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新しいことへの挑戦

 休暇明けの朝、未紗季は久しぶりにオフィスの空気を吸い込んだ。

 休みに入る前、ついこの間までは、重暗い気持ちで通勤していたこのオフィスも、なぜだろう、少し違う雰囲気、明るく活気が満ちているようにも見える。目に映るものって、こんなにも人の気持ちに左右されるのか、と未紗季は実感していた。

「おはようございます。」

(さあ、今日から、新しい気持ちで頑張ろう。)

 午前中の仕事を一通り片付けた後、未紗季は意を決して立ち上がった。川上室長のところへ向かうために。

 経営企画部のフロアに足を踏み入れると、川上のいるブランドマネジメント室のとなりには、圭吾と慎二のいる海外戦略推進室の一角が見える。颯也がいたはずのデスクがぽっかりと空いている。室長の圭吾と次長の慎二は、席を外していた。

 未紗季は深呼吸をひとつし、ブランドマネジメント室へと視線を戻す。

「お昼休みに失礼します。川上室長、少しお時間いただけますか?」

 川上は資料をデスクに片づけながら答えた。

「いつもはお弁当なんだけどね。今日たまたま持ってきてなくて、外に出ようかと思ってたところ。一緒にどう?」

「はい、ぜひ!」

 二人は、社外のカフェでランチすることになった。

「休暇はどう過ごしていたの?」

「はい、久しぶりに実家に帰りました。いろいろ考える、いい時間になりました。」

「そう。で、相談って?」

 未紗季は少し背筋を伸ばしながら言葉を選んだ。

「地元の観光課で頑張っている同級生に会って、話をしました。人を呼び込むために、都会にむけて地元の良さを発信しているんだ、ととても生き生き話してくれました。私もマーケティング・広告会社の人間として、地方と都市をつなぐ……なにかそんなプロジェクトに関われないかと考えています。でも何からどう始めればいいか、よく分からなくて。」

「それで私のところに?」

「昨日、朱音に会ってきました。もうすぐ育休から復帰するんだって……。でその時朱音に聞いたんです。以前、川上室長が、ブランド戦略課時代に、少し地方のブランド戦略にかかわっておられたと。」

「そうね……それであなたは、具体的にやりたいこととかはあるの?」

「まだそれがはっきりとわからなくて……。実家近くの道の駅へ行って、帰省や観光の人たちでとても賑わっているのを見ました。地元の特産品が都会の人に響いているところを、目の当たりにした気がしました。都会にいる側の人間として、そこをマーケティングチャンスにするには、自分には何ができるんだろう……って。」

 川上はしばらく考えた後、ゆっくり頷いた。

「面白い視点ね。実は私がプロモーション企画部を離れた後も、会社としては、引き続き地方のブランド戦略には力を入れているのよ。」

 未紗季の胸が少し高鳴り、前のめりで話を聞いている。

「ちょうど、うちの関連子会社で新しい拠点を立ち上げるところなの。私はプロモーション企画部時代のあなたをよく知っている。もう一度企画担当として、新拠点で頑張ってみるつもりはある?」

「関連子会社……ですか?」

「そう。今とは少し環境が変わるけど、あなたの経験を生かしながら、地方と都市を結びつける仕事ができるんじゃないかと思う。」

「それは……とても興味があります。」

 川上は未紗季の目を見つめ、静かに微笑んだ後、少し難しい顔になる。

「もし行くとなると、出向という形になると思うけど。」

 未紗季は少し考えた。出向となれば、こことは違う環境に身を置くことになる。それは、むしろ今の自分には都合がいいのでは、という気がした。

「ぜひ、挑戦したいです。」

「そう。あなたが本気で考えているなら、経営企画部の人間として、正式に担当者につなげることはできるわ。そこから先は、あなたが自分の言葉で、今の思いを伝えなさい。」

「はい。自分の思いをしっかり伝えたいと思います。」

 川上は満足そうに頷いた。

「それなら、私から話を通しておくわ。」

 未紗季は深く息を吸い込んだ。新しい道が、少しずつ形になろうとしていた。


 九月に入り、新拠点の幹部たちと面接することが決まった。

「十月一日から正式に業務がスタートする部署だから、立ち上げのタイミングから関わったほうがいいわね。九月中に広報部での引き継ぎを進めて、十月一日から現地で業務に参加できるように調整しましょう。ただ、諸々事務処理の都合上、十月中は大阪支店から向こうへ出張で行くというかたちで。正式な辞令は十一月一日付けで発令される予定よ。」

 川上の説明を聞きながら、未紗季は心の中でスケジュールを整理する。まずは広報部での引き継ぎを進め、準備を整える期間が必要だ。慌ただしく動きながらも、新しい環境への期待感が少しずつ膨らんでいく。

