宮さん、この件、確認しておいてくれる?」
三浦は、明るく気さくな性格の広島支店で着実に実績を積んできたことが評価され、新会社に抜擢された。地元密着型の営業スタイルを得意とし、すでにいくつかの地域との信頼関係を築きつつある。
「ありがとうございます。すぐ確認しますね。」
「助かるよ、よろしく。」
「そういえば、三浦主任って、広島支店からの異動でしたよね。」
「ああ、そうだけど。」
「藤原日向ってご存知ですか? 私同期なんですけど。」
「藤原君ならよく知ってるよ。僕より一年後輩でね。よく帰りに飲みに行ったよ。彼は今大阪?」
「そうなんです。去年結婚して……。」
「そうか、懐かしいな。また今度飲みに誘ってみようかな。」
「ぜひ、そうしてください。日向、喜ぶと思います。」
(やっぱり日向は、どこに行っても、誰とでもすぐ打ち解けられる、そんな性格日向らしい……)
こうして新しい仲間たちとも、少しずつコミュニケーションが深まっていき、毎日の仕事も張りが出て、自分の居場所はここなんだな、と実感できるようになってきた。
夕方業務を終え、帰宅の電車に揺られながら、未紗季はスマホを取り出した。朱音からメッセージが届いていた。
『昨日はごめんね。それでどうよ、正式に「ビーエム・ネスト」の社員になって!』
『どうって、もう一ヶ月働いてるから、特に何も変わりなしだよ(笑)』
『今度落ち着いたら、またご飯行こうね』
『うん、楽しみにしてる!』
電車の窓に映る自分の姿を見ながら、未紗季は小さく笑った。




