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いま語られる……あの時のこと(1)

『同期復活会』から数日後、未紗季は帰りがけに、慎二を見かけた。

「昼に食堂で日向に聞いたけど、佐藤、出張中だって?」

 慎二が声を少し低くした。

「帰り、ちょっといいか?」

 なんだろう……と思いながら、未紗季は黙って慎二について行くことにした。


 平日の夜、落ち着いた雰囲気のカウンターバー。

 慎二は奥のカウンター席に腰を下ろし、未紗季がその隣に座った。

「佐藤のいないときに悪いな。」

「別に、そんなの気にしなくていいよ。」

「そうか……。」

 会話は長くは続かない。間を持たせるように、ちらりと隣の慎二の顔を見上げる。胸の奥が少し苦しくなるほど懐かしい光景……しばらく黙ったまま慎二の顔を見つめてしまった。

「こうして落ち着いて話すの、何年ぶりだろうね。」

「そうだな。」

 そして、慎二がゆっくり視線をこちらに向けた。

「まだ、お前に話せていないことがある。」

「え?」

「俺の転勤のこと……。」

 慎二は静かに言った。

「今さらだけど……ちゃんと話そうと思ってさ。あのとき、俺が何も言わずにいなくなった理由を。」

(やっと……やっと、あの時のことが聞けるんだ。)

 そう思いながら、未紗季は静かに、慎二を見つめた。

「あの時は、本当にすまなかった。まず、きちんと前もって転勤のことを伝えられなかったこと、本当に悪かったと思ってる。」

「私も、なんであんなに怒っちゃったんだろう、って思う。もっと冷静になっていたら、意地を張らなかったら、ちゃんと話し合うことができたのに。そしたら、あんな突然の別れをしなくてもすんだのに……。」

「俺も、時間がたつほどに、『今さら話しても』って逃げ腰になってた。意地を張らずに、ちゃんと向き合う時間を取ればよかった。」

『意地を張らなければ……』それは二人ともが思っていたことだった。

「何も話せないまま東京に行ってしまって……。でも一度また大阪に戻ってくるって聞いたから、その時にちゃんと話し合おうって思ってたのに、どうして帰ってこなかったの?」

「俺も、落ち着いたら一度大阪に帰れる、そう聞いていたんだ。でも、帰れなかった……。」

 慎二は、五年前のことを、ゆっくりかみしめるように、話し始めた。

「来週にでも東京に行けるようにって、週末に荷造りをして大体の荷物を東京に送った。月曜の朝出社したら、いきなりそこで『今日か明日にでも至急来てほしい』って言われて、取り急ぎそのまま東京へ行くことになった。お前に一言伝えたいって思ったが、確か、打ち合わせに出てたんだよな。お前に会えないまま行くのが心残りだったが、会社で手配してくれた新幹線の時間もあって、そのまま駅へ向かったんだ……。」


 ***


 五年前——慎二は新幹線のホームに立っていた。

 少し迷った後、スマホを取り出し、短い文章を打ち込んだ。

『ごめん、帰ったらゆっくり話そう』

 もう少し何か打とうか迷ったが、新幹線が到着するアナウンスが流れたから、そのまま送信ボタンを押した。ポケットにスマホをしまい、ホームに滑り込んできた新幹線に乗り込んだ。

 席について、再びスマホを取り出す。画面を開くと『充電してください』と警告メッセージが流れた。

(あれ? もうそんなに減ってたか?)

 モバイルバッテリーを取り出そうとカバンを探る。しかし、見当たらない。

(しまった……)

 慌てて出てきたために、会社のデスクに置き忘れたことに気づく。残りわずかなバッテリーを気にしながら、スマホの電源を落とした。

「はぁ……。」

 疲れがどっと押し寄せる。窓の外の景色が流れていくのを眺めながら、慎二の瞼はゆっくりと閉じていった……。


『まもなく東京駅に到着いたします』

 アナウンスの声で、慎二ははっと目を覚ました。慌てて荷物をまとめ、新幹線が完全に止まる前に立ち上がり、大きな伸びをしてから、急いで降りた。

 ホームの人混みに紛れながら、改札へ向かう。改札を抜けたところで、慎二はポケットに手を突っ込み、スマホを取り出した。

 その瞬間——手が滑る感触のあと、スマホが床に落ち、鈍い音が響いた。

「マジかよ……。」

 拾い上げると、画面に大きくヒビが入っていた。電源ボタンを押す。しかし、何の反応もない。

(そういえばさっき充電メッセージが出てたな。バッテリー切れか? それとも故障か……)