「面接は来週ね。あなたの考えをしっかり伝えてちょうだい。」

「はい、ありがとうございます。」

 未紗季はしっかりと頷いた。新しい道が、もうすぐ目の前に開かれようとしていた。


 長らく育児休暇中だった朱音も、九月から職場復帰した。朝、隣のコンテンツ企画課からブランドマーケティング課の未紗季の席へと、笑顔の朱音が飛び込んできた。

「未紗季!こないだはありがとうね。」

「いよいよ今日からだね。」

「そう、朝から大変だったのよ。保育園には旦那が連れて行ってくれることになってるんだけど、ほんともうバタバタだったよ。」

 大変だっという割には、あっけらかんといつも通りの明るい口調で、未紗季は少し笑ってしまった。

「朱音らしさ全開、って感じ。」

「一年以上離れているから、感覚が戻るかどうか不安だけど……。徐々に慣らしていくしかないかな。」

「そうだね。まだまだ無理しないで。それに、私たちには、困ったときの川上室長がいるし。」

 未紗季は軽く首をすくめた。

「あ、そうそう、あの時言ってたこと、川上室長には相談したの?」

「そうなの。なんでも、関連会社として新拠点ができるらしくて、そこへ異動できるように、川上室長が働きかけてくれて……。来週、面接を受けることになってるの。」

「すごーい! もうそんなところまで話が進んでいるんだね。未紗季がやりたいことに、近づけるといいね。がんばって。」

「ありがとう。まずは面接がんばらなくちゃね。」


 面接当日。未紗季は大阪支店の会議室へと足を踏み入れた。そこには、新拠点の担当者、大阪支店の役員数名、その役員の中に佐々木圭吾の姿もあった。

「では、始めましょうか。」

 未紗季は緊張しながら着席した。

「今回の異動についての、意欲を聞かせてください。」

 未紗季は深呼吸し、言葉を選びながら話し始めた。

「私はこれまでプロモーション企画部、それから広報部で培った経験を活かし、地方の魅力をより効果的に発信することに貢献したいと考えています。」

 以降、いくつかの質問があり、面接は終了した。


 数日後、未紗季は川上室長に呼ばれた。とても厳しい顔をしている。

「高宮さん、新会社への出向の件ですが、役員と担当者の協議の結果……。」

 未紗季は思わず、ゴクリとつばを飲み込んだ。川上の顔が徐々に緩んでいく……。

「おめでとう、面接は合格よ。手続きの都合上、正式な辞令は十一月一日になるけど、十月一日稼働開始日と同時に、新会社『ビーエム・ネスト』へ行ってもらいます。所属は事業部企画課に決まったわ。」

 あまりの緊張からの緩和に、未紗季はすこし腰が抜けそうになった。

「ありがとうございます。本当に決まったんですね。」

「ええ。実を言うとね、役員たちは採用に少し消極的だったみたい。実際もう新拠点のメンバーは、出向組、新規採用組も含めほぼ決定していて、幹部たちも既に動いているから、そこに入り込めるだけの、あなた自身のセールスポイントがあるかどうか、だったのよ。」

 未紗季は川上の顔をじっと見つめ、話を聞いている。

「そんな中、佐々木室長が特に推してくれてね。あなたの良さを熱く語っていたわ。だから、それに応えられるように、実績を出すことで証明していかないとね。」

(圭吾さんが……)


 ——面接のあと、役員、担当者の話し合いの場でのこと。

 役員たちが難色を示す中、面接中は当たり障りのない質問しかしていなかった圭吾が、静かに口を開いた。

「以前、彼女がプロモーション企画部にいた時の仕事ぶりをよく知っています。他部署との横の連携もうまくこなせていましたし、現場での対応力も高いです。現在は広報としても経験を積んできています。現場にいる彼女を私がこの目で見て、評価をしています。意気込みは十分に感じました。現場で成長しながら、新しい拠点での原動力には充分なりうると思います。」

 面接には同席していなかったが、川上室長も言葉を添える。

「私も、プロモーション企画部での彼女の仕事ぶりを一番近くで見てきた人間です。今回の出向を勧めたのは私ですが、彼女の熱意は確かです。それらすべてを鑑みて、私は彼女を推薦したつもりです。」

 経営企画部の室長二人からの言葉が決め手となり、他の役員たちも納得し、最終的に未紗季の出向が決定したのだった。


 面接とはいえ、圭吾と面と向かって話すのは実に久しぶりだった。でもそれ以上に未紗季は緊張し、当たり障りのない質問とはいえ、それに答えることで頭がいっぱいだった。『圭吾との対面』を意識する余裕などなかった。

(圭吾さんが、後押しをしてくれたなんて……)

 未紗季はあらためて、圭吾に感謝をした。

「私が直接関与できるのはここまでよ。これ以降は自分の力で頑張って。でも、困ったことや悩んだことがあれば、いつでも相談に乗るから。」

「ありがとうございました。」

 未紗季は深く頭を下げた。こうして、新たな挑戦への第一歩が始まろうとしていた。

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