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また戻ってきた縁

 新年度が始まり、昼休みの食堂には、いつものように日向と未紗季の姿があった。そこへ慎二がふらりと現れる。

「今日は時間取れた。」

 当たり前のように席に座る慎二に、未紗季と日向が自然と笑みを向ける。今では、この同期の三人が一緒に食堂にいることが、自然な光景となっている。

 その様子を少し離れた席から見ていた颯也は、ぼんやりと視線を向ける。

(なんだろうな、この感じ。)

 嫉妬? 不満? うまく言葉にできない何かが、心の中にふわふわと浮かび、徐々に蓄積されつつあった。


 五月半ば。未紗季、慎二、日向、そして颯也、四人それぞれが、それぞれの立場で忙しい日々を過ごしていた。

 そして朱音のお腹はふっくらと、外目から見てもわかるほど大きくなっていた。そろそろ産休に入るころ。

「予定日まで、あと一ヶ月ちょっとか。体調は大丈夫?」

「ありがとう。未紗季も仕事頑張りすぎないでね。」

 朱音はそう言って、いたずらっぽく笑った。

 仕事にまい進する自分、そして新しい命を迎えようとしている朱音……それぞれの人生が、それぞれのペースで前に進んでいる。そんなことを感じていた。


 休日の午後、初夏の陽射しが降り注ぐ街を、未紗季はひとり歩いていた。颯也は出張中で、今日は特に予定もなし。

「ちょっと気が早いけど、朱音の出産祝いでも見てみようかな……。」

 ふと立ち寄ったのは、可愛らしいベビー用品の並ぶショップ。小さな服や靴下、ぬいぐるみを眺めながら、朱音が赤ちゃんを抱く姿を想像すると……

(やっぱりちょっと、想像できないかも。)

 ひとりくすくすと笑っていた。すると、その時……。

「未紗季ちゃん……ひょっとして、おめでた?」

 突然の声に驚いて振り返ると、そこには綾那が立っていた。そう、日向の元カノ、吉岡綾那だった。

「えっ!? ち、違いますよー!」

 思わず全力で否定すると、綾那はアハハと声を出して笑った。

「ちょうどベビー用品の前にいたから、ひょっとして……と思ったんだけど。」

 綾那の変わらぬ明るさに、未紗季も思わず頬が緩む。

「綾那さん、お久しぶりです。」

「ほんとにね。ねぇ、時間ある? 久しぶりにお茶でもどう?」

 綾那が気さくに誘ってくれて、未紗季はすぐに頷いた。

「はい、ぜひ!」

 こうして二人は、近くのカフェへと入っていった。


「そっか、慎二君、帰ってきたのか。っていうか、東京どころか、アメリカ行ってたんだ。」

 綾那のつぶやきに、未紗季は小さく頷いた。

「はい。ずっと音信不通だったけど、去年、突然帰ってきたんです。」

「それで、今は?」

「日向と三人、同期の仲間として、ごく普通に接しています。私は今、別の彼と付き合っています。」

 綾那は少し驚きながらも、すぐに優しく微笑んだ。

「そっか。よかったね。」

 日向の名前が出たからだろうか、綾那の顔には、少し複雑なものがあるようにも見えた。

 少しの沈黙。

 広島に行ってから、忙しさで、綾那と連絡を取らなくなってしまった日向。その後、大阪に戻ってから連絡した時には、綾那にはすでに別の恋人がいた、と聞いている。

 綾那が思い立ったように、口を開いた。

「日向、元気?」

「ええ……元気ですよ。毎日忙しそうにしています。」

 綾那はカップを軽く揺らしながら、少し遠くを見るような目をした。

「日向から連絡が途絶えて、寂しさで他の人と付き合ったの。同じ会社の、優しい人だった。でも、日向が広島から戻ったって聞いて、私、平穏でいられなくなっちゃったんだよね。」

 その言葉に、未紗季の胸がチクリと痛んだ。

「結局、それからすぐに、その彼とは別れちゃった。」

 綾那は乾いた笑みを浮かべながら、未紗季の顔を見つめた。

「未紗季ちゃんは、新しい彼と今、幸せなんだね。」

(もちろん今、幸せ。でも、綾那さんの気持ちは、痛いほどわかる。)