 この時点では、まだどちらなのか分からなかった。

 雑踏の中、慎二は深く息を吐き、そのまま電車を乗り継ぎ、東京本社へ向かい、夕方前には到着した。

 本社に着くなり、挨拶もそこそこに、慎二は業務を振られた。

「この資料、今日中に目を通しておいて。」

「明日の打ち合わせ、急だけど同席してくれ。」


 初日はとりあえず、カプセルホテルに泊まることにした。コンビニで弁当や、洗面用具、下着の替えなどを購入し、ホテルに着いたときは夜の十一時を回っていた。弁当を食べ、シャワーを浴び、キャビンに潜り込んだ。そのままドロドロになって眠りにつき、長い一日を終えた。スマホの電源の確認もできないままに……。

 翌日からは、会社に用意された住まいに帰り、送ってあった段ボール箱の荷物から、無造作に着替えなどを引っぱり出し、数日をしのいだ。

 慣れない環境。慣れない仕事。気づけば時間はどんどん過ぎていく。

 それでも、頭の片隅にはずっとあった。——未紗季のこと。

(とりあえず、スマホをどうにかしないと。)

 改めて電源を入れようとするも、画面はうんともすんとも言わなかった。修理に出さなければと思ったが、すぐに仕事用のスマホが支給され、仕事上のやり取りには困らなかった。時間ができたら修理に行こうと思いながらも、業務が終わるころには疲れ果て、修理店に立ち寄る気力も残らなかった。

『今日は無理、明日やろう』いろいろなことに対してそう思い、それを繰り返しているうちに、気づけば数日が経っていた。

「野口、そろそろこっちの生活には慣れたか?」

 ある日の夜、上司にそう声をかけられた。

「え?」

「いや、引っ越しの手続きとかもあるだろう? 家のこと、何か困ってることはないか?」

「引っ越し? でも、俺、いったん大阪に戻る予定だったんじゃ……。」

「何言ってるんだ?このままこちらでの業務も、すでに予定が詰まっている。一度帰るという想定はしていない。そういう条件で、来てもらったんだから。」

(どういうことだ?)

 頭が真っ白になった。

「でも、俺は一時的に来いって言われた、と。」

「大阪でそう言われていたのか? 気の毒だが、それは何かの勘違いだろう。正式に引っ越しなど済ませるようにしてくれ。」

(戻れない?)

「……わかりました。」

 信じられないと思いながら、それだけ言うのが精一杯だった。

 会社の電話機から、大阪の部長にだけは連絡を入れた。

『そうか。分かった、あとのことは気にせず、東京での仕事に集中してくれ。』

(あとのことは気にせず?)

 そう言われても、割り切れるはずがなかった。

 スマホの修理に行こうと思いながらも、仕事の波に飲み込まれていく。引っ越しだけは、実家の親に連絡し、休日を利用し何とか済ませた。大阪での住まいの退去手続きも、親に頼んだ。

 時間の余裕ができたときには……もうあまりにも日が経ちすぎていた。

(今さら、何て言えばいいんだよ。)

 結局、慎二は一度も未紗季に連絡することはなかった。


 ***


「そうして、俺は大阪に戻ることも、スマホを修理することも後回しにして、気がついたら……時間が経ちすぎてた。」

 慎二は静かに話し終え、未紗季の顔を見た。

「本当なら、転勤の話をちゃんと前もって伝えておくべきだった。それに、あの日、ちゃんと向き合って、ケンカのままにせず、すぐに仲直りしておくべきだった。」

「それは、私も同じことだもの。」

 未紗季の声が震えている。

「どんな方法を使っても、連絡を取らなきゃいけなかったのに……本当に悪かった。」

 未紗季が何かを言うよりも先に、慎二は深く頭を下げた。

「すまなかった。」

 過ぎた時間を悔いても、どうやっても時間は戻らない。それは二人とも痛いほどわかっていた。でも、慎二はすべてを吐き出し、謝らずにはいられなかった。

「私こそ、ごめんなさい。何もわからず、ただただ慎二を責めていた。今日、ちゃんと話してくれて、ありがとう……。」

 またしばらくの沈黙が流れ、再び未紗季は口を開く。

「それで、転勤してからのことだけど。」

 未紗季は少し視線を落としながら言葉を選んだ。

「四月に入って、『本社のグローバル戦略推進部』に配属されたって聞いた。でも数ヶ月後、年明けぐらいだったかな……社員一覧から慎二の名前が消えてた。本社のグローバル戦略推進部にも、どこの支店にも、慎二の名前はなかった。でも、去年、私に会いに来てくれた後、もう一度調べたら、また『本社のグローバル戦略推進部』に名前があって……。」

 そう言って、未紗季は真正面から慎二を見つめる。

「いったい、どうなってたの?」

 しばらく慎二は黙っていた。そして、小さく息を吐いてから、再び話し始めた。

「アメリカにいたんだよ……。」

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