「綾那さん、その彼と別れてから、今は?」

「ううん、それからはずっと一人。」

「そのこと、日向には?」

「言えるわけないじゃん。『あなたのいない間に新しい彼作って、別れたからまた付き合って』って、都合よすぎでしょ?」

「でも、きっと今でも日向、綾那さんのこと思い続けていますよ。」

「……。」

「口には出さないけど、私、わかります。モテないわけじゃないのに、今まで誰とも付き合ってこなかった……。」

 綾那の手が、わずかに震えた。

「綾那さんも……きっとまだ、日向のこと思ってますよね。自分に正直になってください。日向と向き合ってほしい。……えらそうなこと言って、ごめんなさい。でも……。」

 綾那の目が、揺れている。

「お互い今でも、好きなんですよね?」

 しばらく沈黙の後、綾那はぽつりと呟いた。

「好き、だよ。」

「じゃあ、もう一度、始めましょうよ。待ってますよ、きっと。日向、綾那さんのこと。」

 そう言った未紗季の声には、無意識のうちに熱がこもっていた。どこか、自分自身に言っているような気がした。過去の自分のいくつかの場面で——『正直になれ』と、そう言いたかったのかもしれない。

 綾那はしばらく黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。

「わかった。自分に正直になってみる。」

「応援してます!……あ。」

 未紗季はスマホを取りだし、念のためと思い、日向の電話番号を伝える。

「ありがとう、未紗季ちゃん。今日、会えて本当によかった。」

「私もです。」

 綾那の瞳には、決意の色が浮かんでいるように見えた。


 月曜日。食堂で未紗季が一人食事をしていると、突然、隣に腰掛ける気配があった。

「未紗季、ありがとな。」

 声の主は日向だった。

「え、何?」

 日向は少し照れくさそうに鼻をこすりながら、言葉を続ける。

「昨日、綾那から電話があった。未紗季に会ったって。」

(綾那さん、電話かけたんだね。)

 日向は苦笑混じりに続けた。

「未紗季にめっちゃ後押しされて、勇気もらって、自分に正直になれたってさ。」

「で、日向はなんて答えたの?」

「え? いや、まぁ、なんだ……。もっかい、付き合うかって……。」

「そっか! おめでとう。」

 小さく手をたたく未紗季。

「やめろよ、食堂でそんな拍手されたら恥ずかしいだろ。」

 日向は怒りながらも、顔は笑っていた。

 未紗季はそんな日向の様子を見て、心の底から嬉しくなった。

(良かった……ほんとに、良かった。)

 気づけば、目の奥がじんわりと熱くなり、視界が少し滲む。

「おい、未紗季?」

 日向が怪訝そうに覗き込んでくる。

「え、いや、なんでもない……。」

 慌てて笑ってごまかしたけれど、日向は納得していないようだった。

「お前、まさか泣いてんの?」

「泣いてない!」

 言いながら、こっそり目元を拭う。

「まあ、そういうとこ未紗季らしいけどさ。ほんと、ありがとな。」

 日向は小さく笑い、いつの間にか食べ終えていた食器を、片付けに立ち上がった。


 その日の夜。

 最近ますます忙しくしている颯也と、久しぶりに時間が合い、未紗季と夕食をともにしていた。

「今日のお昼、藤原さんと何話してたの?」

 颯也が、ずっと気になってたとばかりに聞いた。

 未紗季は少し嬉しそうに笑う。

「うん、この間の休み、颯也君が夜、出張から戻ってきた日ね。日向の元カノと偶然会ったの。そこで日向に連絡してみて、って言ったんだ。そしたら今日、日向が『昨日電話があった』って。で、また付き合うことになった、って。」

「へえ、そうだったんだ。」

 颯也は未紗季の顔を覗き込んだ。

「未紗季さん、すごく嬉しそうだね。」

「うん! ほんとによかった。なんか自分のことのように嬉しくて、私思わず泣いちゃったの。」

「そういう涙だったんだ。なんで泣いてたのか、ずっと気になってて……。」

 どこかホッとしたように、颯也がふっと息をつく。

「そういえば、藤原さん、今日やけに機嫌よかったな……。しばらくは仕事中も鼻の下伸ばしてそうだよね。」

「ほんと、それ! 絶対デレデレしてるよね!」

 二人でクスクスと笑い合う。

「まあ……なんにせよ、よかったよかった。」

 日向は、未紗季と颯也、二人にとっても大切な友人・先輩だ。その幸せを二人で喜び合う、そんな夜になった。

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